第29話:喫茶『雨宮亭』
レインさんが和菓子を作ってくるのを待つ間、俺と実夜はカウンターの丸い椅子に並んで座ったまま、話していた。
「そうそう、この後行く武器屋の人と会ったのもここなんですよ?」
「へえ、ただの客だよな? どうして仲良くなれたんだ?」
「それはもう衝撃的な出会い方でしたね、ええ」
何かを思い返すように、実夜はしみじみとそう言った。
「それどんなだったか聞いてもいいか?」
「ちょっと長くなりますけど……まあ時間はありそうですね。えっと――――」
◇
――――その日、私はいつものようにパーティメンバーとこのお店で待ち合わせていたんです。
「おっはよーヤミ、相変わらず早いねえ」
「おはよレインちゃん。早く来てないとミカヅキちゃんが不安になっちゃうからね」
「ふふっ、あの子は早く来る癖に誰もいないと一人でわたわたしてるもんねぇ」
ミカヅキちゃんっていうのはパーティメンバーの一人で、なんか色々と可愛かった子なんですけど、まあ彼女のことはそんなに関係ないので今は気にしないでください。
「昨日作ったモンブラン、最後の一個なんだけどヤミちゃん食べる?」
「あっ、うん食べる!」
「おっけー、ちょっと待っててね」
ここのモンブランが本当に美味しくて、良い栗が手に入ったら必ずここでモンブランを食べてたんです。この日の前日にも持ってきて食べたんですけど、栗の風味も良くてマロンクリームも滑らかで口に含んだ瞬間に広がる甘すぎない良い香りがなんとも形容しがたい美味しさで……と、話がズレましたね。
と、そんな風にモンブランを待っていた時にやってきたのがその武器屋の店主、ミルキーさんです。
カランカランというベルの音と共に入ってきて、どすりと空いてる席に腰を下ろしました。ミルキーさんの存在感がとにかく凄かったことを覚えています。そのあたりで奥の冷蔵庫にモンブランを取りに行っていたレインちゃんが戻ってきました。
「お待たせ」
「ありがとー、あっ、レインちゃんお客さんみたいだよ?」
「ん、ああミルキーさんだ。ミルキーさん、今日もチョコブラウニーでいい?」
「ええ、よろしくね」
ミルキーさんも常連さんだったみたいで、レインちゃんはすぐに注文を取って、また奥へと戻っていきました。
ちょうど、そんな頃だったと思います。ガラの悪い男二人が大声で話しながら入ってきました。
「————そしたら挟み撃ちになるだろ? そこで逃げ道を塞げばデスペナ貰いよ」
「ははっそりゃあ楽しそうじゃねえか! あとでいいカモ見つけたらやるか!」
内容は分かりませんでしたが、とりあえず私は不快になりましたね。そのままでもイライラするのに、あろうことか彼らはカウンター席に一人で座っていた私の両側に座りました。
「よお、一人でそんなぼーっとしてねえで俺らと遊びにいかねえか?」
「そうそう、きっと楽しいぜ?」
「いえ結構です」
「そんなつれねぇこと言わないでよお?」
「なあ、金ならやるからどうだ?」
確かそんな感じで言われて、かなりイライラしたことを覚えています。それで少し言葉が汚くなっちゃって、怒らせちゃったんですよね。
「はぁ……耳が腐りそうなので黙ってくれません?」
「……おい、今てめぇなんつった?」
「いい度胸してんじゃねえかてめぇ……」
「聞こえませんでしたか? 黙ってくださいと言ったんです。あなた方――――」
「っ……さすがにそこまで罵倒されて黙ってられるほど優しかねえよ」
「……コイツ、舐め腐りやがって。後悔させてやるよ」
ええ、少し端折りましたが大体こんな流れでした。本当はもっと罵倒が長かったりもう少し言葉が汚かったりとあったかもしれませんが、たしかこんな感じです。
えっ、そこで助けてくれたのかって? 違いますよー。その時は、私がとりあえずGMコールしたんですよね。そしたらすぐに男たちはGMさんに連れていかれて、罰金のお金も貰えたので特に何もありませんでした。ミルキーさんが出てきたのはその後、全部終わってからです。
「あんた、やるわねー。見ててすっきりしちゃった! いやあ、やっぱり女の子は強くなくっちゃね」
みたいなことを言われて、すぐにトレード画面を開かれて、一つポンと武器を貰ったんです。
「あなたのこと気に入ったわ。これ、餞別としてもらっておいてくれる? ああ、別に売っちゃってもいいから」
そう言って渡された武器が、なんかもうトップクラスの強さでめっちゃ驚いたんですよ。それで詳しく話を聞いてたらレインちゃんも戻ってきて……。それからは一緒に話しながらケーキ食べて、コーヒー飲んでーってしていたらいつの間にか仲良くなってて、それでフレンドに————。
◇
「————と、そんな感じです」
「最後らへん雑だな……」
「その時に話してた内容なんてあんまり覚えてませんし、気づいたら笑いながら駄弁っていましたからね」
「へえ。にしても、話を聞く限りじゃそのミルキーさんって随分と変わってるな」
「あーまあそうですね。普通じゃないとは思います」
いや普通じゃないのかよ。
「ん、そういえばそれってβ版の時の話だよな? じゃあその頃もレインさんはここで喫茶店してたのか」
「ええ、そうですよ。とはいえ、今とは内装も外装も全然違いましたけどね。あの頃はパーティメンバーと落ち合うのも打ち上げするのもいつもここで」
そう楽しげに話す。
「ああ、さっきの話でもそんなこと言ってたな。そのパテメンと集まってもう一回パーティを組んだりはしないのか?」
「固定パーティはもう組むつもりはありませんね。一人は今年大学受験だからってできなくなっちゃいましたし、他の人も友達と遊んだりするので。……それに私も、先輩と一緒にこうしている時間の方が長くなると思いますから、ね?」
「……ああ、それもそうだな」
笑顔で当たり前のようにそう言う実夜を見て、俺もつい笑顔になってしまう。
「はーい、お待たせ。こちら、『月夜の泉と浮かぶ綿雪』こと
お店の奥から二つのお椀を乗せたお盆を持ってレインさんが戻ってきた。そしてそれらを俺たちの前に置いた後、こちらの顔を見て訝し気に口を開いた。
「おや、お客さん。二人ともなんか顔が赤くなってないかい? んー? ねえ、もしかして二人ってそういう関係なの?」
「そ、そういう関係ってなに?」
実夜の返答には少し慌てというか恥じらいがにじみ出てる気がする。
「別にー? お客さんのプライバシーには基本的に干渉しないから気にしないで。……でも、友人のプライベートは気になっちゃうものだから、今度じっくり聞かせてくれる?」
「うっ…………はあ。先輩のせいですよ?」
「いやなんでだよ」
「だって……そんな真顔で肯定されたら恥ずかしくなったって仕方ないじゃないですか」
「そもそも肯定されると恥ずかしいようなセリフを言ったお前が悪い」
「えー、そこは気づいてくれても」
そんな風に話していると、カウンターに手を置いたレインさんがあからさまにはぁと溜息を吐いた。
「……ねえ二人とも、仲がいいのは結構だけど、非リアな私に見せつけるのは止めてくれないかな? それにほら、白玉ぜんざいも冷たい方が美味しいから」
「あっ、えっと、はい。いただきます」
そんなわけで一旦話を止めて、手を合わせてから食べ始めた。
お椀を覗くと、トロみのある小豆の餡の上に白玉がいくつか浮かんでいる。月夜の泉が餡で浮かぶ綿雪が白玉ってところだろうか。
そんな風に思いながら白玉を小さなお匙で掬って口へ運ぶと、ひんやりと柔らかな舌触りと共に餡子の優しい甘さが口に広がる。
くどすぎなく、サラリと溶ける餡はそれだけでも後を引く美味しさで、ついつい次へ次へと食べてしまって、すぐにお椀は空になった。
食後は、レインさんに持ってきてもらった熱いお茶を二人揃ってズズズとすすりながら一息吐いた。それから実夜はうーんと少し考えた様子でレインさんに聞いた。
「この餡子、もしかしてβの頃より美味しくなった?」
「おっ、わかる? 実はね、高ランクのザラメ糖が出てきたんだ!」
「嘘っ! 本当に!?」
「その結果が今食べてもらった餡子! 今までは住民さんに売ってもらうしかなかったんだけど、とある人が錬金術で砂糖を作ってね、しかも大きさまで自由自在ときたから、もう革命だよ」
「すごっ! ってそんな情報私たちに漏らしちゃってよかったの? 普通そういうのって儲かるまで隠してない?」
「うん、大丈夫。これもう掲示板に載ってる情報だからね。なんかそれ作ったのが初心者さんだったらしくて、何も知らずに掲示板で聞いて大騒ぎになったとか」
あー初心者だと価値があるかとかわからないもんなぁ。知識がないから二人の話には入れないが、その初心者さんに少し共感する。
「でも少しその初心者さん可哀そうだね、仕方ないけど」
「まあね。でも詳しい作り方は漏らさなかったみたいだし、現状その品質を出せるのはその子だけだと思うから、それなりに稼げてると思うよ」
「おー……ってことは、レインちゃんはそこから直接買ってるの?」
「まあね! いやあ伝手があって助かったよ」
「それは運のよろしいことで……あっ、そろそろ時間だからもう行くね」
「あっそうなんだ。また来てね」
そのうちまた来ると返事をして、軽くお礼を言ってからお店を出た。
「さて、それじゃ武器屋に向かいましょうか! はい!」
「……ああ」
当たり前のように左手を差し出されたため、右手でその手を取ると実夜は満足気な顔で笑った。
それから実夜の案内で手を振っぱられながら歩いて数分。「ここです」という実夜の声で横を向くとあるのは先ほどと似たような喫茶店の入り口……。
「えっ、本当にここ武器屋か?」
「えっとまあ、入れば分か……らないかもしれませんが、ここであってます。あと店長が少し変わっていますけど気にしないでくださいね」
そう言いながら実夜が扉を開けるとカランカランと扉に着いたベルが鳴る。中に入ると、そこは喫茶店のような店構えから想像したままの喫茶店だった。並んだ机と各机に置かれたメニューや食器入れ。
天井に等間隔で取り付けられた四角い蛍光灯がとても明るく、先ほど行った喫茶『雨宮亭』に比べてとても陽気な雰囲気のお店である。
……いや、ここ本当に武器屋か?
やがて店の奥からいらっしゃいという野太い声が聞こえてき……えっ?
「いらっしゃい、ヤミちゃん! 朝は先約があって……遅くなっちゃってごめんね? それで、そっちの彼があなたの想い人ってことでいいのね!」
「想っ!? それは……まあ、違わない、けど……さ。みっちゃん、そういう言い方は恥ずかしいから、止めて」
そこに立っていたのは、白と黒を基調としたフリフリメイド服を着て姿勢よくピンと立った、筋肉ムキムキでスキンヘッドのおっさんだった。背は俺を優に超えていて、見た感じ190近くあると思う。因みに頭にはしっかりとホワイトブリムまで付けている。正直、怖い。
口を開け呆然としてしまう俺を無視するかのように、その人を俺に紹介し始める。
「あっ、先輩! こちらの人がミルキーさんといってこの武器屋の店主さんです。いわゆるオネエの方ですね」
「そうなの。よろしくねルア君?」
「あ、はい。よろしくお願いしますミルキーさん」
「もー、ミルキーじゃなくてみっちゃんって呼んでくれていいのよ?」
野太い声のままそう言った。変に高い声で話していないためか、言葉遣いと恰好以外は普通の人、という感じだ。いやその二つだけでも十分に普通じゃないけどな。
「……ミルキーさんでもいいですか?」
「仕方ないわね。呼び方はいっか。あとまだ硬いわ。ため口でお願いできる?」
「あ、ああ。了解」
そう答えるとミルキーさんはよしと一つ頷いて実夜に話しかけた。
「それで、今日はどんなごよう?」
「弓を見せて貰いたくて来たの。まだ私たち『初心者の弓』のままだからそろそろ買いたいなって」
「そう……すぐに必要ってことじゃなければ新しく作った方がいいのできるわよ?」
「すぐじゃなくても大丈夫だけど……なんか新しい素材か作り方でもできたの?」
「そういうわけじゃないわ。ちょうどさっき鍛冶スキルが上がって、作れるランク上限があがったのよ」
「おお! もうスキルレベル40を開放したの? さっすがー! それじゃあ新しく作ってもらえる?」
どうやらこの人もトップ勢らしい。スキルレベル40って……俺の弓スキルの2倍だもんな。早すぎる。
「ふふっ、まかせて頂戴。矢は無属性のでいいの?」
「うん。もう少ししたら爆弾矢とか属性矢も用意したいけど、とりあえず無属性で」
「おっけー。予算はいくら?」
「うーん、とりあえず両方合わせて5万くらいって感じかな。まだ最高ランクにはいかないでしょ?」
「ええ、まあそのくらいが妥当よね。たぶん性能はβの頃に作ったのと同じ感じになると思うから、両方できたら荷物機能でヤミちゃんに送っちゃうわね」
「後払いでいいの?」
「別にいいわよ、ヤミちゃんなら問題ないわ。荷物で送った時に件名のところに値段書いておくから、あとで送って」
「ありがと! それじゃあそんな感じでお願いするね。ってことで先輩、用が済みましたよ!」
内容はなんとなくわかったが、全部理解できたかと言えば無理だ。そもそも矢に属性なんてあったのか? それに『初心者の弓』の時は装備欄には弓しか無かったし。
「せーんぱい?」
「あ、悪い。少し考えごとしてた」
「もー、ちゃんとしてくださいよ? みっちゃん、じゃあまたね!」
「ええ、また来てね~」
メイド服姿をした筋肉ムキムキのおっさんが喫茶店の前で小さく手を振る姿はなんとも言えない感じであったが、そんな風に見送られながら俺たちは武器屋(?)を後にした。
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