第28話 勇羅side



「勇羅ちゃん、丁度良かった。少し時間ある?」

「もちろん私も一緒」

「あっ、雪彦先輩に万里先輩。二人揃ってどうかしたんですか」


逢前姉弟から東皇寺周りの事を聞いたその翌日。午後の授業が終わり、いつものように部活へ行く準備をしていた所、教室の前へ雪彦と万里が訪れ勇羅は二人と話していた。


「篠崎っ! ちょっとあんたどこ行こうとするのよ!? まさか当番サボる気じゃないでしょうね!?」

「やば、三間坂」


今週は自分が教室の掃除当番だが、声を掛けてきたのがあろう事か、同じく今回同じ掃除当番の班に入っている三間坂翠恋。厄介な時期に厄介な相手に声を掛けられたと思った。それは雪彦達も同じ事を思っていた様だ。


「…なんかややこしくなりそうだし、また後で部室で」

「はい」


勇羅の背後で騒ぐ翠恋を見ながら、色々何かを察した様で雪彦達は教室から離れていく。


「何なのよあいつら? 可愛い後輩に挨拶しないなんて生意気っ!」


女性の好みの守備範囲もかなり広い雪彦も、翠恋に感心を示さないのも理解できる。雪彦の口から砂織や京香は大の好みだが、翠恋みたいなタイプは苦手だと言っていたからだ。


「ほら! 篠崎もつっ立ってないで、さっさと掃除始めなさいよねっ!」

「はいはい」



―…探偵部部室。



教室の掃除を手早く終わらせたが、まだ綺麗になってないと当番の中で一人文句を垂れる翠恋を撒いて、探偵部部室へと到着した勇羅。部室に入ると雪彦と万里は既に来ていた。


「泪さん達は」

「今日も彩佳ちゃんの特訓の手伝い。いいな~泪先輩、女の子に囲まれてハーレム過ぎる~」


机に伏せながら泪の状況を羨ましがる雪彦。しかし女性に囲まれて、デレたり慌てたりする程、赤石泪と言う男性は邪な人物ではない。寧ろ女性と長い時間一緒に居るのは嫌がる方だし、ましてや泪に普通に接することが出来る砂織や京香、瑠奈が例外だと言っていい。


「緊迫感の中の癒しが恋しい。そして私達は殺伐修羅場なハードボイルドの真っ只中」

「勇羅ちゃん。昨日はどこへ」

「神在総合病院。前に東皇寺の正門前で、学園の生徒の人に会ったでしょ。その人のお姉さんに話聞きに行ってた」


まずは響の事を説明し、彼の姉とその彼女に東皇寺学園の周りについて、色々と話を聞いた事を雪彦達に大まかに説明する。


「その奏お姉さま、僕に紹介して」

「神在病院行けば会えますよ…」


奏の事を話せば雪彦は予想通り、猫の様な声を出しながら食いついた為、疲れた声を上げる勇羅。奏の話を始めて雪彦は段々目を輝かせて行ったので、奏は雪彦のタイプだとは予想していた。


「よし。そのお姉さまとスキンシップを図るために、雪彦は是非とも高速を走ってる車にダイブして大怪我推奨」

「待って待って、怪我してまで会いたくない!! つか、高速走ってる車にダイブしたらお陀仏じゃないかっ!!」

「先輩達~。今日は話合いするんでしょう」

「忘れてた」


本題から外れそうになる所を慌てて修正する勇羅。お互い席に座ったのを確認した直後、雪彦は呆れた様に話をはじめる。


「実は勇羅ちゃん達がお姉さま方に会いに病院行ってた時、こっちも父さん達や万里と一緒に、東皇寺学園について色々調べてたんだよ。そしたら出るわ出るわ内部不祥事のオンパレード。異能力者に対する悪質ないじめは日常茶飯事、生徒会による横暴横行、学園教諭のあるまじき無関心、生徒保護者の理不尽なクレームその他色々…」

「やっぱり響先輩が言ってた通りだなぁ…」


「恐ろしい事に神在市と違って、向こうの市の委員会は全部見てみぬ振り。数日前の真宮先生の報告も結局揉み消されたって」


他校と言え、一教諭である茉莉の報告すらも揉み消すとは。東皇寺は一体どれ程の横暴さを持っているのだ?


「そういう事」


部室の外から声が聞こえたので、ドアの方を見るとそこに立っていたのは茉莉。考え事をするかのように顎に手を当てている所を見ると、自分達の話を立ち聞きしていた見たいだ。


「全く…。東皇寺学園を管轄してる市の委員会に報告したのは良いけど、返ってきた返答が『ウチの学校に不祥事はない』ですって。泪君や京香ちゃんが言ってた宇都宮? 彼ら、何処まで影響持ってるのかしら」


茉莉がある程度宇都宮について知っていると言う事は、泪や京香から宇都宮の事を聞いたのだろう。


「先生。これ以上の介入は無理なんですか?」

「分からないわ…実は京香ちゃんから聞いたけど、向こうの市の委員会も、宇都宮の息が掛かってる可能性が有るかもしれないの」

「ますますキナ臭くなって来ましたね」


一連の茉莉の話を聞いて雪彦も万里も顔をしかめる。


「ただ問題解決の為に前部長が行動起こしてると、二人から同時に連絡あったの」


『前部長』と聞いて顔を引きつらせたのは雪彦。万里も無表情ながら、眼鏡越しの顔からはじっとり汗が流れている。雪彦と万里の表情を察した茉莉は、溜め息を吐きながら頭を抱える。


「か、和真お兄さまが…」

「京香ちゃんがこの件で、前部長のお兄さんに相談したのは良いけど、前部長何をどう捉えたのか『俺の彼女に危害加えられる前に潰す』。ですって…」


茉莉の話を聞き勇羅も絶句していた。『あの』和真ならやりかねないし、京香も泪も事の重大さだけに、今回ばかりは和真の暴走を放置したに違いない。


「前部長を止める気は?」


無理だと思って茉莉は問うが、雪彦だけでなく万里も黙っている。二人も和真を止める気は毛頭ない。

三人の黙秘を確認し茉莉は更に深く溜め息を吐く。


「ないのね……」

「今回だけは和真お兄さまが、積極的に動いてくれた方が何かと有利だし」


学園OBではあるが和真は本来外国の大学を飛び級で卒業した才媛だ。日本で就職する為の資格が必要なのもあるが、それ以上に和真は姉砂織と同じ学校に行きたいから、宝條を受けたに過ぎない。


あの和真の事だ。自分達の安寧を脅かす不届き者共を成敗するのに、手段は問わないだろう。そして今の和真は学園から離れ、実家権力をフルに行使出来る立場だ。もしかしたら宇都宮家に太刀打ち出来るのは和真なのかもしれない。


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