第二章

第27話:後輩と約束

 イベント2日目の朝。俺は闘技場の前のベンチで実夜を待ちながら、昨日の告白の後に実夜に言われた言葉を思い出していた。


 ◇


「それでは、しばらくリアルで会えませんので、いくつか約束事を決めようと思います!」

「約束事って?」

「だから、付き合い始めるにあたっての決め事です。先輩が破ったら罰則です!」


 告白を終え、椅子に机を挟んで座り直してから、実夜はそう言って約束事を一つずつ挙げ始めた。


「まず、週に一度……だと少し足りないので、二度は私とVRの方で会ってください。……できれば毎日会いたいですが、さすがに私も受験生ですからね。そこは仕方ありません」

「ああ、それは勿論だ。……俺も会いたいしな」

「っ……それなら、良かったです…………つ、次です! 週に3回は、電話で話しましょう。VR世界だと声色も変わってしまいますから、もし先輩が私の声を忘れてしまったら大変ですので」

「ああ、俺も話したいし、な」

「……それから、浮気は許しません」

「あ、ああ。さすがにしないよ」

「絶対ですよ?」

「おう」


 そう答えてもまだ訝しげな目でこっちを見ている。俺はそんなに信用無いのか。


「最後に、これは約束というかお願いなんですが……私に隠し事とかしないでください。報告・連絡・相談は大事ですからね? 小さいことでも、必ずです!」

「ああ、わかった」

「約束は以上の4つです。破ったら私がその時々に応じて罰を与えますので、覚悟しておいてくださいね、先輩?」

「お、おう」


 俺が答えると、実夜は「よろしい!」と言って黒い髪を少し揺らしてニコリと笑った。


 ◇


 実夜と約束を交わした一部始終を思い返して、ベンチの背に身体を預けて、青い空を仰ぎ見る。


 最初の三つは良いとして……最後の「隠し事」がなあ。果たしてどこまでが隠し事に含まれてしまうのか。

 例えば、俺が勘違いしていただけで実際にはアーツを使えたってことは実夜にまだ話していない。それに他にも————。


 そんな風にぼーっと、ゆっくり青い空を流れる雲を見ながら考えていると。


「先輩? 何してるんですか?」

「うおっ」


 そんな声と共に、突然視界の上の方から実夜の顔がひょっこりと現れた。

 つい驚いて変な声を上げながら、体を起こし後ろを振り返る。


「もーそんな反応することないじゃないですかぁ」

「なんで後ろから声かけた……?」

「油断している人の背中を取るのは基本ですよ?」

「いやどこの暗殺者だ……」

「暗殺者じゃありません、先輩の、彼女です」


 そう言いながら実夜は俺の隣に腰かけた。……このタイミングで座ったのは、ただ単に実夜が恥ずかしくなったからな気がするけども。


「先輩、私は別に恥ずかしがってないですからね?」

「……いや、ホントか?」

「ホントです。そもそも彼女になったからと言って、別に何もしてないですし」

「ん、まあそれはそうなんだが……」

「私は先輩の彼女になれて嬉しいですから、喜びこそすれ恥ずかしがったりしませんよ。……先輩は、違うんですか?」


 少し寂しげな顔で俺の顔を覗き込んでくる。

 っ……いや、その台詞聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるんだが!?


「そりゃあ俺だって嬉しいが、それとは別に……」

「先輩も嬉しいなら別にいいじゃないですか。恥ずかしがることなんてありませんよ? 私は先輩が好きなんです」

「お、おう……なんかいつもと違うけど大丈夫か?」

「私のどこがいつもと違うんで…………あの、はい。大丈夫、です。先輩、今のは忘れてください……」


 そう言って実夜が一気に顔を真っ赤にした。


「今の、なんかしてたのか?」

「えっと、少し状態異常に掛かっていただけです。もう治りましたので安心してください」

「状態異常? なんでまた……」

「……今度、あの子のお店に一緒に行きましょう。そうすればわかります」


 あの子のお店……嫌な予感がするのは気のせいだろうか。……気のせいであってほしい。


「それで先輩。これから何します?」

「ああ、何をしようか」


 今日に限っては何をしようと決めて集まったのではなく、「とりあえず時間あるなら向こうで会いましょう」という実夜の一言で待ち合わせただけだ。


「なら先輩! 武器を見に行きません? 服と靴はスイちゃんに作って貰いましたが、武器はまだ『初心者の弓』でしたよね?」

「ああ、そういえばそうだな。じゃあ行くか」

「あっ、ちょっと待ってくださいね。連絡取りますから」

「鍛治職のフレンドか?」


「そうですよー…………ちょっと変な人ですけど、あんまり気にしないでくださ――

 ――あっ、もしもし? おはよーみっちゃん。今大丈夫? うん、あー了解。じゃあ…………うん、うん。わかった。2時間後ね、オッケー。うん、じゃあねー――

 ……ということですので、2時間後に行きましょう」


 何が『ということ』なのかは分からないが、今はお取込み中だったってとこだろう。


「2時間後か……じゃあそれまで何する?」

「うーん、何しましょうか。先輩はなんかあります?」


 そうだな、と少し考えて一つ頼みたいことがあったのを思い出した。


「アーツを使った戦い方を教えてくれないか?」

「アーツを使った……あれ? 先輩この間、アーツは使えないみたいなこと言ってませんでしたっけ? たしかなんとかって称号のせいで……もしかして、修正はいったんですか?」


 修正というより説明が入っただけなんだよな。……あんまり言いたくはない。


「いや、俺の勘違いだったってだけだよ」

「……嘘、ですね。そもそもどうしてアーツを縛る称号なんて手に入ったんです? あと特に疑問を抱かずにいたのも変な話なんですけど、先輩だけ倒したモンスターの死体が残るようになる称号を手に入れたのとか、改めて考えても変じゃないですか?」


 あっ、気づかれた。


「やっぱり先輩、何か隠してますね? 今なら罰則無しでいいですので、……教えてくれますね?」


 まあ、さすがに言うべきだろう。というか、よく考えたらそもそも隠す必要もないわけだしな。


「ああ、説明するよ。えっとまず……」


 それから詳しく説明をした。一番初めにリリィとフレンドになったことやどういう経緯で『称号:私の友達が惨殺者!?』と『私の友達は縛りプレイヤー』を手に入れたのか。解体の案内線が見えるようになる【解体EX】スキルのことや新しく手に入れた料理に関する称号のことまで、覚えている範囲ですべて。


「……っと、これくらいだな」


 そう言って説明を終えると、実夜はうんと一つうなずいて口を開いた。


「なるほど、大体わかりました。にしても……リリィちゃん、ですか」

「ああ、……どうかしたか?」

「…………別に、なんでもないです」


 実夜がどこか引っかかったように呟いたので聞いてみると、実夜は唇を尖らせてそっぽを向きながらそう言った。……なんでもないと言ってはいるが、完全に不機嫌な時の顔なんだよなぁ。


「いや明らかに不機嫌……」

「なんでもないです」

「……なんでもないのか?」

「なんでもないんです!」


 何でもないはずはないと思うんだが……まあ仕方ない。


「それで、アーツを使った戦い方を教えて欲しいんですよね? 良いですよ。教えてあげます」

「ああ、ありがとう」

「ただし、1つ条件があります……が、とりあえずそれは移動してからで。ここじゃ人も多いですしね」

「それもそうか。じゃあどこに行く?」

「とりあえず、この街の西の平原で」


 そういうことで二人で移動。

 第三の街の西に広がる平原はとても広大だ。綺麗な黄緑色の毛深い絨毯に覆われたそこには木の一本もなく、平たくどこまでも続いているように感じた。


「この辺なら話しても聞き耳立てられる心配もありませんね」

「聞き耳って、話そうと向けている方向以外にはあんまり声は漏れないんじゃないのか?」


 昨日のお祭りのとき、人が多いのに殆どうるさくないのはなぜかと聞いたら、実夜がそう教えてくれたのだ。


「それは直接話していたからですね。とりあえず後で説明するので今は条件を聞いて下さい」

「ああ、なんだ?」

「リリィちゃんとお話しさせて下さい」


 要するにフレンド通信でってことだろう。


「ああ、それくらいなら。わかっ……」


 俺が「わかった」と返事をしようとした瞬間、フレンド通信が入った。

 実夜に目で取っていいか尋ねたところ、溜息を吐きつつ「どーぞ」と小さく言った。


『そろそろ掛かってくる頃だと思ったのでこちらから掛けさせて頂きました!』


 通話画面の向こう側からそう、リリィの声が聞こえた。


「ってことは見てただけじゃなく会話も聞いてたのか」

『はい、バッチリです。まったく、ヤミちゃんが彼女なら初めからそう言ってくれればいいのに』

「……どこから見てたんだ?」

『闘技場前のイチャイチャ辺りからです! 見ててうずうずしちゃいました。私、人のイチャイチャを眺めるのって好きなんですよね。特にうぶなかんじだとなおさらグッドって感じです』


 どうやら全て筒抜けだったらしい。前に比べて明かにおおらかというか、てきとうな感じになってるなぁ。


 俺が「はあ」と一つ溜息を吐くと、実夜が横から聞いてきた。


「もしかして、通話相手ってリリィさんですか? もしそうならスピーカーモードにして貰えます?」

「ん? あー、会話は周りに聞こえないんだったな。それでスピーカーって……ああ、これか」


 通話画面の右下あたりにヘッドホンマークがあったためそれを一度タッチ。するとマークが拡声器のような絵柄に変わった。


『あっ、これでヤミちゃんに声が聞こえるようになった感じですか?』

「はじめまして! 先輩の彼女のヤミです。どうぞよろしく!」

『ええ、はじめまして。ルア君の友達のリリィです。こちらこそお願いします』

「タメ口でいいですよ?」

『ありがと! ヤミちゃんも砕けた口調でいいからね』

「りょーかい!」


 なんか凄い勢いで二人とも距離詰めてるな。……なんだろうか、このどことなく感じる疎外感は。

 俺がそんな風に考えている間も二人は話し続けている。


「じゃあリリィちゃんにはそういう感情ないんだ」

『そうなんだよ。色々と問題が出てきちゃうみたいでね。だからその分が他の感情に行っててさ』

「他の感情?」

『そうなの! それで最近のマイブームがね〝イチャイチャしたくて、でも恥ずかしいから控えめに相手にその素振りを見せるも控えめすぎて残念ながら気づいてもらえず、そこで他の女の話を聞いたらイラっときちゃってだけどそのことには気づいて欲しくないなーと思っている可愛い女の子の観察〟なんだよね!』

「「………………」」


 えっと、実夜のことではない、んだよな?


「えっと、ヤ……」

「私ではありませんよ?」

『えっ?』

「…………リリィちゃん?」

『……えっと、そうですね。ええ。私の言っているのは決して誰か特定の人のことではなくて、あくまでそういう状況の子を見てるのが好きと言うだけですから、はい』

「ということですので先輩。勘違いしないでくださいね?」


 お、おう。いやさすがに分かりやす……。


「返事は?」

「はい」


 うん、なんだか実夜の背後にドス黒いオーラが見えた気がしたから即答した。気がしただけじゃなく、そんなスキルがあるのかもしれないが。


『あっ、ごめんなさい。明日の支度をしないといけないのでそろそろいいです?』

「ん、明日の支度?」


 基本暇だとか言っていた気がするんだが、明日は何か用事があるのだろうか。


『そうなんです。えっと、なんて言いましたっけ? たしかロズファルト?とかいう街でお祭りがあって、そこでの重大発表の役員に私が選ばれちゃいまして』

「えっ、じゃあ明日リリィちゃんくるの?」

『そうなんです! まあそんなに自由に動き回れるわけではないんですけどね』

「その前に、『私たち』って言ったか? 他に誰が来るんだ?」

『私の姉妹の二人……えっと、β世界の担当だったLihua-100リーファ姉さんと、私の後釜として働いてるRaz-100ラズちゃんが一緒に来ますね」


 姉妹がいるのか……後ろについてる-100からして型としては同じAIなのかもしれない。

 そんな風に俺が考えていると、実夜が反応した。


「えっ! リーファさんもくるんですか?」

『あれ、もしかしてヤミちゃんってβ世界からいたの? あーだから私が対応した記憶がなかったんだね』

「じゃあ担当が違うってことか?」

「だと思います! 私のキャラメイクと案内を担当してくれたのがリーファさんですから」

『あっ、呼ばれちゃったので今度こそ切りますね。ではルアさん! また明後日以降に通話掛けてくださいね。いつでも待ってますので! ヤミちゃん! 良かったら明日、私と友達になってくれると嬉しいな! ってことでまたです!』


  その言葉を最後に通話が切れた。


「……とりあえず懸念してたことはなさそうなので安心ですね」

「懸念って何が……」

「なんでもありません! 先輩は気にしないでください。それより、アーツを使った戦い方、教えてほしいんですよね?」

「ああ。頼む」

「任せてください。弓アーツの扱いに関してはトップレベルと自負してます。基礎からしっかりと、手取り足取り教えてあげます」

「ありがとう」

「お礼は教えてあげてから、形で返してくださいね?」

「了解」


 俺がそう答えると、にこりと笑った後、実夜が目の前に大きなホワイトボードを出して立てた。


「えっと……これはなんだ?」

「見て分かりませんか? ホワイトボードです」


 いや、なんで持ってんだよ。


「残念ながら椅子はないので先輩はその辺の草の上に何か敷いて座ってください」

「何かって……」


 とりあえずまだギルドに卸していなかった、解体してなめした革がいくつかあったため大きめのものを絨毯のように敷いてそこに座った。

 そしてホワイトボードを見てみると、既に上の方にタイトルが書かれている。


「さすが先輩、そんな大きさの革を持っているとは……っと、コホン。それでは今から、先輩の可愛い彼女こと私による『~あなたは知ってる?こんなこと!~ドキドキ☆弓アーツ特別講義』を始めますね!」


 俺が題名についてツッコミを入れる間もなく、そう言って実夜は説明に入った。

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