第50話 泪side



―午前九時半・水海探偵事務所リビング。


無慈悲な暴力と欲望の香りが、漂う地獄の宴から一転。警察が来たとの叫び声と同時に、緊迫と阿鼻叫喚の空間と化した聖域は、一人の雄々しげな男の叫びと同時に、突入したと思われる複数人の捜査員により、五分も経たずに荒廃した雰囲気を漂わせた店は警察に制圧された。鋼太朗と一緒に地下の階段で座り込んでいる所を、捜査員に助け出された泪も、事件の参考人として事情聴取を受けた。だが泪本人もかなりの傷を負っていた事と、直接突入現場へ駆け付け、店内に警察を呼びこんだ張本人でもある、水海和真の助力によって数時間程で解放された。


「お兄ちゃん…」


泪が改めて瑠奈と会ったのは、事情聴取を受けた後の、夜が明けてから。水海家で泪の訳ありな事情を知る、和真の母親から傷の手当てを受け、結果的に包帯と絆創膏だらけでの再会になったが、幸い骨は折れていなかった。


「病院行かなくて良いの?」

「大丈夫。四堂君の方は入院になってしまいましたが、彼も無事です」


警察に保護された後。即座に救急車で、総合病院へ搬送された鋼太朗の方は、奇跡的に骨は折れていなかったものの、全身打撲が酷く精密検査の為、一週間程の入院が必要になってしまった。


「……結局。私も勇羅も、お兄ちゃん達に迷惑かけちゃった」


男の叫びで警察の突入が告げられたあの直後。あの手の騒ぎに慣れているだろう、夕妬達の行動は想像以上に素早く、彼らはすぐに冴木みなもを連れ、以前より聖域店内で、作られていたと思われる隠し階段から、捜査員に見つかる事もなく店を脱出した。大勢の男達に囲まれながら、抱えられていたので分からなかったが、遠目から確認していても既にみなもの意識はなく、男に囲まれ隙間からはみ出た手は、だらりと力なく垂れ下がっていた。


「芙海さんは?」

「……」


突入した捜査員達は、地下を含めて聖域店内を、隅から隅までくまなく捜索したそうだが、捜査員に救出・保護された者の中に、友江芙海はいなかった。恐らくは彼女も冴木みなもと一緒に連れていかれたのだろう。保護された聖龍の被害者達も、全員聖龍の非道な行為により、心身共に酷く傷付いていて、鋼太朗同様に彼女達もまた、すぐに救急車で病院へ搬送された。今日は大事を取って勇羅と瑠奈は欠席扱い。怪我が完治していない泪もまた、暫く学校を欠席するように和真に言いくるめられていた。


「……宝條学園の生徒が、『聖域』と関わりを持っている」


聴取が終わり、神在市内の警察署から解放された後、捜査員に泪も病院へ行く事を勧められたが断った。泪が病院へ行く事を、嫌うのは一緒に付き添っていた和真も、ある程度理解してくれていたのが助かった。帰宅した事務所で聖域のメンバーに、宝條学園の生徒が居たと話した時、和真は酷く驚いていた。異能力者への迫害が比較的緩い宝條学園は、聖域や聖龍とは無関係とばかり思っていたからだ。既に茉莉から宝條学園の個人情報を、何者かが無断で流している件が、教員内で問題になっている事も知っている。


前回の暁異能力研究所、無断侵入の件も兼ねるとすれば、もしかすると冴木みなもが、宝條学園の情報を流している可能性が高い。研究所へ単独で侵入して来た事と言い、彼女の泪への執着があまりにも異常過ぎるからだ。


「そんな…まさか」

「ウチの三年の女子生徒が聖龍に拉致されたまま、戻って来ていません」


更に和真の話から冴木みなもの捜索願いが、一週間程前に彼女の家族から、出されている事も聞かされた。だが宇都宮や聖龍に拉致された以上、みなもが心身共に無傷で帰って来られる保障など出来ない。瑠奈の携帯からシンプルな着信音がなる。


「あ。この音、彩佳先輩からだ」

「メール?」


宇都宮達に情報が漏れた事もあって、数日前に琳と一緒に携帯を替え、瑠奈のアドレスは誰も登録していない筈。彩佳は彼女の新しいメールアドレスは知らない。事件が解決するまで瑠奈達のメールが来ても、確認次第すぐに削除するよう言われている。


「ううん。彩佳先輩にメールの代わりに私のLINE(ライン)のグループアカウント教えたから、それでやり取りしてるの。二羽から又聞きしたんだけど、聖域グループはLINEのアカウント作って無いって」


聖龍の連中にメールでの着信ややり取りが多いと思ったら、そういう事だったのか。異能力者迫害が激しい学校で異能力を隠しているという事では、徐々に異能力者として力を付けている彩佳も、現在相当危険な橋を渡っている状態だ。瑠奈のLINEの画面を見ると、彩佳の呟きが届いていて、東皇寺学園は丁度、一時間目の休み時間に入ったようだ。瑠奈は彩佳とやり取りする為、何度か携帯を弄る。少し起ち瑠奈は、携帯の画面を睨んだまま微妙な表情になる。


「彩佳さん。学校で新しい情報入ったって」


瑠奈と彩佳とのやり取りで東皇寺学園内でも、大きな動きがあったらしい。


「彩佳さん。登校中に二羽と会って一緒に話したんだけど、芙海さんの方は何とか無事だったみたい。でも……東皇寺学園の方は、正式に退学処分になったって」

「そうですか…」


友江芙海の安否は確認出来たようだが、彼女周辺の事態も益々悪い方向へ進んでいる。


「芙海さんの件で、学園でもまた一騒動あったんだけど。その騒ぎも結局、一瞬で鎮まったって…」


学園内で隠蔽されていた、生徒の不祥事が徐々に表へ明るみになっていく事で、東皇寺学園は生徒達の悪行の揉み消しに躍起になっている。宇都宮の権力を恐れ間接的に彼らの支配下に入った東皇寺は、自分達学園の地位と名誉、そして学園に通う生徒達の世間体を守る事で必死なのだ。揉み消しには当然ながら、東皇寺に通う宇都宮夕妬も関係しているだろう。彼の一族は東皇寺学園に多額の寄付を行っているからだ。


「ニュースだ」


一時間前からつけっぱなしにしていた、薄型テレビから音声が流れてくる。普段からゲームを嗜む為のものであり、普段泪は滅多にテレビ番組を見ることは無い。暇潰しと情報収集も兼ねて、ニュース専門チャンネルを二人で視聴していた。



『ニュース:本日午前6時頃、○○市郊外にて女性の遺体を発見。見つかった遺体は損傷が激しく鑑定の結果、一週間前家族から捜索願いを出され、行方不明となっていた冴木みなもさん(17)と確認』


「な……っ」


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