第31話:二度目の……?
東の平原へと来た俺と実夜はすぐにそのイベント限定モブの存在に気がついた。
「たぶん、というか確実にアレですね」
「アレか。たしかに特別っぽい感じはする……のか?」
俺たちの目の前に立つそのモブは明らかに異様であった。
木の棒のような一本の足で立ち、横にまっすぐと伸ばした二本の腕の先には白い軍手が嵌められている。首の上には白い頭が刺さり、麦わらぼうしを被っている。
そう……どこからどう見ても。
「完全に
「ああ、畑に立ってるやつな」
「まあリアルだと見たことありませんけどね」
「たしかにゲームとかアニメでしか見ないもんな。本当に存在するのか案山子」
そんな風に駄弁りつつ周りを見渡してみれば、見える範囲だけでも十体以上の案山子がいるのが確認できた。
「まあ、さっそく狩っていきましょうか。こんなとき【弓術・五月雨】でもあれば範囲狩りができて楽なんですけど、私もまだ取れていないので一体ずつ地道に狩りますよ」
「おう、了解。とりあえず一体目っと…………は!?」
地面に足が刺さったままの案山子の頭を射抜こうと矢を放つと、案山子はいきなり足の先を支点にグイと後ろに倒れるように避けられた。
案山子の頭の位置を狙った俺の矢は倒れた案山子の頭上を掠めるに終わり、そして矢が通過すると案山子は起きて元の状態へと早戻り。
「うわ、見かけによらず俊敏ですね……」
「起き上がり
「足下を狙った方がいいんですかね?」
「足下……そうだな」
そうして足下に矢を放つと、今度は当たる瞬間に垂直跳び。案山子とは思えない程に華麗な宙返りを決めると元の位置へと突き刺さる。
「……無理すぎないか?」
これは矢で仕留められる気がしない。
「……なるほど。じゃあちょっと私がやってみますね!」
「おう。頑張れ」
すると実夜は矢筒から矢を二本取り出すと、ニヤッと笑って得意げに話し始めた。
「いいですか先輩? 回避率の高い的の攻略法はですね……」
そう言いながらキリキリと弓を引き絞り、一本目の矢を足下目掛けて放った。……でもそれだとさっきと同じ動きで避けられる……か。
そう思っていると案山子が先ほどと同様に垂直跳びで回避行動をした直後、実夜は少し上方に向かって矢を射る。
「こうすれば避けられることはありませんっ!」
実夜の放った2本目の矢は、垂直跳びの後宙返りをしている最中の案山子の頭に吸い込まれるように射抜いた。
実夜曰く「空中だと回避行動する奴はあんまりいません」だそうだ。……そもそも空中にいる相手を弓矢の射出速度で狙う時点で無理な気がするけどな。
「一発成功! ふっふっふ、意外とエイム練習すれば当たるようになりま……えっ!?」
得意げに話していた実夜が急に驚いたような声を上げた。なんだと思い実夜の視界の先を目で追って見れば案山子のドロップと思われる小さな宝箱が地面に落ちているのが……って、落ちてる?
「……先輩。今の見ましたか?」
「今のっていうと、実夜の人外みたいな予測撃ちのこと……じゃないよな」
「見てなかったんですね。まあ私に見惚れていたなら仕方ありませんけど!」
「若干ニュアンス変わって……まあいいか。驚いたのってドロップが地面に落ちたから、か?」
「それだけじゃないんですよ!」
ドロップ品というのは通常、自動的にインベントリに入るため、それが落ちるというのは普通ではない。……そう思って言ってみたんだが、どうや違ったらしい。
「今ですね、射抜かれた案山子が白いエフェクトに包まれた後、宝箱をその場に落としたんですけどね、その直後です。スッと流れるような動作で宝箱の後ろへと跳んだと思ったら、
宝箱を残してそれの後ろへと……。
「いやちょっと待て。宝箱ってそこに落ちてるやつだろ? どう見ても案山子が隠れるサイズじゃないんだが」
「だから消えたんですって! 後ろにピョンって入った瞬間に!」
んー、よくわからない。
「まあ倒してみればまた見れるだろ。……ってか倒せたってことになってるのか? 消えたって言うとたぶん逃げられた感じだろ?」
「経験値は……入ってますね。ログに残ってました。まー要するにアレでしょうね。【解体】スキルによるドロップ影響の対策みたいな? たぶん先輩が倒しても普通に宝箱落とすんじゃないです?」
なるほど、倒される……HPが0になる前に宝箱だけ残して逃走するってことか。それなら俺がやっても『死体(という名の案山子の残骸)だけ残る』みたいなこともなさそうだ。
「それで宝箱の中身はなんだったんだ?」
「ああ! うっかり忘れてました。宝箱の中身回収しなきゃじゃないですか。……あっ、宝箱を開けると勝手にインベントリに仕舞われるみたいですね。えっと、中に入ってたアイテムは『色料(赤)』が三つですか。それでアイテムの入っていた宝箱は……あれ、消えちゃいました」
どうやら宝箱はインベントリに仕舞うこともできず、中のアイテムを取り出すとすぐに消えてしまうらしい。
「いちいち回収しなきゃいけないのは面倒ですけど、まあ案山子自体はヘッドショットで一撃ですからそんなに効率が悪いわけでもなさそうですね」
「いやヘッドショットとかそう簡単にできるもんじゃないだろ」
「先輩にもできますって!」
そんなこんなで実夜に言われるままに案山子にリベンジ。
「足元を狙って跳んだところを予測撃ち、だよな……」
一度目の挑戦。足に向かって矢を放つと先ほどと同様の回避行動をする案山子。そして先ほどの実夜のように案山子が跳んだ直後若干上に……‼
「……いや、無理だろ」
俺の放った矢は細い棒でできた案山子の胴体を掠めるように、しかし頭には全く掠ることなく案山子の後方へと飛んで行った。
「んー、先輩ちゃんと狙いました?」
「これでもちゃんと狙ったつもりだよ。なんか矢は狙ったところに飛んでる気はするんだけど、矢が届くまでにどれくらい案山子が動くかってところがちゃんと把握できてないから外れてる、って感じだな」
「あー……正直、矢の射出速度と位置関係あたりは慣れの部分が大きいですからね」
「何度もやって慣れるしかない、か」
結局その後10回ほどやったが掠ることさえなかった。やはりと言うべきか、そう簡単にできるような技術ではないらしい。
「でもまあ今日は狩ることが目的だし、他に簡単に狩れる方法を探すかぁ」
避けられなければいいわけだから……と、そんな風に考えて俺は手頃な案山子に向かってまっすぐ走って近づきながら、先程のように足元に向かって矢を放つ。
空中だと回避行動を取れないとするなら、恐らくこの初動は近づくという意味でも良い筈だ。そして……。
「間に合う……っ!!」
案山子が宙返りをした後、降り立つ直前で俺は案山子のいる場所に届いた。それと同時に左足で踏み込み右足を振り上げながら大きめに跳ぶ。
やがて俺の右足は案山子の胸元を的確に捉え、そのまま踏みつけるように地面に押さえつけた。
「……これで避けられないだろ」
そうしてすぐ足元にある、逃げようと必死にもがいているように感じる案山子の頭部に狙いを定め、矢をつがえ、弓の弦を限界まで引く。
そうしてキリキリと軋む弦を離せば、矢はまっすぐ、案山子の頭を射抜いた。
すぐに案山子が白いエフェクトに包まれ、やがて俺の足裏に伝わる感触が硬いものに変化したことに気付く。
「宝箱、か。動けないようにしててもちゃんと宝箱だけ残して消えるんだな」
「ですね。ついでに今度は消えていく過程までしっかり見えました」
案山子は宝箱を落とした直後、足の方からスーっと見えなくなっていった。先ほど実夜が見たと言っていた『宝箱の後ろに消えた』というのは、たぶん宝箱の後ろへと足から飛び込むように動いた案山子が宝箱に隠れて見えない部分から消えていく感じになったのだろう。
「……にしても先輩、すごい機動力ですね。弓矢使う必要あるのかってくらい前衛的な動きですけど」
「弓矢は好きだから使ってるだけだからなあ……たぶんナイフとかの方が戦闘スタイルにはあってるんだろうけど……」
「まあお陰で厨二な二つ名がついたんじゃないですか。『血濡れの弓使い』なんてなかなか聞く名前じゃありませんよ?」
「その名前は本当に恥ずかしいから止めてくれ……。というかそういうお前だってあるんだろ?」
「えっ!? そ、そんなわけないじゃないですか。私は先輩と違ってそんな目立った行動してませんし……」
「……『地獄の天使様』だったか?」
「っ!?」
ピシッと、実夜の周りにある空気が凍った気がした。
「……やっぱりお前であってたんだな」
「なんで先輩が
「……急所ばっかり狙うってほんとか?」
「誤解です! ただダメージ効率を考えたら必然的に急所狙うことになるじゃないですかぁ……」
それなら誤解じゃない気がする。
「……先輩、誰にも言わないでくださいよぉ?」
「っ!!」
……心の底から急な上目遣いは心臓に悪いからやめてほしい……。うっかり「好きだ」って告白しそうになる。
「……先輩? 言う気ですか?」
「い、いや。言わないって。悪かったな」
一瞬「好きと言う気か」と聞かれた気がして焦ったが、多分ばれてないはずだ。意外と実夜って鈍感だし。
「まあ今回は私も先輩の二つ名言ってたのでお相子ってことでいいですけど。 ……本当に言わないでくださいよ?」
「ああ、わかってるよ。……とりあえず話を戻して、俺でも案山子から色料を回収できるってことが確認できたわけだけど、どうする? 二手に分かれて時間決めてひたすら狩る感じでいいか?」
「ですね。あっ、でもどうせなら取れた色料の数で勝負しません?」
「おう、別にいいけど…………何か賭けるのか?」
「まあお金を賭けるのは犯罪ですから。ここは形だけということで、ありきたりに『負けた方が勝った人の言うことをなんでも一つ聞く』っていうのはどうです?」
「りょーかい」
討伐数だと一体倒すのにかかる時間からして勝てる気はしないが、ドロップの数という条件なら運次第で勝てる可能性もあるわけだ。
「それでは、位置について! よーいドン!」
実夜のその言葉と同時、俺たちは二手に分かれて勢いよく狩り始めた。
◇◆◇
「どうもこんにちは、ういういです! 今日も今日とてNDOの実況の方、していきたいと思います!」
私はういうい。リアルではしがない給食の
NDOは運良くパッケージ版をゲット。その開封動画は過去トップ5に入る再生数となって、それからは毎日実況動画を投稿…………は、さすがに仕事もあったりして面倒なので、毎日生放送兼動画撮影に勤しんでいる。
この『ういういの周りを見ながらNDO!シリーズ』は5日目にして大きく伸びることになった。
運命はNDOを始めて5日目の夜、彼を見つけたこと。
その人は自らの2倍はあろう大きさの熊を相手に、返り血を浴びながら弓を片手に熱い戦いを繰り広げていた。あの戦いは、誰が見ても魅入ってしまうような、人を寄せ付ける魅力を持っていた。
そう、どこの誰だか知らないけれど、〝Lua〟って人には感謝してもしきれない。私が生放送中にあの戦闘狂さんに巡り合っていなければきっと未だに私の知名度は最底辺だったに違いない。
なんといっても熊と弓を片手に返り血を浴びながらの熱い戦いを撮影したあの動画! なんともう既に10万再生を突破して、しかもまだ少しずつ伸び続けているんだもの! すごくない!? 当たり前のように私の動画の中ではぶっちぎりで過去最高の再生数を稼ぎ出したよ……。
そうして私はその動画による勢いを止めないために、生放送で今もこうして新たなネタを探しているのである。
「今日はイベント最終日ですからね。イベントモブを倒せる最後のチャンス! ということで早速狩に行こうと思います! あっ、音量小さいですか? えーっと……ちょっと待ってくださいねー……っと、少し上げたんだけどこれで大丈夫かな? ……『おk』、『大丈夫』、『聞こえるよ』……良かった、大丈夫みたいですね。じゃあ行きましょうか」
視界の左側に流れるコメントをチェックしつつ私は東の平原へと歩みを進めた。
暫くの後、私は案山子をソロで狩っているのだが、なかなか安定しないためリスナーさんに意見を募っていた。
「んー、上手く狩れません。案山子を狩るのって魔職以外だと難しいって本当ですね。手持ちの武器は斧と鎌、それに弓くらいなんですけど、良い狩り方知ってる方います?」
そう聞くとドンドン意見が流れてくる。……前まで知り合いの人が一人だけとかだったのに、こんなにコメントが増えるなんて!!
そんなことを考えつつコメントを流し読んでいく。
「『知らない』、『弓矢オススメ』、『魔法使え』、『弓だと簡単に狩れるよ(白目)』、『弓!これで勝つる』……弓で簡単に狩れるって絶対ウソな気がするんですけど……まあリスナーさんを信じて一回だけ試してみるね。倒し方は?」
そう聞いてみれば『……』とか『気合で!』とかてきとうなコメントがいくつも流れてきた。
中には『【五月雨】使って、どうぞ』みたいなコメもあったが、βの頃の弓最強スキルをもう使える人なんてトップ勢にすらいない気がするから、十中八九ネタだろう。
「やっぱり嘘なんですねー……っと、ちょっと! 立ち見さんに面白そうなコメントが……えっと?」
流れてきたコメントの1つに興味深い狩り方が見えた。
『たった今見た狩り方。1.足元に矢を射る。2.近づく。3.踏みつける。4.動けなくなったところをヘッドショット』
「……って弓矢なのに近づくの!? 誰だよそんな狩り方してるやつ! ちょっと待って、今の人『今見た狩り方』って言ったよね? それが本当なら直接見たい。ページと位置くれない?」
『嘘だろ』とか『ソースあく』とか初めから嘘と決めつけるコメが多々見受けられるけど、私は若干期待してしまっている。……だってそれが本当なら動画の再生数伸びそうじゃない?
それから待つこと2分程、先ほどの人がコメを打った。
『ページ8、位置情報→X=……,Y=……,Z=……』
「キターーーー!! とりあえずページ移動しますね! 座標は……けっこう近いです。早速行ってみます!」
――――そうして私は、動画神様が遣わした二度目の運命に出会った。
プレイヤーネームは『Lua』という3文字。忘れるわけもなく、あの時の人であった。そしてその人はあの時と同様、撮影拒否設定にはしていなかったようだ。
その人はもの凄い勢いで案山子を乱獲していた。案山子の足元に矢を放つとすごい勢いで距離を詰め、踏みつけてから容赦なくヘッドショットで倒す。そして宝箱が出現しきる前に次の案山子の足元へ矢を放ち、さらに近づいて先ほどと同様に倒す。すると今度は一体目の落とした宝箱の方にいる案山子を狙い、近づく途中で宝箱を開くことでドロップ品を回収……以下エンドレス。
それは弓で現状の最効率なのではと思わせるほどにスピーディーで、なにより動きがカッコいい。めちゃくちゃスタイリッシュ。
それを暫らく呆けたように見ていて、ふと我に返ってみればコメ欄が荒ぶっていることに気付いた。今まで見たことも無いようなスピードでコメが流れている。
「何あれ……弓ってあんなだっけ?」
そう呟けばコメントでも『俺の知ってる弓じゃない』とか『弓矢は前衛武器、はっきりわかんだね』とか流れてくる。……うん、たぶん私の認識は正常だ。
「これは……動画化かな。とまあいつまでも見ているだけじゃアレだし私もチャレンジして……」
チャレンジしてみるかなーと言おうとしたが、その言葉は続かなかった。視線を逸らした方へといた「弓使いらしい倒し方」をしている人が目に入ったからだ。
ふとコメ欄を見てみると、『
……なんとも惜しい。あの二人のプレイヤーが揃って映ってたら絶対話題になると思うのに。
その人はたしかに弓使いらしい動きをしていた。数メートル離れたところから弓で射抜いて案山子を倒す。しかしよくよく見てみれば案山子を倒すのに使っている矢は毎回2本のみ。
……一発も、外してない?
「えっ、いやあの人何者?」
その呟きにコメントでは色々流れてくる。
『どした?』『モザイクの拒否プさんなんか凄いの?』『いやそれにしては動きなくね』……。
先ほどの戦闘狂さんの動きを見てからでは『動きのない弓使い』は普通に見えるのだろう。でも、弓を実際に使っている私だからわかるのかもしれないが、『アレ』は尋常じゃない。
それでリスナーさんに、私は聞いてみた。
「ねえ、YAMIさんって有名な人だったりする? 私は聞いたことないんだけど……」
そしてこのアーカイブが私の二度目のバズとなることを、この時の私はまだ知らなかった。
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