ラブミーマート
その1
「いらっしゃいませー。フライドチキンがお安くなっております、いかがでしょーかー」
いつもの制服を脱ぎ捨てて、どこで買ったのか見当のつくやすっぽいサンタコスを着ての接客とかいう痴態で過ごすクリスマスイブ。
最悪なことに、ピークを過ぎれば客はさほど来るわけでもなく揚げすぎたチキンたちとしめっぽい空気が漂うこの空間に俺と同じシフトの先日彼氏にフラれたと言う女子高生さんとレジ打ちとフェイスアップと言われる販売促進作業をしていた。
「近藤さん。これもう1列にしていいですよね?」
「うん? あぁ、そんなに売れてたんだ。しちゃっていいよ」
クリスマスイブだと言うのにサンドウィッチよりおにぎりが売れるというこの現象はきっと日本人ならでは何だろうな。とか、考えてしまうあたり、バイト脳になったなとしみじみ感じる。
「……はぁ」
ふと、あまりにも客がいないせいか三森さんが深いため息をつき始めた。
「……はぁ」
その溜め息はあからさまで、確かにここ10分間ぐらいレジ近くのお弁当をずっといじっていたなとか思いかえすも、さわらぬ神にたたりなしの精神で俺は無視し続ける。
「……はぁあぁぁぁ」
俺があまりにも反応をしないせいか、ついにこっちを見ながら威嚇する様に瞳孔開き気味にアピールをしてきた。
最近の女子高生と言うものはこんなに狂気じみてるのか。
「あ?」
どうやら俺の考えが三森さんには透けて見えるらしい。
「あーあ、どこかに私の悲しみを聞いてくれる優しい人はいませんかねー」
あからさまに俺を見ていってくる三森さんがそこにはいた。
立ち読み客すらいないこの店内で目線がバッチリあっているこの状況で俺はついに逃げ道を失った。
「な、なにかあったんですか?」
俺が話しかけると、目をキラキラと輝かせながらそそくさとレジ内に入ってきた。
いやだ、なんか怖いこの子。
「聞いてください! 私、結構尽くすタイプなんですよ」
「は、はぁ」
しらねぇよ。なんて言ったら絶対に殺られる。
俺の野性的本能がそうつげていた。
「だから今回の彼氏……あー、元カレにもかなぁーり尽くしていたんです」
「そうですか」
「なのにですよ? 元カレから昨日ですよ! お前の想いは重いって言われて。それだったら私もなおすからってなったんですけど、さらに耐え切れない。別れようって」
「あらー」
「もう、初めから別れる気満々だったんですよ」
クリスマスイブにバイト先で女子高生の愚痴を聞く。
これはある意味、リア充と言えるんじゃないだろうか。などと、思わないとやっていけない自分がいることに気付いてしまった。
それにしてもだ。少し早口すぎないか?
「だから私言ってやったんですよ。租チン野郎が! って」
「うわお」
自信満々にいってますけどね三森さん。それ、男からしてみれば心にガツンって案外くるもんなんですよ。と、心の中で静かに訴える。
あれだろ? 女のこういった愚痴なんて合槌打つ程度が丁度いいんだろ? 昔のどっかのドラマでそういってた気がする。
「そしてそこから元カレは何も言わなくなって、私に背を向けてたんです」
「おぉー」
「いやぁ、なので私、実を言えば気分がそこそこいいんです。クリボッチの癖にやたらと清々しい気分なんですよ」
クリボッチを胸張って言う人を、恋愛を諦めた男友達以外で初めて見たきがした。
しかもだ、今の時代をトキメキ色づける女子高生の口からそんな言葉をご拝聴できるとは。中々、時代の懐の深さがうかがえるってもんだ。
「で、近藤さん」
「はい?」
ニシシッと悪戯笑みを浮かべる三森さんを見て、俺は存分に警戒すればよかった。
それか、タイミングよく客なんかがくればこの流れは絶対に強制的に打ち切られていたはずだ。
「近藤さんも私と同じくクリボッチですよね?」
俺を覗き見るような上目使いでサンタコスをした女子高生が少しうわずった声で囁いてくる。
「まぁ、そうだね」
三森さんとはおかしなほどにシフトが重なるためか、他の従業員よりかは仲がいい。
そして時間帯的に暇な時は限りなく暇なせいで、愚痴を言い合ったり中身のない世間話をしたりとしている。そんでつい先日、大学入学時から付き合っていた彼女と別れたとポロッとこぼれ話程度に話したばっかりだった。
「このバイトの後って、なにか予定とかあったりぃ……」
「あったら、そもそもシフトいれないよ」
「よっしゃ!」
「三森さん。心の声漏れてるよ」
心の声を隠さずあからさまなガッツポーズをしながら力強い姿を見せる三森さんに思わず、笑ってしまう。
それにしても、まさか大学2年のクリスマスイブに女子高生からお誘いをいただけるとは人生生きていて損は案外ないのかもしれない。
さてこれは、少しばかり下心を持ってもいいものだろうか? 持っていいよな、健全な大学生なんだし。
「これでなんとかお互いにクリボッチ回避ですね」
「そりゃ、助かるわ」
下心はすぐに打ち消された。
そりゃそうだ。俺の事をもし少しでも気にかけてくれているんだったらもうちょっとアプローチの方法があったはずだしな。つい、浮れてしまった。
「あれ? 近藤さん、少し残念そうな顔してますね」
「ん? そうか」
「もしかして、アレですかぁ~? 少し、期待とか……しちゃったり?」
どうやら結構表情に出るタイプらしい俺は、目の前のサンタコス女子高生にもバレバレだったようで、おちょくられ始めた。
「いやいや、まさか」
「でもぉ、イヴに女子高生と予定とか周りからしたらリア充爆破とかなんじゃないんですか」
「限りなく死亡にちかい爆破だけどな」
「違いないですね」
女子高生にしてはやや大人っぽい三森さんは、男のあしらい方や誘い方も達者ようでつい見惚れてしまうと言うか騙されてしまうと言うか。とにかく、厄介な相手には違いなかった。
「あ、もうすぐあがりの時間ですね」
「やっと終わるのか。そーいや、この後とか言ってたけどどっか行くあてとか」
「勿論です! 任せてください、私が大胆不敵にエスコートして差し上げますよ」
「できることなら、エスコートくらいは男で年上の俺にやらせてほしいけど、今日のとこは頼むわ」
まるで社交ダンス終わりの優雅な挨拶を彷彿とさせるような三森さんの完璧な動きについ、軽い冗談を入れてしまわないと見惚れてしまいそうだった。
三森さんは、本当に女子高生なのだろうか? 俺はついに根本的なところを疑い始めていた。
「着きました! 今日の舞台はここです」
「えっと……民家?」
バイト終わりにてくてくと三森さんエスコートの上でついてきた場所は、どこの森林の木材ともしれない民家だった。
「はい、私の家です」
「へー、三森さんのい……えっ!?」
ニコニコ笑顔で隣に立っている女子高生は、なんということかたまたまバイト先が一緒でシフトがかぶりまくっているだけの大学生を実家に連れてきた。
すさまじすぎる。最近の女子高生は皆こうなのだろうか。
「さぁ、寒いですから早く入りましょう」
「いやいやいやいや。この状況が俺には呑み込めないんだけど」
「飲み込む必要はありませんよ。さ、はやくはやく」
背中を物理的に押されて俺は、三森さん宅にお邪魔することになった。
「メリクリ―」
玄関を開けて、三森さんに押されるまま入るとクラッカーの陽気な音がお出迎えしてくれた。
しかし、クラッカーの陽気さとは裏腹に、目の前にいる中学生くらいの妹さんらしき人が青ざめ口をあんぐりあけ、リビングへとダッシュして行った。
そりゃ、そうなりますよね。
「お父さん、お母さん! お姉ちゃんが男連れだよぉぉぉぉぉぉ」
「あちゃー、葵いたのかー」
「……もしかして確信犯?」
「てへぺろっ」
俺は一体どれだけ三森さんに騙されればいいのか。
あぁ、最悪なイヴになりそうだ。
気付いたら翌朝になっていた。
鳥の鳴き声とカーテンの隙間から漏れ出した光で目が覚めた。
「んー」
あの後、俺は三森さんのご両親に叱られるどころか大歓迎をされ、娘の将来を頼むとまでせがまれた。一言で言えば、物凄くウェルカムでアットホームな家庭だった。
そのせいか、お酒がすすみいつの間にか寝てしまったらしい。頭が痛い。
「んー、あ、おきました?」
「うん、おき……た……よ?」
こういったベタな展開は望んでいなかった。
望みたくもなかった。
「おはようございます、タケルさん」
そこにはパジャマは着ているものの下の名前呼びで妖艶な笑みを浮かべる三森さんが居た。
そして、驚いて手を後ろにつくと、そこにも人間らしい感触が最悪なことに存在していた。
「……あ、お兄さん」
三森さんの妹の葵ちゃんが目をかきながら、目を覚ました。
「これ、マジで? 現実?」
「勿論ですよ」
どうやらだ。俺はだ。俺は、イヴに聖夜をむかえる瞬間に誰もが羨む両手に花の状態で迎えたらしい。
そして、朝にはうふふとか笑っている三森さんと寝起きの葵ちゃん。
おーまい、神様、キリスト様。仕組みましたね、コノヤロー。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
大学2年のクリスマス当日の朝。俺は人生で最大のピークを迎えた。
ぐっばい、平凡な俺の大学ライフ。
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