第30話:親友からの急な呼び出し

「それじゃあ先輩、お疲れ様です!」

「おう、お疲れ」


 武器屋を出た俺と実夜は闘技場のベンチで暫く駄弁った後、お昼時ということもあり解散となった。

 ちなみに実夜は「転校先の中学から課題が出てますので……」とのことで午後はインしないらしい。俺にも高校から出ている夏季休暇中の課題があるから、ちょうどいいので午後はそれを片付けようかと思っている。


 ――と、それから3時間後


「……おっ、あの喫茶店に入っていったよ?」

「本当か!」

「おい嶺二押すなって……」


 俺は立夏と嶺二と共に、とある女子の後をつけていた。


「ってかこれ犯罪なんじゃ」

「……身内だからセーフ」

「ふっふっふ、バレなきゃ犯罪じゃないのだよ」

「……さすがに中入ったらバレるんじゃないか?」

「大丈夫でしょ、尾行してるとは思われないって」

「どっちにしろ入らないと目的は達成されないからな、腹括れ」


 宿題を終わらせる筈だったんだが……どうしてこうなった。


 ◇


 話はダイブアウトした直後まで巻き戻る。


「ん、嶺二からか?」


 俺がダイブアウトしてすぐ端末を確認すると、嶺二からつい3分前にメッセージが届いていた。


『【緊急】時間があったら駅前のナクドマルドに12時半に来てくれ。相談したいことがある』


 それを見て、嶺二にしては珍しいなと思う。アイツにはこれまでに幾度か相談に乗ったことはあるが、相談事があったらその内容をメッセージで送ってきていた。間に相談に乗ってくれるかの確認などなかったはずだし、わざわざ会って話すということも平日の学校でしかなかった。それが直接来いとなると……それだけ深刻な悩みということだろうか。


 そう思い、ひとまず『了解』と短く打ってから支度を始める。時計を見れば今は12時過ぎ。チャリなら10分で着くし、お昼をナックで取るのなら十分間に合いそうだな。


 そんなわけで、さっさと着替えて髪に付いた寝癖を直し、自転車を跨いだのがちょうど12時15分。

 特に何事もなくナックへ着いて、すぐに見慣れた二人組を見つけたので話しかける


「よう、立夏も来てたのか」

「おっ、来たね」

「おお! よく来てくれた。まあ座れ。チーズバーガーで良かったか?」

「おう、ありがと。……それで、なんだ?」


 嶺二に差し出された紙に包まれたままのチーズバーガーを受け取りつつ立夏の隣へと腰掛けると、嶺二は深刻そうな表情で口を開いた。


「実はな……最近、莉奈の様子がおかしいんだ」

「莉奈ちゃんの様子、か?」

「莉奈ちゃんっていうと、白金くんの妹さんだよね?」


 莉奈ちゃんというのは俺の親友である白金嶺二の妹で、実夜の友人でもある。整った容姿で成績も優秀、人当たりも良いし本当に嶺二の妹なのかと思ってしまうほどに良い子なんだが……そんな彼女の様子がおかしいと。


「それがな、莉奈が最近よく出掛けるんだよ」

「……何が言いたい?」

「まあ聞いてくれ。莉奈はもともと交友関係はある程度広いとは言えそんなに外に遊びに出かけることは少ない、いわゆるインドア派なんだ」

「……別にインドア派でも出掛けることくらいあるだろ」


 コイツが何をおかしいと思っているのかいまいちよく分からない。


「違うんだ。莉奈の格好がいつもよりオシャレで」

「オシャレ?」

「ああ。服のコーデとかは普段から気を配っていたが、髪形や爪まで整え始めたのは最近からなんだ」


 ……それのどこが変なんだろうか。てかコイツ妹のこと見過ぎでは……。

 俺がまた口を開く前に嶺二は手で制し、まだあると続けて――


 ――それから数分が経った。

 その間、延々と自分の妹について語る親友の姿がそこにはあった。

 時折見せる表情とか、問いに対する反応とか、俺が「何故そこまで?」と思ってしまうほどにその内容は様々だった。


 そうして話せることを全て話した様子の嶺二は、真剣な面持ちでこちらに目を向け、口を開く。


「それで、どう思う?」

「……要するに『最近、俺の妹が可愛すぎてやばい』と言いたいのか? お前、まさかとは思っていたがホントにシスコンだったとは……」

「違うわ! それで、立夏は?」


 すると立夏はゆっくりと頷き、ニヤリと笑みを浮かべて言った。


「うん、つまり男ができたんじゃないかと、そう言いたいわけだね?」


 すると嶺二は「ああ」と満足気な顔で頷いた。どうやら言って欲しい反応はこれだったらしい。

 なるほど、一人の女子が突然見た目に気を遣うようになって更に外出の頻度も増えたっていうのは彼氏とでかけるから……と考えるのが自然、なのだろうか。


「そういうことだ。……そこで、教えて欲しいことがあるんだ」


 そう言ってから軽く息をふうと吐き、間を置いてから再度口を開いた。


「アイツの恋を応援するのに、兄としてどうするべきだろう?」


 兄として、ねぇ……。


「……別に何もしなくていいんじゃないか? そもそも莉奈ちゃんはもう既に誰かと一緒に出掛ける仲になってるわけだろ? それなら何も聞かずに居てやるのが良いと思うんだが」


「ああ、それはもちろん俺も思ったさ。けどよ……」


「もし危ない輩に引っかかってたりしたら怖いもんね。莉奈ちゃんって結構可愛かったと思うし」


「そうなんだよ。それに莉奈は芯は強いけど、割と騙されやすいある種の素直さがあるからな。それがアイツの長所でもあるんだが……こういう面じゃ心配にもなる」


 嶺二は少し心配性な気もするが、莉奈ちゃんがそれだけ大切なんだろう。自分が一人っ子であるだけに、そういう兄弟がいるのは少し羨ましいと感じたりもする。


「なるほどなぁ」

「……なんだよその目は」

「いや、なんでも。それで、どうするつもりだ?」

「ああ、まずは本当に莉奈が恋をしているのか、既に恋人関係になっているのかの事実確認からだろ?」

「……いや、どうするんだ?」


 そう俺は疑問に思ったが、どうやら立夏は理解したらしい。


「なるほど。だから【緊急】だったんだね?」

「そういうことだ」


 俺はまだわかってない、というか1つ思い付いた可能性はできれば否定したいわけなんだが。


「さあ、いざ莉奈ちゃんを追跡といこうじゃあないか!」


 立夏の一言に嶺二が「おう」と答えたことで俺の導き出した否定したい回答の答え合わせが成されてしまった。


 ◇


 そうして今、家を出た莉奈の後をつけていった結果辿り着いたのが1つの喫茶店。


「それで、どうやって見つからずに入るんだ?」

「さすがに何もしてないと速攻でバレるのがオチだろうからな。というわけでここに伊達メガネが二つと度入りのメガネが一つあります」


 眼鏡を掛ければバレないという発想はあまりにお粗末だとは思うが、まあ何もないよりはまだマシ……なのだろうか。いやそんなことよりも。


「一応確認するんだが……俺と立夏が伊達メガネか?」

「いやいや、そこはジャンケンだろ」

「おい、度入りのを持ってきたのお前だろ」

「伊達メガネを持ってきたのも俺だろ?」


 そうして俺が仕方ねえとジャンケンを了承しそうになった時。


「ふっふっふ、ちょっと待ちな」


 どや顔で眼鏡をかけた立夏がニヤリと笑みを浮かべて……ってちょっと待て。


「……どうしてメガネ持ってんだよ」

「えっ、前に実夜と奈月のデートにこっそり付いて行ったときの名残だよ?」

「おいちょっと待て。さすがにそれは聞き流せないんだがそれってどういう――――」

「いや今は聞き流しとけ。それよりナイスだりっか。これで3人伊達メガネでいける」


 衝撃の事実発覚にりっかを問い詰めようとする俺を押しとどめ、嶺二が親指を立てた。

 ……まあ今は仕方ない。今度実夜と二人でりっかを問い詰めよう。……顔真っ赤でドギマギしている恥ずかしい写真とか撮られてそうで怖いからな。


 そうして俺たちは伊達メガネを装着して喫茶店に入るのだった。


 店員さんの案内のもと誘導された席からは、運良く莉奈の背中が伺える場所だった。

 莉奈に一番バレやすい嶺二と俺は彼女の方へと背中を向ける側へ、立夏は自然に様子を伺える方の席へと座る。……ちなみに今のところ莉奈ちゃんにバレた気配はない。


 とりあえず食後ということもあり、ひとまずアイスコーヒーと紅茶パンケーキを注文しておいた。

 そうして一息ついてから、嶺二が小声で立夏に尋ねる。


「……それで、どんな感じだ?」

「うん、誰かを待ってるみたいだけど……まだ来ないね」


 嶺二と俺がいる側からでは直接見るのに振り返らなければならないため基本は立夏が見ることになるわけだ。今は莉奈ちゃんは一人ということで、恐らく件の彼氏さん(仮)を待っているのだろう。


 俺たちが席に座ってから5分ほどが経ったとき、立夏が一瞬眉を上げたあと、チラとこちらに目配せをした。どうやら来たらしい。

 それから立夏はためらいがちに口を開いた。


「……ねえ、なんか来たの彼氏さんじゃなくって女の子みたいなんだけど」

「じゃあ友達と外で遊ぶようになっただけってオチか?」

「……なら俺の勘違いだったってことか、まーそれならよかった、か。いや恋してないってのは良いわけじゃないが」

「まあ解決したならいいだろ」


 ただの杞憂だったと、そんな結末。……で済めば良かったんだが。


「……いやあ、そう決めつけるのは些か早計かもしれないよ?」


 俺がフォークでパンケーキを口に運ぼうとしたとき、立夏はニヤリと笑みを浮かべてそう言った。

 その言葉に嶺二が反応する。


「……どういうことだ?」

「えっと、莉奈ちゃんの向かい側に座ってる人ね、制服姿なんだよね」

「制服って、中学のか?」

「ううん、高校の。それもあの有名な百合学の制服なの」

「……いやいや、だとしても流石に違うんじゃないか?」


 百合学っていうと県内で有名な私立の女子高、百合坂学園女子のことだろう。そこそこレベルが高いというのは聞いたことがあるが……。


「百合学の制服だとなんで解決しないんだ?」

「奈月、まさかお前知らないのか?」


 嶺二が「嘘だろ」というような目で聞いてきたので、俺が「知らない」と答えれば嶺二は一つ溜息を吐いてから言葉を続けた。


「いいか、百合学は読んで字が如くというか、まあ百合ップルが多いことで有名な女子高なんだよ」

「百合っていうと女子の同性愛か、そういや最近よく話題に上がってるよな」

「まあ同性婚が全世界で認められたのがついこの間だからなぁ。……まあそれは置いておいて、だ」

「……要するに莉奈ちゃんにいたのは彼氏じゃなくて彼女だったかもってことか?」

「うん、要するにそういうこと。まあ……見た感じは大丈夫そうだけどね」


 立夏がチラりと莉奈ちゃんの座る座席の方へと視線を向けてそう言った。

 俺も少し後ろを振り向いてみれば、向かいに座った女子と楽しそうに話す莉奈ちゃんの姿が見えた。


「なんか健全な関係っぽいし、別に心配するようなことは無さそうじゃないか?」


 俺がそう言うと嶺二もチラリと少しだけ振り返って見て、それから姿勢を戻してアイスコーヒーに口を付けてから「まあ、とりあえずは良いとするか」と呟いた。



「今日は助かった。1人じゃ妹の後をつけるとか絶対できねぇからな。本当にありがとう」


 俺たちはさっさとパンケーキを美味しく食べ終えると、喫茶店を出てから帰路についていた。


「まあその分お昼ご飯とパンケーキ奢ってもらったからな」

「それじゃあ嶺二くん、また何か進展があったら教えてね。それじゃ私はこっちだから。じゃあねー」


 立夏が家の方へ駆けて行くのを見た後、俺は嶺二に聞かなければいけないことを思い出した。


「そういえば、今日は莉奈ちゃんのことばっかりだったが……どうなんだよ。もう言ったのか?」


 何を、とは言うまい。俺がコイツに背中を押された時、売り言葉に買い言葉という感じではあったが、それを言うと言ったのはコイツ自身だ。

 すると「わかっている」と言うようにああと口を開いた。


「明日だ。時間もらえたからな。直接言いに行ってくるよ」

「約束もうしたのか。さすが行動早いな。まあ、振られたらなんか奢ってやるから、玉砕してこい」

「おい、俺は砕ける気ねぇからな? っと、それじゃまたな」

「ああ、またな」


 嶺二が帰っていく背中を少し見送って、それから自分の帰路についた。

 帰ったら何をしようかと考えて、宿題のことを思い出すのはそれからすぐ後のことだ。


 ◇


 莉奈ちゃんの尾行をした翌日、イベント最終日の朝。俺は実夜と第3の街のギルド前で落ち合っていた。


「ということで先輩! 今日やることはわかっていますね?」

「……いや、まだ何も聞かされてないんだが?」


 そう。俺は特に何も聞かされていない。ただ一言、「とりあえずギルド前で待ち合わせで!」と言われただけだ。


 実夜は「はあ」とわざとらしく肩をすくめて見せた。


「まったく先輩は……そんなの今のイベントで何をしていて、2か月後になんのイベントがあるのか、それらを考えればわかりますよね?」


 今やってるイベント、この時間ってことは装備品を染められるっていう色料ドロップの乱獲でもするのか? でも今から2か月後になんのイベントがあるかなんて……って、そうか今から2ヶ月後っていうと10月だもんな。


「ハロウィンか」

「正解です。よくできました!」


 つまりハロウィン衣装を作るために必要な色料をあらかじめ集めておこうってことだろう。


「まったく……こっちの世界ゲームの中でくらい一緒にコスプレしたいとか思わないんです? あと私のコスプレ姿、見てみたくないんですか?」


 そう言われて、ふと実夜のハロウインのコスプレを想像してみる。


 例えばそう、ヴァンパイア姿の実夜なんてどうだろうか。黒いゴスロリ風の衣装を身に纏い、頭の上には小さな蝙蝠の羽飾り。短い牙が口元に覗かせ、その顔でニヤリと笑みを浮かべる実夜。……ハロウィンとか関係なく見てみたい。

 もっと直球に、猫娘なんてのも似合いそうだ。両手には肉球付きの猫の手型の籠手を嵌め、頭の上に鎮座する猫耳と後ろからぴょこりと飛び出た尻尾……。身長が低めで元気っ子の雰囲気のある実夜に猫耳というのは最適解な気もしてくる。見たくない筈がない。


「せーんぱい? なにを想像してるんですか?」

「……なんでもない」

「むう、本当ですか?」

「そ、それよりイベモブ狩りってどこでするんだ?」

「話逸らしましたね?」

「……」

「まあ良いです。先輩の妄想癖は今に始まったことでもありませんし」

「おい、今しれっと俺が変態みたいな言い方してなかったか」

「さあ、なんのことでしょーね。気のせいじゃないですかー? とまあそんな冗談は置いときまして、さっさと狩場巡りに行きましょ!」


「ん、狩場巡りって効率いいとこ一箇所に籠って狩るわけじゃないのか?」

「場所によって落ちる色が違うので、数種類の色が欲しければ巡るしかないんですよ」


 なるほど、よくあるやつか。

 しかしそこまで考えたところで1つ、不安要素が思い当たった。


「そういや、俺が倒しても色料のドロップはしなそうじゃないか?」


 俺の持つ『私の友達が惨殺者!?』というなんとも尖った称号の効果によって魔物を倒したところで死体しか残らない。要するに本来なら色料をドロップする筈の魔物を倒したところで結局死体しか残らないのでは?という懸念だ。


「んー、それはたぶん大丈夫なんじゃないですか? 先輩みたいな人がいるってことも運営さんは分かっているでしょうし、それにイベント限定アイテムまで落とさない称号とかそれこそ非難殺到ですよ」


 たしかにそう言われてみればそうかもしれない。


「だから俺でもちゃんと落とすだろうってことか」

「たぶんですけどね。まあとりあえず狩りにいけばわかりますって」


 まあ狩ってみればわかることだもんな。

 それから俺たちは一つ目の狩場である第3の街から東側の草原地帯へ歩いて向かった。

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