第31話 響side



「やぁ、逢前先輩。お久しぶりです」

「宇都宮…夕妬」


食堂で昼食を済ませ午後の授業の準備に取り掛かろうと、響が三年の教室に戻るべく廊下を歩いていると、すぐ後方から声を掛けられたので思わず反射的に振り向く。そこには見覚えのある-出来る事なら顔を会わせたくない男子生徒が立っていた。少女を思わせる様な美貌、高級感かつ気品のある陶器を思わせる瑞々しい肌、蕩けるような甘い微笑み。


顔を会わせたくなかった相手とは、一年でこの東皇寺学園の生徒会役員を勤める宇都宮夕妬。響は内心舌打ちをしながら思った。この時期にまた最悪の相手に出くわしたと。目の前に佇む少年の天使の微笑みを見て、余程の鈍感でない限り落ちない女子生徒は居ない。響は平然を装っているが、内心では目の前の男に対し、ほんの僅かな嫉妬と激しい嫌悪感が滲み出てくるのはどうしようもない。


「逢前先輩は最近、僕が見ていないこの学園の影で何かこそこそしてるみたい…だね?」

「常に腹に一物二物も何か抱えている貴方程ではありません」


夕妬はとにかく勘が鋭い。先日も二年の生徒数名を呼び出し、学園から『排除』している。排除された生徒は幸い公園で発見されたが、あの独善的かつ支配的な生徒会連中の事である。学園内で呼び出しを受けた生徒達の噂が全く出てこない以上、彼や彼女らが学園へ復帰するのは既に手遅れだろう。嫌味を言ってやろうと口を開け掛ける前に、夕妬の背後から複数の女子生徒の声が聞こえてきた。


「夕妬君、見ーつけたっ」

「やだっ! 私が先に夕妬君に話しかけたのにぃっ」


夕妬の背後に現れた数人の女子は、夕妬の取り巻きの女子生徒達だった。彼の取り巻く生徒の内の一人は真面目で成績優秀。周囲の信頼も厚く清貧潔白で知られていた女子生徒だったが、その生真面目さ故に夕妬に目を付けられた挙げ句、彼を初めとした生徒会グループに寵絡された。黒かった髪を茶色や金色など色とりどりの髪の色に染め、更には独特の香りを放つまでに容姿が変貌し、元の真面目な生徒の面影はすっかり無くなってしまった。今では真面目な彼女達も休日前に、裏通りの街を徘徊しているとの噂まで立っている。


「やぁ…一体どうしたの?」

「えっとね、夕妬君にぃ~…。とってもすごぉいビッグニュース持って来ちゃいましたぁ~」

「どんな話題なの? この学園生徒会に有益な話題だと凄く嬉しいな…。僕に聞かせて、ね?」

「きゃあっ! さすが夕妬君!」


「……」


自分が裏で異能力者狩りをしている組織と繋がりを持っていると、夕妬が知ればどんな反応をするだろう。夕妬の異能力者嫌いは筋金入りであり、この学園内の異能力者は生徒教諭問わず、見つかった時点で夕妬に『排除』されていた。夕妬が異能力者を心底で嫌っているからこそ、この学園内部を家の権力で大半を牛耳っている。この狡猾な天使の皮を被った悪魔の事だ。どんな手段を使ってでも異能力者狩りを行う組織そのものを、手に入れようと躍起になるに違いない。


「それでは逢前先輩。また今度、近い内に会いましょう」


派手な身ぶりの女子生徒一同に囲まれながら、コツコツと足音を立てて立ち去る夕妬の後ろ姿を見つめる響。結局今回も何一つ反論出来なかった、しかしこう毎回誰か邪魔が入る以上、自分の行動が怪しまれずに済むので正直都合が良いのだが。廊下を歩く夕妬達を見ながら考え込んでいた時、響の背後から声が聞こえた。


「あ、逢前先輩…。三年の逢前響先輩、ですか?」


響が後ろを振り返ると女子生徒がいた。リボンの色からして一年生、切り揃えられた前髪と赤みがかかったストレートの長い髪が印象的な女子生徒。


「…僕に何か用?」


普段あまり面識のない三年生に話しかけられ、女子生徒は少し戸惑っていたが、やがて意を決したかの様に頷き響の方へ向き合う。


「そ、その…っ、いきなり話しかけてすみません。私、一年の館花二羽(たちばな ふたば)って言います」


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