第51話 勇羅side



―午後三時半・水海探偵事務所。



「さ、冴木さんが…。東皇寺の事件に、巻き込まれてただなんて…」

「……信じられない」


泪からメールで連絡を受けた、探偵部全員が事務所に集まり、和真や砂織と共にその場に居合わせた京香。勇羅を心配して授業が終わって、すぐに事務所を訪れた麗二も、あまりの衝撃的な出来事に絶句している。冴木みなもとは二年の時同じクラスだったが、性格から嗜好と何から何までソリが合わず、京香自身が比較的泪と親しい故に、毎回顔を会わせる度に彼女といがみあっていたが、まさか自分達の学園で聖龍がらみの犠牲者が出るなどとは、全く思わなかったからだ。


「……」


あの後。ネットニュースのトピックスでいち早く事件を知ったのか、私服のまま事務所へ駆けつけた勇羅と泪、瑠奈の三人はすぐに朝のテレビやワイドショー。ネットニュースを確認するだけ確認し、冴木みなもが巻き込まれた、事件の情報を集めまくった。勇羅や泪のメールで集まったいつもの面々も情報収集に協力し、思っていた以上に事件の情報が収集出来た。


聖域メンバーによって店から連れ出されたみなもは、その後も数十時間にかけて酷い暴行を受けたらしい。大勢の人間の体液が確認されていた事から、あの後彼女が何をされたのかはもう言うまでもない。


物言わぬ姿となって帰って来た娘と、それに立ち会った親族の反応も悲壮なものだった。母親と祖母は精神的ショックで病院に搬送されそのまま入院。残された父親も短期間による、報道の質問責めと情報の整理に追われて、完全に憔悴仕切っていたらしい。みなもの壮絶な末路に勇羅や瑠奈は絶句し、泪や雪彦、麗二や和真は露骨に嫌悪を露にした。


「今朝の事件で犠牲になった冴木みなもって娘。泪達が聖域で見た生徒だったな」


泪は複雑な面持ちの表情をしながら無言で頷く。冴木みなもの死の決定打となったのは急性の薬物中毒。数時間にも及ぶ激しい暴行に加え、身体に何らかの異常をもたらす薬物を、複数回に及んで投与されたのだろう。


「……鑑定で『クロ』だった」

「く、『クロ』って…?」


それは宇都宮夕妬率いる聖域と聖龍の面々は、自分達の学園だけでなく社会にも、表沙汰には出来ない違法な手段にも手を出している、と言う意味だ。


「…宇都宮夕妬って一体何者? なんであんな惨い事簡単に出来るのさ?」


身体を震えさせながら話す勇羅の声には、人を玩具のように平然と弄んでいる、宇都宮夕妬への怒りが籠っている。勇羅達の話を聞いていて、しばらく黙っていた雪彦が口を開いた。


「…ここ数日万里や家族と色々調べて、東皇寺の宇都宮夕妬がどんな奴なのか大体分かった。あいつ、分家は分家でも不義の子供。正確には分家当主と使用人の女性との間に生まれたらしい」


完璧人間と称されていた夕妬にも、やはり明確な歪みがあったようだ。それも親族間による相当な歪み。だから人をゴミの様に扱いながら、必要ないと判断すれば簡単に捨てる事を平気で出来るのか。


「その使用人は当然、分家当主を愛している夫人の怒りを買った。使用人は親族総出で虐(しい)げられた挙げ句、身も心もズタズタ。分家当主は戯(たわむ)れで手を出した、お気に入りが虐げられてる事を知りながら、本家の親族でもある夫人には逆らえず、彼女の横暴を見てみぬ振り。

夫人や一族ぐるみの非人道な仕打ちが、原因で完全に壊れた使用人は、家族の元に戻ることすらも許されないまま、夫人の用意周到な手回しで、最終的に裏の仕事へ落とされ今も行方知れず」


夫人の怒りを買い社会的に存在の全てを否定され、今も行方がしれない使用人の女。しかも女性の裏仕事は余程の事情がない限り、出来る事などたがが知れている。もし生きていたとしても女がどうなっているのか、勇羅達にはまるで想像もつかなかった。



「分家当主の妻として、思うままの限りを尽くした夫人にとって、最も憎々しかったのは屋敷から追放した、使用人から取り上げた一人の子ども。それがあの宇都宮夕妬。当主夫人は身体的な問題で、子どもは絶望的とも宣言されていた。

でも宇都宮一族分家で、唯一出来た跡継ぎに対して、さすがに直接手を出す事は出来なかった見たい。だから夫人は女の息子に対して、『母親はお前を捨てて逃げた』『母親はお前を愛していない』と吹き込んで、行方しれずの女一人に全ての罪を擦り付けようと、女の子どもに徹底的な洗脳教育を行った」



自身の欲を充たす為ならば、血の繋がった親族すらも利用するとは。宇都宮と言う一族はなんとも歪んだ一族だ。


「彼は当然父親に認知されていて、苗字も宇都宮。仮にも宇都宮一族分家の跡取りだ。本家でも知っている親族間の事情を、夫人一人の力で何時までも隠し通せる訳がなかった。何処かで全てを知ったんだろうね。育ての親が自分と、自分の周りを欺いて騙した挙げ句、実の母親を家から追い出して追い詰めて壊した事を」

「…だから奴は歪むに歪んでるのか」


和真の呟きを聞いた後、すぐ雪彦は会話を続ける。



「学園内では相当猫被ってる見たいだけど、自分の通ってる学園やその周辺だけでなく、あの表でも悪名高い聖龍を、家の権力で管理下に置いたり頭も回るし、自分の仲間が傷ついているのを見ても、顔色一つ変えてなかったから中身も相当キテる。でもターゲットが分散し過ぎて、あいつ個人の目的がなんなのか全然分からないけど、今一番考えられるのは自分と実の母親を陥れた、宇都宮一族への復讐だろうね。


宇都宮分家の跡取りはあの息子しかいない。彼が全てを知ろうが好き放題外部で暴れようが、宇都宮本家も分家の跡取りが彼以外に望めない以上、基本は彼を放置するしかないと言うやむを得ない状態。当然こんな事態を起こした夫人は、本家当主の怒りを買って、現在は本家当主の屋敷へ軟禁状態。宇都宮当主曰く『分家跡取りは由緒正しき我が宇都宮一族の汚点』だって」



愚痴に近い最後の方の雪彦の語りは、いつの間にか全員が黙って聞いていた。


「だからって…」


宇都宮夕妬にとって周りの人間の存在など、娯楽の為の玩具にしか思っていないのだろう。周りをどうでもいいと思っているから、倫理観を伴わない残酷な行為すら平気で行えるのだと。


「勇羅。前に東皇寺学園の生徒会に反感を持ってる、生徒に会ったって言ってたな。明日その生徒に会って学園や宇都宮の詳しい話聞いて来てくれ」


勇羅と雪彦は反感を持っている東皇寺学園生徒の発言で、大方察したのか和真を見て無言で首を縦に振る。立て続けに泪がゆっくり右手を挙げる。


「今からだと面会時間ギリギリになってしまいますが、僕はこれから四堂君が入院してる総合病院に行ってきます。彼にも色々聞きたい事があるんです」

「私達も行っていい? 身内のお見舞いもあるし」


泪に続くように瑠奈も声をあげる。いまだ傷が癒えていない泪が心配なのだろう。瑠奈の隣にいた琳も黙って頷く。


「それなら後で俺達も行く。総合病院の職員に宇都宮一族の事で聞きたい事がいくつかあるし」

「決まりだね」


事件を解決する為の今後の方針が決まった事で、この場に集まった全員がお互いの顔を見合わせながら無言で頷いた。


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