第23話:対戦
その日の午後、買い物から帰宅してから、すぐにまたダイブイン。
何をしようかと考えつつ闘技場の辺りを見て回っていると。
「んー、やっぱりなんか違ぇなぁ……」
「でしょ? 見てて少し引っかかるんだよね」
接点のまるで無さそうな二人……金髪癖っ毛のヤンキー風の男と、水色ショートヘアの癒し系っぽい女の子が、ベンチでなにかを見ながら話していた。
あれは嶺二と……ニアさん?
「よおナム。それからニアさんもこんにちは」
「ん? おお、ルアか」
「えっ、ルアさん!? って
「えっと、ヒャッキンさんって?」
「ああ、ルアには言ってなかったか。前にニヤ生やってるって言っただろ? アレの名前、『
「じゃあニアさんも生主仲間とか?」
「おう、なんてったってニアさんは一時期サント・リオンRTAの短距離種目を制覇してた凄い人だぜ?」
「自分でany%抜いといてよく言うよ」
「ん……サント・リオンっていうと、前にお前が世界取ったって騒いでたやつだよな? ……お前の前に一位だった人が、ニアさんってことか?」
「ああ、そういうことだ」
「へぇ……女子でRTA勢って珍しいのに、凄いな……」
「えっと……僕は一応これでも男なんですが……」
「……えっ?」
「……わかる。俺も初めてNDOで落ち合った時は驚いたもんだ……」
「僕……背が小さくて中性的な顔立ちなので、よく間違えられるんですよね……」
「そ、そうだったのか。悪い、完全に女子だと思ってた……」
「いえいえ、別に気にしてませんから」
ニアさんはそう言って笑って許してくれた。……いや、ほんとすいません。
「そういや、なんでルアがニアさんのこと知ってんだ?」
「ん? ああ、それは……」
「僕がルアさんに、『弟子にしてください!』って言いに行ったからだね。断られたけど」
驚くだろうと思っていたが嶺二の反応は違った。
「あー……あの動画を見たなら、お前ならそうするかぁ」
「うん。わかるでしょ?」
「まあ、俺はしようとは思わないけど、まあわかるな」
いや、なんでわかるんだよ。
そう聞くと、ナムは少し考えてから、口を開いた。
「俺さ、RTA勢って二種類いると思うんだ」
「……?」
「まあ、聞け。一つは俺みたいな、安定を重視して狙った記録を出しに行く走者だ。攻めるところは攻めるが、基本的にリターンの少ない無理な攻めはしない」
へぇ、RTAにはそういう構築の基礎みたいのがあるのか……よくわからん。
「それでな、もう一つは魅せプをこよなく愛するニアさんみたいな人種だ。0.1秒しか変わらないのに難易度が馬鹿高い技とか、そういうのをノリでチャートに入れ込む」
「……えっ?」
「まあRTAもゲームだからな。楽しまなけりゃ損ってことだ。魅せプは、本番で決まるとかなり楽しいし、来場者数がそこそこいるニアさんの生放送だと、割と盛り上がる」
「お、おう……で、そのタイプの人種だと、なんで俺に弟子入りなんてことになるんだ?」
「いや、ニアが特別その勢いが強いだけだから、そのタイプのプレイヤー全員がそうだとは思って欲しくないんだが……近距離弓使いって、オンリーワンみたいなカッコよさがあるだろ?」
「……あるのか?」
「んーまあ、あるんだよ。それで、高い技術も必要となれば、これはもう弟子入りしかないって思ったんじゃないか?」
確認するように嶺二がニアさんの方に目をやると。
「そういう感じであってます。僕、これだと決めたら一直線になってしまって……あっ、今でも弟子にしてほしいと思ってますからね」
「えぇ……」
でも弟子とかは無理だろ。そもそもMMOで『師弟』ってなんだよ。
「そういやルアはなんで断ったんだ?」
「そりゃあ、教えられるような技術があるわけでも無いし、そもそも俺も初心者側だからな?」
「まあ、そりゃあそうか」
「えっ、ルアさんって初心者なんですか!? てっきりβ版からやっているものかと……」
「いや、製品版からだし、そもそもVRギア買ったのもこれやるためだから、他のゲームもあんまやってないし」
「そ、そうだったんですか……でも『あんまり』って、少しはやったことあるんですか?」
「ああ、友達の家とか遊びに行った時にそこそこやってたな」
「…………お前の場合は友達っていうか本妻だろ」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもねえよ……。それはそうとして、つい昨日、新しい戦術を思いついたんだよ。丁度いいしこれから闘技場で俺と一戦やらないか?」
「おおっ、僕も見てみたいです! 百均さんがこっちで対人戦してるのまだ見たことありませんし、ルアさんの対人戦も見てみたいですし」
「えっ……あー、まあいいか。やることも特に決まってなかったしな」
「よっしゃ! そんじゃあ早速ロビーに行こうぜ」
「あっ、観戦者って自由にするんですか?」
「あー、いや。フレンド限定にしておくか」
「ん、観戦者の設定なんてできるのか?」
「プライベートマッチ限定の設定だけどな。フレンド限定にしておくと、対戦者どちらかのフレンドなら見られる感じになる」
なるほど。それならニアさんが観戦できるってことか。
了承を返し、ロビーへ移動、プライベートマッチをルールを決めて決定を押す。
すると受付の方に「待合室でお待ち下さい」と言われ、個部屋に案内された。ふと今いるページを見てみると。
……62ページって、待合室でもこんなページ数になってるのか。
闘技場の人気っぷりに少し驚きつつも、ほんの10秒ほどできた『5秒後に戦闘待機場所へ移動します』のシステムメッセージを見た。
一瞬、「戦闘待機場所って?」と思ったが、白い光に包まれてワープした先で納得した。
石で囲まれた小部屋で、一つ空いた出口の先に白砂の敷かれた、戦闘フィールドが見える。そして出口と反対の壁には《対戦相手:プラチナム》とだけ書かれたパネルがあった。
たぶんここでコンディションを整えてから入場するって感じだろう。出口の上のところに《60.00》のカウントがあるのは、たぶん準備に設けられた制限時間だと思う。
俺は軽く装備とスキルを確認してから入場する。
嶺二はまだ入場してきていない。
アイツとゲームで戦うと、勝率6、7割なんだが……さすがに今回は辛いかもしれない。弓だとどうしても……ってあの時はなんで弓を使ったんだっけ?
そんな風に考えているうちに、向こうからプラチナムが入場してくる。
対戦開始の10カウントを聞きつつ「ふーー」と息を吐き目の前の相手に集中する。
ナムの装備は軽装備、武器は……二本のダガーを持ってるな。問題は……ステータスをVITに振ったかってことなんだが……振ってると考えて動いた方が良いだろうな。
まずは距離が開いているうちに弓で倒せないかやってみるか。
カウントダウンが終わり、機械音声で『ファイト』のコールがされた瞬間、俺は弓を放った……。
◇
今、目の前にあるカウントは準備時間を示すもの。スキルを確認し終わり、対戦相手の《Lua》の表示を見て、ついニヤッと笑う。
「今回ばかりは負けるわけにはいかないからなぁ……ルアに勝てないようじゃ、あの『女豹』とかいうのには絶対勝てねぇ」
俺の目標は俺を10秒足らずで倒したアイツ……それを考えたらルアくらいには確実に勝てるようにならなきゃならないだろう。
「さて、じゃあ行きますか!」
ああ、何かを目指す気持ちってやっぱいいな。1年ぶりの新しい目標だ。全力でやる。
そして戦闘用フィールドでルアと対峙した。
機械音声がカウントを刻む。そして『ファイト』の合図とともに、俺はいつも通り【脚力強化】を使い一気に距離を詰める……っ!!
スキル発動と同時に駆け出そうとした俺の真正面から、矢が飛んできた。
……足狙い……やっぱ上手いな。だが。
俺は体を捻って避けながら一瞬の思考。
弓使いのアーツで一番溜めの速い【
まあ俺が距離を詰めることを読んで通常攻撃に切り替えたってところか。
俺はAGIに殆ど極振りしてるため、アーツ使用時の溜め時間で距離を詰めるって方法を使っている。しかし通常攻撃であるならその方法は使えない。
地面を踏みしめ、再度距離を詰めにかかる。
溜めが無い以上距離を詰められるのは攻撃と攻撃の間隔。弓は矢を必要とするため、他と比べて攻撃と攻撃の間隔が若干長い。
「舐めんなっ!!」
飛んでくる三本の矢を容易く躱しながら【筋力強化】を使いつつ距離を詰めきった。
勝てる……!!
何故今回ダガーを持ってきたのか、それはアーツ使用速度が最も速い武器であり、とあるアーツがあるからだ。
そして静かに【ポイズンダガー】を使いルアの胸元を確実に捉え……!?
「っちぃ!!」
最小限の動きで避けられた。一瞬当たった気がしたんだが……服を掠っただけかよ……!!
距離を取られるわけにはいかない……追撃を……!?
そう思い駆け出そうと踏み込んだ瞬間、ルアは予想に反して距離を詰めに来た。
なんで距離詰めてくるんだ!? なんでダガーの射程に自ら入ってくる?
しかし考える間もそこまで無い。もう一度【ポイズンダガー】を発動しつつ迎え撃つ。しかし。
「なっ!?」
目の前で急に消えたかのように見えた。一瞬遅れてしゃがんで避けたと気づく頃には、下から拳が迫ってきていた。
「ぐっ……!?」
また通常攻撃……これなら耐えられる……そう思ったが、そこまで甘くはなかったようだ。
顎に受けた一発の拳で2割減り、その直後
おいおい、嘘だろ!?
顎を上に上げられたせいで下が疎かになっていたようだ。気づいたときには足から白いエフェクトが飛び散っていた。
HPは残り3割、そして。
………………なにコイツ……やばくね?
ナイフを構え直した時には距離をまた詰めており、肩から押し倒され、そのまま首に、ゼロ距離からの矢を受ける。
そして目の前が真っ白になる。
これはもう幾度も経験してる感覚だ。闘技場での敗北という……だが、いつも以上に悔しい。
やがて待合室のソファに横になった状態で、目の前の白い
……負け、か。新戦術、全く試せなかったな……。
そう自分に言うが、わかっている。俺は『朝倉奈月』に負けたことが悔しいんだ。幾度もゲームで対戦して、勝ちもあるが負けた回数の方が多い。
そして、あれだけRTAをやり込んだ『VRゲーム』のジャンルでも負けた……。
途轍もなく悔しい。しかし、何故か今、俺は笑っている。
この感覚は……ああ、アレだ。
『自分の出した世界記録を抜かれた時のワクワク感』
やっぱりゲームって楽しいな……。そんでもって。
「強い奴が近くにいるって良いなぁ!!」
某アニメキャラが言った「オラ、ワクワクすっぞ」ってのはこういう気持ちを言うんだろうな。
「ははっ!……ニアさんを抜いて世界記録を取ることに比べれば、ルアに勝つことの方がよっぽど簡単だ。絶対に勝ってやるさ」
世界記録を取るのに要した時間は大体8ヶ月弱。ルアに勝つのは……4ヶ月以内を目標にしようか。そして8ヶ月以内に二つ名持ちになってやる。
負けてここまで清々しい気持ちになれるのも、ゲームだからだろうな。やっぱり俺は、根っからのゲーム好きだな!
「さてと、もうルアとニアさんは待合室出て待ってるだろうし、俺も早く行かないとな」
今の録画、早く見返して分析してぇ……!!
逸る気持ちを抑えつつ、俺は待合室を後にした。
◇
はー、勝てたな。まだ結構心拍数上がってる。
そう思いながら待合室から出て行くとニアさんが駆け寄ってきた。
「やっぱりすごかったです! 戦闘時間30秒の短い試合だったのにめっちゃ胸が高鳴りました! でも百均さん相手にあそこまで簡単に勝っちゃうなんてルアさんってほんと何者なんですか?」
「いや、肩書きとか無いから。それに、簡単に勝ったように見えたか?」
「はい!」
「……即答かよ。アレかなりギリギリだったからな? 初めのダガーでの攻撃、掠ってたし」
「えっ、アレってわざと若干掠らせて追撃を遅らせるためにやったんですよね?」
「いや……ただ間に合わなかっただけだよ」
「……それにしては自然な動きに見えましたが」
「ああ、それはよく言われるんだよな。自分では危なかったと思ってるんだけど、客観的に見るとわざとギリギリで避けてるように見えるらしい」
「へ、へぇ……。あっ、百均さんも戻ってきたみたいですね」
受付の奥の道から嶺二がこちらに歩いてくるのが見えた。
こちらを見つけると、少し駆け足気味に来た。
「いやぁ、負けた負けた。結局、新しい戦術とか試せなかったしな。そんな暇すらなかった。やっぱりルアは強ぇな」
「いや、結構ギリギリだっただろ?」
「そっちは無傷の癖によく言うわ」
「まだVITに殆ど振ってないから2回か3回攻撃受けたらやられてたよ」
「ってことはダガーが一回掠ってれば逃げてるだけで勝てたかもたよなぁ……あー悔しい」
「まさか新戦術ってそんな狡いやつだったのか?」
「いや、もうちょっとまともなやつだよ……とはいえ負けは負けだ。……次は絶対に負けねぇからな?」
「おう。でも当分、対人戦はいいかな」
「ああ、今度はお互いのレベルが40超えた時にでも頼むわ」
「それならレベル差も無くなるしな。了解」
「あっ、その時は是非また僕も呼んでください!」
「おう、もちろんよ」
そうやって話していると通知が一件来た。
「ん、運営からの通知か?」
「えーと、明日のイベントの詳細についてですね。内容は……お祭り?」
「イベント本番は明日夕方18時から、第三の街『ロズファルト』で行われるお祭りで、最終日の3日目には全ての街と同時に重大発表……か。そこそこ面白そうじゃねえか?」
「へぇ……加えてこの三日間限定のモンスターが第三の街周辺のフィールドに出現するようになると。ドロップ内容が……色料?」
「色料ドロップ……僕みたいなまともな装備すらまだ確保できていない人はあまり使えそうに無いですね」
「色料って何に使うんだ?」
「ん? ああ、お前はそういうネタバレに引っかかりそうなこと調べないもんな。色料は服飾装備の色情報を変えられる、言わばオシャレ用アイテムだ」
「あーそういうやつか。……生産職の人がめちゃくちゃ欲しがりそうだな」
「ってことは、時間が経つと売り値がそこそこ上がりそうか。……金策にいいかもな。よし、じゃあ俺は明日から三日間。フィールドに篭って色料を乱獲するわ」
「あっ、なら僕も一緒に狩りますよ。金策しないと装備も作れませんし……ルアさんも良かったらどうですか?」
「いや、俺はいい。……限定モンスターから取れる解体物も貴重だろうけど、祭りの方も気になるし、少し狩ってそのアイテム次第ってとこだが。俺の場合、ドロップがお前らと違うと思うからな」
「まあ、お前ならそう言うよなぁ。それに、お前は祭りを一緒に回るやつもいるだろ?」
「ん? 特に決まっては……あー。……まあ、いるかもな」
「おっ、珍しい。やっと素直になったのか?」
「そんなんじゃねぇよ。……っと、そろそろ夕飯作らないとだから落ちるわ。じゃあまたな。ニアさんもまた」
「あっ、はい。ありがとうございました! またよろしくです!」
「じゃあな」
とそう言った後、嶺二が俺の肩を掴んで。
「……おいルア。早く、決めてやれよ」
何が、とは言わない。コイツは昔からの知り合いだ。全部知ってる。
「……ああ、わかってるよ」
俺はただ、それだけ答えて、ダイブアウト。
さてと、今日の夕飯は何を作ろうかな。
現実にゆっくりと意識が戻っていく中。先ほどの会話からその意識を外すように、なんとなく、そんなことを考えていた。
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