ハッピーアワーライフ

このめ

ハッピーアワーサポート

その1

「お前どうするよ」

「どうするって、何が?」

 千葉県のちょっと拓けた片田舎にある赤レンガの街ビル。その3階に存在する小さな会社。

 えり好みしなければ誰でも入社可能ではないかと疑ってしまいそうな、風貌の人たちが集まるここ『ハッピーアワーサポート』は、様々な宴会などプロデュースする会社で、毎月赤字ギリギリの売りだかを誇り閑古鳥が鳴かない程度に営業中だ。

 そんな会社に入社しちまった俺は、隣の席でスマホゲームに勤しんでいる同僚、カツヒコと共に絶賛サボリ中である。

「今日の定期飲み会」

「そりゃ、どうするもなにも先月のテキトーな嘘ついて欠席したんだから今月はでなきゃまずいだろ」

「だよなー。じゃ、カツヒコも覚悟決めてんの?」

「オギちゃんほどじゃあ、無いけどな」

 この会社では月に一回、社員の親睦を深めようと大義名分をもとに、経費で飲み代を浮かせる日がある。

 強制参加と言うわけではないが、参加しなければならない空気がプンプンと漂っていつも参加率は高い。もちろん、家庭の事情などのその他もろもろの用事さえあれば不参加でいいのだが、そんな用事などあるはずもなく、家に帰っても冷たい飯と冷たい家族が待っているだけである。

 それならばいっそうの事、飲み会に参加して、はっちゃけようという魂胆だ。

 カツヒコは、独身貴族を貫いているせいでいつも不参加理由に困っているが、前回は同僚のよしみで助けたのが運のつきと言うべきか、社内にカツヒコ結婚説が浮上してしまった。

 どうやら、俺の家族ぐるみでカツヒコの結婚をサポートしているらしいと。

 そんなふざけた話があるものかと否定をするごとに真実味が増していくらしく後に引けない状況になってしまった。

 そして、今月の飲み会である。毎月の親睦会に加え、上野克彦応援会などといった名目が出されてしまった。

 なんと、迷惑なアットホーム感なのだろうか。しかもだ、勝手に俺が幹事に指名されていた。

 社内メールで届いた飲み会説明の欄に、《幹事:荻野目宗司おぎのめそうじ》と自分の名前が書かれていたのを見たときには驚きのあまり手に持っていた缶コーヒーを「あぁっ!」と言い放ちながらデスクトップのパソコンモニターにぶっかけてしまった程だ。

「そりゃお互い様だろ」

「ちげーねーわ。まったく、こちとら独身貴族様を優雅にエンジョイしたいってのによ」

「家庭を持つってのも案外いいもんだぜ」

「俺は1人がいーの」

 椅子でグルグルまわりながら優雅にスマホをいじるカツヒコの姿はまさしく現代の貴族様そのものだった。


「それでは、会社の皆様! 今日はお疲れ様でした」

 駅前のチェーン店『笑えた』に宴会席を予約してひらかれる飲み会はちょっとした売り上げになるらしく、そこそこ丁寧な接客対応をされる。

「ソウジ君! そーゆーのいいから早く乾杯、ほらほら」

 いつも、軽くでも挨拶をしないと後でぐちぐち言ってくるバーコード頭の貝塚部長が、中ジョッキを持ちながら、乾杯の音頭を急かしてくる。

「では、みなさん。準備はいいですか? いきますよ、かんぱーい!」


「「「かんぱーい」」」


 そこそこ腑抜けた声を一斉に発し、まずは各々飲みたいだけイッキする。

 そして、「くわー、このためにいきてるぅ」と、いつも部長の愚痴を聞いてストレスをためている真の中間管理職者と異名を持ってしまった姉崎係長の一言で、宴会が本格的に始まる。

 これがここの通例である。

 その間に俺は、ハゲてしまったからスキンヘッドにしたというワイルドな木崎社長に挨拶をして、本日の主役の1人であるカツヒコの隣に座った。

「いやぁ、すいみません。俺なんかのために」

「いいのいいの。これでカツヒコ君も無事に独身貴族卒業だ。いやー、また私の仲間が減っちゃうね」

「あ、あはは」

 とうのカツヒコと言えば、すでにウザみの極みで名が通っている須藤課長に絡まれていた。

 この課長は厄介すぎて、バーコードや社長がひと距離置いている逸材である。仕事ができるからこの役職に就いてはいるが、仕事が出来なかったらこの人は平社員でいることすら難しかっただろう。

 その原因ともいえるのがこのお決まりのセリフ「今日は無礼講なんだから、さぁ、飲んだ飲んだ」だ。

 そもそも、役職的にも下の俺やカツヒコが無礼講できる訳もなくひきつり笑顔を保ったまま、お酒をちびちび飲むだけしかできない。過去に、実際に無礼講を働いたと言う貝塚部長は、なにがあってか社長に見込まれ出世街道をひた走ることになり、いつのまにか須藤課長に無礼講を働くと出世すると言うジンクスができてしまったが、そんなことができるほどの度量を生憎だが持ち合わせてなどなかった。

 そう、考えると3年も先輩の須藤課長に無礼講を働いた貝塚部長は相当の大物か、ただの傾奇者かになる。

「い、いや、そんな」

「遠慮すんなってほら」

「じゃ、じゃあすみません。いただきます」

「それにしてもあれだよね。最近の若い子たちはさ、自分たちから飲みの誘いに来なくなったよね。俺達の時はさ、そりゃもう気に入られたいばっかりに飲みに誘ったもんだけどね」

 須藤課長お得意の特に興味のそそられない過去話を肴に、カツヒコは酒を進ませている。

 俺はと言えば、隣の席に着いたはいいが間に入って面倒事に巻き込まれるのも御免なので、適当な社員さんたちと他愛も無い家族サービスやらそんな話をしてそこそこ盛り上がっていた。

 時々、俺の脇腹をカツヒコが肘でつついてきている気がしたがきっとそれは気のせいだろう。そうに違いない。

 それから、時間は進み、全員が丁度良く酔いがまわってきたであろう2時間が経過していた。

「あうわーっすよ。あんすか?あはぁん」

 酒に強いはずのカツヒコは、須藤課長に促されるまま酒を飲み続け、なんと泥酔してしまった。

「ちょっ、カツヒコ。大丈夫か」

「あらら、主役が。じゃあ、今日はもうお開きとしますか」

 貝塚部長がさすがに見かねたようで、飲み会をお開きにしてくれた。

 きっとこういった気の利きようも出世街道の後押しになったに違いないと、いつも思っている。

「すみません。コイツは俺が責任もって家まで送るんで」

「悪いね。えっと、お勘定はと、今日は誰が持ってきてるんだっけ」

「あ、私です。えっと、たしか……」

 担当だった須藤課長が全員から見守られながらカバンの中をがさごそ探していると、彼の顔色から一気に赤みが消え青白くなっていくのがよくわかった。

 そして全員が察した事態が起きた。

「か、会社に置いてきちゃったみたいです」

 その一言で全員のアルコールが一気にぬけた。

 勿論俺もだ。

「も、申し訳ございません! わ、私が責任を持って支払いますので」

「そんなのは、当たり前だ! お店側に迷惑なんてかけられないからな! いいか、今回はお前のおご」

 貝塚部長に平謝りをする須藤課長の肩に、ぽんっと手を置いたのは木崎社長だった。

「今回は俺の奢りだ。貝塚もそれでいいだろ」

「しゃ、社長がそうおっしゃいますのなら」

「しゃ、しゃちょー」

 須藤課長は木崎社長に泣き付いていた。

 俺はこれが社長の器かと心底惚れていると、木崎社長の次の一言で須藤課長の笑顔が凍りついた。

「ま、来月の給料から引いとくけどな」

「……え」

 その場に居た全員が思わず、ぷっと吹き出してしまった。


「んでんで、その後どうなったんだよ」

 休日の日曜日。

 俺の家に遊びに来たカツヒコと先日あった飲み会の話をしていた。

 どうやら泥酔したカツヒコはまったくもって覚えていないらしい。

「社長が現金で支払って、須藤課長はトボトボといろんな意味で千鳥足になりながら帰って行ったよ」

「うわ、そりゃ見たかったわ」

「残念だったな。ありゃ、結構笑えたぞ」

 今思うと、持っていたスマホでムービーでもとっとけばよかったな。

 ありゃ、相当な傑作もんだったし。

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