第28話:ドキドキ☆弓アーツ特別講義!

  穏やかな風が頬を撫で、視界一杯に黄緑色の絨毯が広がっているここは、第三の街の西に広がるだだっ広い草原。

 そんな草原のど真ん中に無造作に置かれたホワイトボードには『~あなたは知ってる?こんなこと!~ドキドキ☆弓アーツ特別講義!』と書かれている。


 そしてその前に立った実夜はペン先をこちらに向けて早速というように話し始めた。


「では先輩! これから講義を始めますね。ちゃんと聞いていてくれないとお仕置きです」

「お仕置きってなんだよ……」

「あっ、そこ気になります? 気になっちゃいますかー……ふふっ。まあ細かいことは気にしないでください!


 いやなんだその含み笑い。少し怖いんだが?


「では初歩の初歩から説明しようと思うわけですが、普通に教えてもつまらないですし、クイズ形式で行きますよ」

「お、おう」

「第一問! アーツはMPを消費する?」

「消費す……」

「1、消費する! 2、消費しない! 正解だと思う方の手を握ってください」


 俺の回答を遮りそう言いながら、右手、左手の順で手をこちらに差しだしてきた。


「……消費する、だろ?」


 俺は差し出された実夜の右手をぎゅっと握る。するとぎゅっと握り返された。実夜の手は柔らかく、仄かに温もりを感じ……。

「って痛っ!?」


 実夜はニコリと微笑んで、握っている俺の手を反対の手でつねった。


「残念でした! 正解はMPを消費するとは限らない、です!」

「答えに無かっただろ!? というかつねるなよ」

「先輩の手がつねりやすい位置にあったので、つい?」

「お前が握れって言ったんだろ……」

「まあまあ、細かいことは良いじゃないですか。説明すると、アーツにはMPを消費するスキルとしないスキルがあるんです。例えば弓スキルのアーツでいうと、『弓術・二連』とか『弓術・多連』、あと『弓術・一閃』なんかはMP消費はありません。逆に『催眠の矢』とか『幻惑の矢』なんかは消費しますね」


 今さら気づいたが、これまでアーツに興味がなかったせいで、弓スキルのアーツを殆ど知らない。『二連』は試しに一回使ったことがあるけど……それだけだな。


 そんな風に考えているとどうやら顔に出ていたようで実夜が「まさか先輩……」と口を開いた。


「弓アーツについて本当に何も知らなかったんですか!?」

「あ、ああ。いや、詳細を見る機会も今までなかったし……」

「普通はスキルレベルが上がったら逐一見ると思うんですが」

「いやぁ、通知は殆ど気にしてないんだよな」

「それは気にしてください」

「……善処するよ」


 そう答えると実夜は、ピッと人差し指をこちらへと向けて「絶対、ですよ?」と言ってふふっと笑った。

 可愛いと思うが、恥ずかしいため口には出さない。


「では少しグダりましたが、気を取り直して参りましょう第二問! アーツには溜め時間がありますが、一般的にどんなスキルの溜め時間が長いでしょうか!」

「溜め時間の長いスキルの特徴ってことか?」

「そういうことですね」

「共通点……威力が大きいとかか?」

「威力が大きいことと、あともう一つあります! さてさて、わかりますかぁ?」


 威力のほかににもう一つ……なんかあるか?


「はい、ではここでヒントを差し上げますね」

「ヒント?」

「そうですね……良いと言うまで目を瞑っててもらえます?」


 そう言われて目を瞑り暫く待っていると、突然右耳へとと生暖かい風が当たった。一瞬驚き、身体がビクりとする。

 その直後、耳元で実夜の声が小さく、甘く囁いた。


「…………先輩、大好きですよ」

「っ!?」


 思わず目を開けると、既にホワイトボードの前に戻っていた実夜が少し赤くした顔を逸らしながら口を開いた。


「さて、以上がヒントです」

「いや全然わからないんだが!?」

「むぅ……察しが悪いですね。というか先輩、まだ良いと言ってないのに目を開けましたね?」

「それは……不可抗力だ」

「つまり先輩はどのような場合においても、私に好きと言われたら目を開けると?」

「いや……耳元であんな風に囁かれたらそりゃあ」

「そりゃあ、何ですか?」


 気づくと、顔の赤みも引き、こちらをニヤついた顔で窺う実夜、完全にからかいモードだ。


「いやそりゃあ……別にいいだろ」

「良くありません。私に耳元で愛を囁かれると先輩はどうなってしまうんです?」

「……驚いて目を開けたな」

「興奮しちゃったってことです?」

「なんでそうなる!?」


「まあ、そんなことは置いておいて、ですよ。さっきのヒントの意味分かりました?」

「うん? いや、全く」

「本当に察しの悪い先輩ですね。私の『愛を囁く』という、溜め時間の長いスキルによって先輩は私にメロメロになってしまったわけですよね?」

「お、おう」

「えっ、本当にメロメロになってたんです?」

「元から好きだからな」

「えっと、それならまあ、いいです、はい……それで! ヒントから何か気づきませんか?」


 うーん、溜め時間が長いスキル(愛を囁く)の威力が高いことはなんとなくわかったけど、もう一つ特徴があるってことだろ? メロメロ……状態異常のスキルは長い、とかか?


「はーい、時間切れです。正解はMP消費が少ない、でしたー」

「わかるか! ……じゃあ状態異常とかは関係ないのか?」

「関係ありませんね。例えば『鈍足の矢』とか状態異常ですけど溜め時間殆どありません」

「ん、殆どってことは溜め時間自体はあるのか?」

「ありますね、たしか0.2秒とかそれくらいだったと思います」


 0.2秒なら対人戦でもあまり気にならないか。


「ちなみに溜め時間が全くないスキルってあるのか?」

「弓スキルには無いです。他のスキルだと……今のところ短剣スキルで二つだけ見つかってますね。さてさて、では続いて三問目に参りますよ――――と、その前に、先輩の弓スキルのレベルっていくつですか?」

「あーちょっと確認していいか?」

「やっぱり把握してないんですね……ステータス補正もあるんですから、ちゃんと確認しておいてください」


 そう言われつつ弓スキルの詳細を開く。


【弓 Lv20(MAX)】

 使用可能アーツ

(Lv1)弓術・二連

(Lv4)鈍足の矢

(Lv9)弓術・多連[0/50]

(Lv12)催眠の矢[0/30]

(Lv20)弓術・一閃[0/15]


 常時発動効果

(Lv3)弓装備時 DEX+20

(Lv6)弓装備時 ATK+10

(Lv10)弓装備時 FREE+5

(Lv15)弓装備時 ATK+20

(Lv18)弓装備時 FREE+10


 

 見てないうちに随分と増えたな。アーツ5つに常時発動効果が5つ……アーツ下3つの横に書いてある数字ってなんだ? それにレベル20でMAXなのか。

 そんな風に思いながらメニューを閉じると、すぐに実夜が聞いてきた。


「それで、何レベルでした?」

「Lv20だな。MAXって書いてあるけど……ってどうした?」


 実夜が肩をすくめながら「まあ、そうですよねぇ」と言って、はあと一つ息を吐く。


「いいですか? スキルというものには限界レベルがあって、その都度『スキルの限界突破』というものをしないとそれ以上は伸びないんです」

「それをすると、レベル30とか40まで伸びるようになるってことか?」

「そういうことです。ほらアーツの横に数字書かれてませんでした? 何分のなんとかーみたいな感じで」

「ああ……あれがスキルの限界突破のやつなのか」

「ええまあ、そうなんですけど。手順が面倒なんですよね」


 まあ、そんなに簡単にスキルの限界突破とかできちゃっても……とは思うしな。


「とはいえ、対人で弓を使って戦おうと思ったなら、基本的に『毒・麻痺戦法』か『一撃必殺戦法』の二つが基本で、両方ともスキル限界突破しないといけません!」

「へぇ……。それで具体的に何をすればスキル限界突破はできるんだ?」

「まず初めに、各アーツで横に書いてある回数だけクリティカルを出します」


 つまり『弓術・多連』で50回、『催眠の矢』で30回、『弓術・一閃』で15回クリティカルを出せと。正気か? っていうかクリティカルってどうやって見分けるんだ。


「疑問があるとは思いますが、それは後でまとめて聞きます。それで! クリティカルを出し終えてから闘技場の前の通りにある武器屋さんへと行くと、ここでイベントが発生!『弓の素材』というクエストを受けて来いと言われます」


 受けて来いって……先に受けてから行ったりはできないのか?


「それで、それを受注してから武器屋に戻ると更にイベントが進行して――――と、そんな流れで最終的にスキル上限が解放されます」

「それじゃあ、とりあえず俺はその一連の流れをしてスキルレベルを上げていかなきゃいけないわけか」

「そういうことですね。上がったら今度は実技を手取り足取り教えてあげますね!」

「おう、ありがとう。それで……」


 先ほど疑問に思ったクリティカルのこととかを聞こうとしたところで、実夜が遮った。


「ああ、聞かれそうなことを先に答えておくと、クリティカルが出た時は矢が当たった瞬間黄色いエフェクトが出ます。アーツの欄にカウントもされますから、詳しくは実戦で見てください。あと『弓の素材』ってクエストはイベント発生時しか受注できません。それからクエスト内容はそんなに難しくはありませんから大丈夫だと思います。……これらの他に質問はありますか?」


 ……全部答えられた。というか最後の気付かなかったが割と大事だよな。


「ああ、大丈夫だよ。ありがとう。……じゃあ、講義は一旦ここで中止、か?」

「んーそうですねぇ。あとは先輩がスキルを限界突破させてからにしましょうか。じゃあ……知り合いの武器屋さんに行く時間までまだあと一時間くらいありますけど、何してます?」

「そうだなぁ」

「別に、ここで並んで日向ぼっこでもいいですよ? 日の光も暖かいですし、風も穏やかで気持ちいいです」


 ホワイトボードを片付けた実夜は俺の隣へと座ると仰向けに寝転がった。

 隣で寝転がったまま伸びをする実夜を見ているとつい頬が緩む。日向ぼっこ、それでもいいかもなあと実夜に続いて横になろうとしたところで。


「あっ、喫茶店に行きませんか? フレンドのやってるところで、ケーキとか和菓子が美味しいんですよ!」 


 ガバッと勢いよく起き上がった実夜がそう言った。それからすぐに立ち上がって「頭を使ったんですから甘いモノ必要ですよね!」と……切り替え早いなおい。


「じゃあそこに行くか。それで、どこにあるんだ?」

「第三の街の西門からすぐにある通りの角です! すぐに行きましょう!」

「あっ、おい」


 実夜が俺の右手を引っ張った。


「なんですか? お祭りの時も繋いでたじゃないですか。リアルでもですし、こんなことでいちいち反応しないでください」

「お前も顔赤くなってるけどな……」

「気のせいです!」


 ◇


「着きましたよ、ここです!」

「へぇ……」


 第三の街の一角にある、三角屋根の小さな喫茶店。街の中心から離れているためか、周りを歩いている人も少なく、客入りは少なそうに見える。……うーん、なんでか少し既視感があるな。


「ささ、入りましょう」


 そう言って実夜がドアを開けると、カランカランとドアに付いたベルが鳴る。


「いらっしゃいませー……ってヤミちゃん! また来てくれたんだ!」

「うん! 美味しいんだもん、そりゃあ来るよー……あっ、先輩! 紹介しますね、こちら喫茶店の守護者ことレインです。それでレイン、こっちが前に話してたルア君ね」

「ルア君、はじめまして。喫茶『雨宮亭』の店主レインです。よろしくね! 噂は聞いてるよ、変なことして動画撮られて一時期騒がれてたんでしょ? いやついこの間だし、まだ騒がれてる最中かな?」

「ルアです。レインさんよろしく。できれば動画のことは、あんまり触れないでもらえると……」

「あーそういう感じね。りょーかい」


 そんな風に言葉を交わしたレインさんの背は実夜より少し高いくらいで、服装は白いワイシャツの上に黒いブレザー。胸元には大きめなリボンを付けていて。下はふんわりとした黒いスカートを履いている。 


「そうそう、ヤミちゃん。メニューを作ったんだよ。ってことでメニューとお冷持ってくるからカウンター席に座って待っててねー」

「おっけー、ってことで先輩、カウンター席です」

「ああ、わかってるからそんな引っ張るな」


 そんな風にしてカウンター席の一つに座り、奥の扉から出ていったレインさんが戻ってくるのを待っている間、内装を改めて見てみる。


 喫茶店はこじんまりとしていて、天井には小さなランプが4つ繋がった形の、可愛いダウンライトがいくつかついている。それらのランプの黄色がかった少し暗めな明かりが落ち着いた雰囲気を醸し出しているようだ。

 窓は桟で8つに区切られた四角いガラス窓で、それが入り口側とドアを入って左側、二方の壁にある。……お店の外見といい、入り口から左前にあるカウンターといい、どこかで見たことある気がする。


 そんな風に喫茶店を見回していると、レインさんがメニューの本とお冷、と言いつつ水ではなく冷たいお茶を3つ、お盆に載せて戻ってきた。


「はい、お待ち。まだフロアのカウンターの裏に冷蔵庫置いてないから奥で冷やしてるんだよね。暖かいから置いておいたらすぐに温くなっちゃうし」


 そう言いながらレインさんはお茶を俺たちの前に並べてメニューを渡すと、カウンターを挟んで向かい側に座って、自分用に持ってきたのであろう3つ目のお茶に口をつけた。


「それで、今日は何をご所望かな? やっぱりこのお店の元ネタに因んで珈琲とか? あっ、和菓子類もあるよー」


 珈琲に和菓子……あー、アニメで見たわ。たしか『難民を多く生み出した昔のアニメ一覧』とかいう動画で見て、気になって借りてきたんだよな。漫画の方は手に入らなかったけど。題名はたしかごち……。


「先輩はなにがいいです?」

「ん? ああ、メニュー見せてくれ」

「はいどうぞ、見てもあんまり参考にならないと思いますけどね」

「それってどういう……あー、なるほどな。それじゃあこの『月夜の泉と浮かぶ綿雪』で」

「先輩、なんで平然と注文できるんですか……?」

「ほほぉ? もしやルア君、この店の元ネタを知っているね? アレ結構昔のだし知ってる人って少ないかなって思ったんだけど」

「まぁ、一度見ただけですが」

「うむ、よいよ。注文は『月夜の泉と浮かぶ綿雪』だったね、ちょっとサービスしてあげるよ。ヤミちゃんはこの前のアレでいいの?」

「うーん、せっかくなのでルア君と同じやつで!」

「ふーん、まあいっか。じゃあちょっと待っててねー」


 そう言うとレインさんはまた、お盆を持って奥の扉へ戻っていった。

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