第30話 泪side



「心配だって言ってたけど、彩佳先輩大丈夫かなぁ…」

「これ以上の他校への介入は真宮先生にも止められてますから…。彩佳さんとはメールを送るか直接会うかして、連絡を取り合うしかないでしょう」


昨日の異能力の訓練の出来事において、彩佳自身に東皇寺学園内の事件の事を話させるのは酷と判断し、彩佳を神在駅まで送った後に解散した。


直後。泪は茉莉に一連の出来事をメールで伝えると、すぐに返信が返って来たので確認した所、周りに被害が行く恐れの有る介入は様子を見ろ、との内容だった。幸い和真が東皇寺や外部の情報を探偵部や宝條学園。神在市委員会に何か分かったらすぐに情報を回すと申し出た為、有りがたく申し出を引き受ける事にした。東皇寺学園の異能力者狩りに悩まされる彩佳の事を心配しつつ、瑠奈と二人で廊下を歩いていると、水色パーカーを着込んでいる生徒がいた。


「あそこにいる人…」

「千本妓さん」


間違いない。一年生の千本妓寧々が廊下の窓を開け、明後日の方を見るみたいにぼんやりとした表情のまま立っていた。彼女が手に持っているMP3プレーヤーからは、機械で加工されたらしき高音の声が耳に付く。音楽を大音量で聴いていても足音に気づいたのか、寧々が泪達の方へ振り向く。



「あっ…る、泪」



瑠奈は彼女と同級生とはいえ、別のクラスでありほとんど面識がない。更に色々と訳ありで年上の相手に対し、側にいる瑠奈はどうすればいいのかと泪と寧々、二人の顔を見ながら対応に迷っている。


「今の曲は」

「ぱ、ぱふくん…人気歌い手のぱふくん、だよ。僕が聴いてるの…今大人気歌い手のぱふくんの歌なんだ…ぱふくん格好いいし…」


教室で同級生の女子生徒が話しているのを聞いた事がある。ぱふっこと言うのはネットの動画サイトで今話題になってる男性歌手だ。その特徴のあるセンスから中高生を中心に、熱狂的なファンがいるらしい。趣味の為によく動画コンテンツを閲覧してる勇羅と砂織は、歌い手ジャンルには興味が向かないのか、全く聴いていないし泪自身も動画コンテンツにはほとんど感心がない。


「ぱふくん…格好いいよね。僕ね……ぱふくんの歌大好きなんだ…。ぱふくんは…こんな僕に勇気をくれる…人気者のぱふくんは、僕にとって世界で一番だし…ぱふくんは…僕の全てなんだ」

「……」


前に砂織から、ぱふっこの歌を直に聴かせてもらったが『声がやたらキンキンしてるし、好みじゃない。アニソン歌手の方が良い』。砂織はジャンルを問わず、歌い手が主題歌を務めたアニメも観ていたが、気に入ったのはアニメの内容だけで、歌の方は全然趣味に会わなかったようだった。

実際加工した音声が耳障りに感じ、泪自身も不快に感じた。泪の訝しげな表情を見た寧々は泣きそうになる。


「る、泪は…。ぱ…ぱふくんの事…き、嫌い、なの? ぱふくんは、わ…悪くない、よ…? ぱふくんは…すっごく優しくて、すっごく良い人、なんだよ? ぱふくんは、本当に凄いんだよ? ぱふくんは世界で一番格好良いし、とっても優しいんだよ? だから……ぱふくんも僕も嫌いに、ならないで?」


正直嫌いと言ってやりたいが、対処するに当たって寧々は三間坂翠恋以上に、面倒臭い相手故に返答に困る。なにより顔も見た事のない相手に、何て感想を送ればいいのか。隣の瑠奈と顔を見合わせるが、瑠奈も泪同様に困った顔をしている。寧々は瑠奈を見る。瑠奈を見るなり寧々の雰囲気があらかさまに不機嫌な物に変わった。


「ねぇ。泪…さっきから泪に、馴れ馴れしく付きまとってるその娘……だれ?」

「彼女? 同じ探偵部の部員で一年の真宮瑠奈」

「探偵部? ふぅん……あっそぅ」


探偵部と聞いて、不機嫌な表情をしていた寧々は更に不機嫌になる。元々寧々が探偵部を嫌っていたのは知っていたが、彼女は好き嫌いの態度を表すのがあらかさま過ぎる。


「キミ。いくら泪が優しいからって、泪に迷惑掛けないで…泪の事を傷付けたら…僕が……僕が許さない、から……僕は、君の事なんか…絶対、許さない」

「え、ちょっ」


吐き捨てる風に瑠奈へ宣言した寧々は、その場から逃げる様に走って去って行った。


「……千本妓さん、余程探偵部嫌ってるんだね」

「……」


一方的に意味の分からない難癖を付けられ、困った様に溜め息を吐く瑠奈。部活動引退の際に前部長の和真に任された探偵部の活動だ、第三者に好き勝手言われる筋合いなど毛頭ない。


「…彼女。実は京香さんの事もよく思ってないんです」

「京香先輩を?」

「京香さんの立場を羨んでるんでしょう、千本妓さんと京香さん。実際なにもかも正反対ですから…」


以前寧々が友達との雑談で盛り上がってる京香を睨み付け、裏で悪態を吐いてるのを何度か見た事がある。最も京香の方は彼女を全く認識していないが。


「一年の時も周りに遠巻きにされて、いつも一人で居るのを目撃しました」

「……」


生まれと育ち、周りの環境。全てにおいて恵まれた京香と孤独な寧々。寧々は京香を一方的に恨んでいる。京香本人からしてみれば、身に覚えの無い逆恨みなど迷惑極まりないだろう。


「少し時間を取りましたが、部室へ行きましょう」

「うん」


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