第32話:後輩と狩り勝負!
狩り始めてから早1時間。ひとまず実夜と話していた時間になった……のだけど。
「……なんか人増えてないか?」
狩りに一息ついて周りを見ると、なんだか少し人が多い。
……んー、有名人が偶然俺たちと同じ場所にいて見に来たとかか? ゲームでそんなこと……いや、アイドルとかならあるのかもしれない。……にしては周りの人とやたらと目が合うな。
とりあえず実夜の方へと向かおうかと、そう思っているとフレンド通信が来た。実夜からである。
『大変……ってほどではないんですけど。先輩の周りに野次馬さんらしき人が数人いるんですよ。気づいてます?』
『ああ、なんか人いるな。なんかあったのか?』
『理由ってことなら、先輩が変な狩り方してたから……とかですかね? んーでもそんなすぐに広まるものでも……』
俺の狩り方はそんなに変だろうか。割とエイムが整っていない人にはやりやすいと思うんだけどな。
『あっ、先輩……まさかとは思いますけど撮影拒否設定にしてなかったりしませんよね?』
『えっ? ……あー、そういやまだ変えてなかったかも』
『たぶん、っていうかきっと原因それですよー! ほら、すぐに設定変えてください! 今すぐです!』
『あ、ああ。わかった』
実夜はあくまでこの野次馬は俺の案山子を狩る姿が誰かに撮影されて配信か何かされたことによりできたものだと思っているらしい。俺はそんなことは無いと思うわけだが……まあひとまず実夜に言われた通り、設定を変えることにする。設定は……っと。
そうしてプライバシー設定の画面を開いてみると『カメラ撮影の拒否』という欄がOFFになっているのがわかった。そこをタップすれば表示がONに切り替わったので、恐らくこれで拒否設定ができたのだろう。
『拒否設定にしたぞ』
『では面倒なので野次馬を巻きましょう。一旦ページ6に移動してから北に行って下さい。次の目的地は渓谷ですから、そこで落ち合いますよ』
『お、おう。わかった。お前はどうするんだ?』
『私は別ページに移動してそれから同じく北の渓谷に行きます。私としてはできれば一緒に居たいんですけど、見られると面倒なことになってもおかしくありませんし……』
そんなわけで俺は実夜の指示通りにページを移動して北へ向かった。そうしてしばらく行けば山なりとなっていて少しばかり足場の悪い森が見えてきた。
……渓谷って言ってたけど、この森の奥、か?
そう思っていると実夜からまたフレンド通信が掛かってくる。
『先輩! そろそろ着きました?』
『あー北にまっすぐ行ったらなんか森みたいなところに着いたんだが』
『大丈夫です。場所はそこであってます! その森、少し入ってみるとわかると思うんですけど、緩やかに下っているでしょう? その一番下ったところに川が一本流れてて、小さな渓谷を作っているんです。……っていうか先輩。自分の居場所の名前ならマップで見られますよ?』
うっかり忘れてた。どこ集合って時は基本場所の名称だもんな、そりゃあマップ開けばわかるか。
ちなみに言われてすぐに今いるところの名称を見てみたら“せせらぎの渓谷”となっていたから、ここが目的地と言っていた『渓谷』の一部であることは間違いないようだ。
それからすぐ実夜と合流。イベモブ狩りの続きをすることになった。
「ってかこっちのイベモブも変わらず
「先輩、よく見てください。案山子の足の先の色、さっきは赤でしたが今度は青でしょう? テクスチャが違うわけですから、システム的には別モブな気がしません?」
「あー、いろんなゲームでよくあるよな、同形の亜種モブ」
スラ〇ムとメ〇ルスラ〇ムみたいなあれだろう。たぶんこのイベントでの案山子は強さ同じだと思うけど。
「それよりさっきの1時間でどれくらい集まりました?」
「色料(赤)ってのだよな? えっと……3スタックと27個だから、324個だな」
「やっぱりそれくらいは取れますよね。……んー、そんなに要りますかね?」
「1つの防具に色付けるのにいくつ必要かわからないからな……ちなみにお前はいくつ出た?」
「4スタックと22個、418個ですね」
1時間で100個近く差ができるのか……効率って大事だな。ってちょっと待て?
「そういえばパーティー組んだ方が効率は良いんじゃないか?」
「それはそうですけど、そしたら2人のドロップが同時に入っちゃいますからドロップ数で勝負できませんよ?」
「……あー、それなら勝負しなくても」
「ダメです。せっかくなら勝負した方が楽しいじゃないですかー、あと先輩を合法的に言いなりにできる権利が欲しいので」
「……お、おう」
後半の方が主な目的な気がするけどな……というかコイツはもはや自分勝つことを疑っていない。
イベモブが出現する場所は4か所らしいから、まだ1/4が終わったに過ぎないわけで、まだ逆転の目はある。
「先輩に逆転、できますかねー?」
「お前も障害物あるところだと効率落ちるだろうし、まだわからないだろ?」
「まあそうですね。それで、今度の制限時間はどうします? さっきの収集個数見た感じ短くしてもいい気がするんですよね」
「そうだな……半分だと短いし、40分くらいにしとくか?」
「じゃあそうしましょ。案山子の湧き速度も悪くありませんしこの辺でいいですよね? それでは第二ピリオドスタートです!」
そうしてまた、仁義なき案山子狩りが始まった。
舞台が足場の悪い森ということで、俺は全く使っていなかった【立体移動】のアーツである【体幹強化】と【樹木渡り】を駆使して木の上を走りながら案山子に気付かれないように射抜くといったことを繰り返してひたすらに狩っていく。
そんなことを30分ほど繰り返していた時、遠くから「きゃっ!」という高い声が聞こえた。
俺に声が聞こえたってことは実夜だろう。
「おーい、どうした? って足を滑らせたのか……」
一応声のした方に向かうと、浅い小川で尻もちをついた格好でびしょ濡れになっている実夜がいた。そういえばさっき森の奥に川があって小さい渓谷になってるって言ってたけど……これか? 渓谷というよりまんま川って感じなんだけど。
「むう、不覚を取りました。先輩、手貸してください」
そんなことを考えていると実夜は少し不機嫌そうな顔で呟いて俺の方へと手を伸ばした。
「お、おう。大丈夫か?」
「先輩、ありがとうございま……すっ!」
そう言って俺が実夜の手を取ると、実夜がお礼を言うと同時にグッと手を引いた。
「おいっ!?」
バシャンという音と共に自分の身体が冷たく濡れた。
急いで起き上がろうと左手を着くと、むにっという柔らかな生々しい感触が伝わる。そして落ち着いて下を見てみれば羞恥に染まった実夜が見えた。
「っ!? せ、先輩!? 何処触ってるんですかあ! い、いくら通報されない設定だからって濡れてる時にそんなところ触られたら……んっ!!」
「わ、悪いっ!! でもこの体勢は俺のせいじゃ……っ!?」
「も、良いですから……は、早く離れてくださいっ!」
急いで、今度は実夜の身体の色々と危険な部分に気を付けて起き上がる。すると実夜も平静を装いつつ立ち上がると、ため息交じりに口を開いた。
「……まったく、先輩は隙さえあれば私の身体を狙っちゃう変態ですなんですから」
「不可抗力だ」
「……別に、ダメとは言ってませんよ?」
「いや、それってどういう……」
「あっ、いま期待しちゃいましたね~? まったく、先輩は可愛い彼女に手を出すこともできないヘタレなんですから」
「手を出すもなにも、このゲームの中じゃそういう系の行為全般禁止、っていうかできないだろ」
「R18のVRエロゲーに私を誘うって方法もありますよ? ほら、R15の『遠く二人の近距離デート』っていう半端なやつもありますし」
「お前まだ14歳だろ」
「今年の12月には15歳ですよ?」
「でも1月からはお前高校受験が始まるよな」
「あーそうなると受験の為に先輩の家にいきますから、そしたら必要なくなっちゃいますね」
「えっ、高校って戻ってくるのか? 初耳なんだが」
「言いましたよ? 『次に会えるのは半年ぐらい先になる』って。ほら、告白された時に」
そう言われてみればたしかに言われたかもしれない。……いやこっちの高校にするってのは初めて聞いたと思うんだけどな?
「まあいいじゃないですか! それよりそろそろ水から起き上がって少し経ちましたしそろそろ乾くと思いますけど……」
「ん、水って勝手に乾くのか?」
「5分くらい経つと一気に乾いたはずです」
そう言った実夜の服はまだびしょびしょに濡れていてぴっちりと肌に吸い付き体のラインが見えている。
「……先輩、そんなにじっと見ないで下さい」
「あ、ああ。悪かった」
「それで、途中で狩りを中断した感じのまま決めた時間になっちゃったんですけど、どうしましょう? もう少しこの辺で狩ってもいいですし……先輩は今何個ぐらいです?」
「色料(青)だよな? えっと、ちょうど2スタックで、198個だ」
さっきより心なしか単位時間当たりの個数は多い気がする。
「えっ、早くないですか? 私まだ150個くらいなんですけど……」
「青ならそんなに使わなそうだし、これだけあればいいんじゃないか?」
「んーまあ売らないなら問題無いですかね? それではさっさと次に向かいましょうか」
今度はさっきみたいな野次馬もいなかったため特に人目は気にせず二人歩いて移動。残りは第三の街より西に広がる平原と以前三木さんたちと共にでかい鳥を狩った南の登山道の計二か所。掲示板によるとそれぞれ(黒)と(白)の色料が手に入るらしい。
「黒と白っていうと一番使う色、だよな?」
「ですね。つまり需要が一番高くて、イベント終了後に高値で売れる可能性が高い色ってことです。となれば、できる限り沢山確保しておきたいところですね。ほら、やっぱりイベント限定アイテムは金策に良いでしょうし?」
「じゃあ時間はどれくらい取る?」
「今が9時40分……微妙ですね。先輩、今日って午後もできたりします?」
「あー……昨日の夜にやりきれなかった宿題があるし、今日の夜にリリィの来るイベントがあるだろ? そうなると……2時には落ちたいな」
「んー2時ですかぁ。今日って朝ごはん食べました?」
「ああ、食べたけど……」
「なら昼が少し遅くなっても問題ありませんね! 両方2時間、連続で行きますよ!」
「マジか……」
「……先輩が嫌なら、もうちょっと短くてもいいですけど」
「っ……まあ嫌ってわけじゃないから、な」
「ふふっ、さすが先輩! ありがとうございます!」
……だから俺は上目遣いに弱すぎると思う。
そんなわけでその後は西の平原と南の登山道をそれぞれ2時間ずつ狩り続けることになった。
西の平原では特に何事もなく東の平原と全く同じ作業を繰り返すだけで特段何か変なことは無かった。
対して登山道の方では山道で地形が悪かったということもあって始めはかなり苦戦した。なんせ坂の下から上を狙ってみれば案山子のジャンプが高くて踏みつけによる押さえつけのタイミングが若干シビアとなり、だからと言って上から下に向かって狙えば今度は踏みつけた勢いそのままに坂道を滑ってしまう。
とはいえやっているうちに下から上に狙う方法が段々と安定してきたため後半一時間は平原とさほど変わりない手順で倒せた。
そんなこんなで計4時間はあっという間に——という割には途中で飽きて実夜と
「けっかはっぴょおおおおお~~~~! ドンドンパフパフ!」
「おー、やんややんや」
午後2時より少し前、俺たちは第3の街に戻ってくるとそのまま『いつもの待ち合わせ場所』のようになっている闘技場前へ。それからいつものベンチに座るなり実夜が言った。それに合わせて俺はテンション低めにも一応賑やかし役をしておく。
もちろん、2人だけでの会話であるため周りの人の迷惑になることも無い……はずだ。
「それでは結果発表と行きましょう!」
ちなみに個数を確認したのは始めの二か所だけ、後半の二か所でのドロップ数はまだ聞いていないし教えていない。
「ちなみに勝負は全部の合計で、勝った方が負けた方になんでも好きなこと命令できるってことでいいですか?」
「ああ、それでいいよ」
正直勝ってるとは思えない。なんせ実夜は全部弓矢で遠距離から狩っていたからだ。
木の生い茂った渓谷のエリアではまだ射線が通らないことがあったため俺の方が多かったが、他3か所はどこも遠くまで見通せる、障害物のほとんどない地形である。圧倒的に実夜の狩り方の方が効率がいい。
そして、これだけのフラグを立てながら勝てるのは、漫画かアニメの主人公だけだと思う。
「————そんなわけで、私の勝ちですね!」
結果として俺の手に入れた色料は(赤)が324個、(青)が198個、(黒)が738個、(白)が414個。
対して実夜の成果は(赤)が418個、(青)が147個、(黒)が812個、(白)が1023個。
合計して『1674個対2400個』と、圧倒的な大差をつけられて敗北した。
「いや白色の1000個ってなんだよ……」
二時間で取れる数じゃないだろ……。
「いやあ、やっぱり坂道っていいですね。上からだと同時に何体も見渡せて、慣れてきたのもあって似たいくらいなら同時に倒せるようになりましたからね」
どうやら実夜は始めにしていた『足元に射る→頭を射抜く』という方法の、足元に射てから頭を射抜くまでの間に次の個体の足元に射るという人外にもほどがある方法をやっていたらしい。
……実夜曰く「私はガチ勢じゃありません」とのことだけど、やっぱり実夜は十分ガチ勢な気がする。
「あの、先輩? 先輩に引かれるのはさすがに少し傷つくんですけど?」
「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど……ついな」
「ガーン! ショックです! 今先輩によって大きく心がえぐれました! 先輩、人のこと言えるほど普通の狩り方してなかったくせに!」
「ホントごめん! 悪かったって! ……それで、勝者が敗者に下す命令は?」
「あっ、そうですね! では……」
そこで実夜が固まった。いや、固まったというよりは言い淀んでいる。
「……どうした?」
「……えっと、決めてはいるんですよ? でもちょっと言いにくいと言うか……あの、えっと……あー……」
「大丈夫か? なんなら今すぐじゃなくてもいいけど」
「……だ、大丈夫じゃないかもしれませんね。ちょっと、命令は頭冷やしてからにします。……落ちます、お疲れ様です」
「あ、ああ。お疲れ……」
とても大丈夫には見えない様子で実夜はダイブアウトした。……一体何を命令しようとしたんだろうか。エッチなやつではないだろう、実夜だし。でも実夜があの状態になったってことは普段は絶対に頼まない、というより頼めないことなんだろう。
……と、そんな風に考えたところで少し実夜の命令が楽しみになっていることに気が付いた。
まあ
そんな風に自分に言い聞かせながら、俺もダイブアウトした。
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