第22話:エクストラクエスト(後編)

 奥へ奥へと進んでいくと、一際大きな、両開きの扉へ突き当たった。


「……探索要素は無かったってことか?」


 そう俺が聞くと、扉に手を掛けていた実夜が取っ手部分から手を離してからクルッとこっちを向いて。


「いえ、なんかこの扉! 開かないみたいなんですよ!」


 と、すごく楽しそうに言った


「……お前、謎解きとか好きだっけ?」

「あれ? 知りませんでしたか? 大好きですよ!」

「ルア君くらい?」

「いえ、そこまででは……って違う!」

「おやぁ? 違うって何がだい?」

「何がってそれは……」

「そんなに慌ててどうしたのかね?」

「慌ててない! もー……先輩も勘違いしないでくださいよ?」

「お、おう」

「あと! リカはもう少し空気読んでください!」

「えー、読んだからこそのセリフだったんだけどなー……ってそんなに睨まないでよ」

「はぁ……とりあえず、この扉どうにかして開かないか調べますか。ちょうどそれっぽいものもありますし」

「ん? それっぽいものって……」


 ガタッ


「きゃあっ!?」


 実夜に『それっぽいもの』について尋ねようとした時、俺たちのすぐ後ろから、物音と小さい悲鳴が聞こえてきた。


「「「えっ?」」」


 俺、実夜、りっかの三人が後ろを振り返ると。


「イタタ……って痛くないんだね……」


 ちょうど、転んだらしいそのプレイヤーが起き上がるところだった。


 その子は薄い黄緑の髪色と黄色い瞳で、長めの後ろ髪はシュシュで一つまとめていて、前髪は二つに分けるように編み込まれていた。

 一言で表すならかなり気合の入ったキャラメイクだ。


 まあそれはひとまず置いておいて、なんでここに俺たち以外に人がいるんだ?


 そう訝しげな視線を向けていると。


 ……あっ、目があった。


「………………へっ? あの、えっと」


 慌てふためく様子のその子……スイというらしい……は、実夜が少し聞くと状況を説明してくれた。


「つまり、スイさんは洞窟のボスを倒した後なんとなく入った横穴からまっすぐ来たらここに着いたと……」

「はい……そういう感じです……」

「……ここに来る途中で蜘蛛がわんさかいるところ、無かったか?」

「えっ? あ、ありましたよ?」


 ……三人でなんとか避けてこれたあれを超えてきたのか。ほんわかしたイメージの見た目に似合わず、かなりプレイヤースキルが高いのかもしれない。

 ……そもそもここに一人で来たってことは蜘蛛のボスもソロかよ……


「一人で通り抜けてきたんですか?

「へっ? あ、いえ。友達が一緒でした!」

「友達、ですか? その人はどこに……」

「あっ、ここです。【呼称こしょう】《くぅちゃん》出ておいで」


 スイさんがそう言うと小さな魔法陣が足下に現れ、一匹のフォレストウルフが出てきた。


 俺は驚いたが、実夜とりっかは動じていない。いや、りっかが動じることなんてなかなか無いけど。


「へぇ、テイマーさんでしたか。序盤では珍しいですよね?」

「え、あ、そうなんですか? そ、そういえばまだ同職の方を見たことありません……不遇職だったりするんですか?」

「えっ? いえ、ただテイムした子を育てるのが自分のレベルが低い状態だと大変で、初めからテイマーを選ぶ人は少ないって聞きました」


 実夜とスイさんの話はテイマーについてか。……全く知らないしなぁ……まあ聞き流しておこう。


 2人が話し終えたらしいところで口を開く。


「それで、スイさんもこの先に進むのか? 第三の街に行くならこっちじゃないと思うんだが」

「えっと、あの、はい……。……さっきからくぅちゃんがもっと先いこうって言っているので、先に進もうかと」

「そういうことならスイちゃん! 一緒に行こうよ!」

「リカは会ったばかりの子に少し馴れ馴れしくありません?」

「えー、ねえねえスイちゃんって呼んでいい?」

「あ、えっと、はい。大丈夫です」

「おっけーでたよ!」

「あーはいはい。……私もスイちゃんって呼んでいいです? ……って私はダメだった」

「え? えっと、私はいいですけど、なんでダメなんです?」

「こっちのフレンドにスイちゃんという呼び名の先約がいるんですよ。……うーん、なんて呼びましょうか」

「あの、えっと、スイスイでもスイミーでも、なんでもいいですよ……?」

「ほんとですか!? あっ、じゃあスイスイって呼ばせて頂きますね!」

「は、はい。あ、あと砕けた口調でも構いませんけど……」

「了解! あっ、スイスイも砕けた口調でいいからね!」

「あの、はい。ありがとうございます……あっ、私は、元からこの口調なので……」


 ……凄い勢いで距離縮めて行ってるなコイツら。なんというか、こういうところは少しだけ、尊敬する。……あくまで少しだけだが。


「それで、この扉はどうやって開けるんだ?」

「ほら、そこになんか魔法陣みたいな模様がありますね? たぶんそこになんかすると開くんじゃないですか?」


 どうやらさっき言っていた『それっぽいもの』というのがその魔法陣らしい。見ると真ん中に少し窪みがあるのがわかる。


「うーん、これ真ん中のところの窪み……鍵かな? 形的にそんな感じじゃない?」

「じゃあ両壁にある部屋のどっかに鍵があるとかか?」

「…………あのー」

「かもしれませんね。なら一旦戻って一部屋ずつ確認して回りますか」

「……あのー」

「面倒だけど仕方ないね。それじゃあ二手に分かれて探そうか! ヤミとルア君は入り口側からね。私はゆっくり探すから二人もゆっくりと愛を育むといいよ!」

「あのー」

「リカ! 変なこと言わないで! ほら、先輩もなんとか言ってやってください!」

「あのっ!!」

「「「へっ?」」」


 急に大きな声を出したスイさんに驚いて、振り向くと。


「あっ、あの……えっと……ち、違ったらすいません……あの、鍵ってこれで、あってますか……?」


 そう言って、おずおずとその鍵を差し出した。


「スイスイはどこでその鍵を?」

「あの、えっと、ここの廊下の、両壁にある部屋の一つで見つけたんです」

「えっ、全部確認しながら来たの!?」

「あっ、いえ。くぅちゃんが入りたそうにしてた部屋がいくつかあって、そのうちの一つで……」


 ん、呼び出したのってさっきだよな?

 と、少し思い聞こうときたとき。


「あれ? 呼び出したのって今さっきだよね?」


 と、りっかが聞いた。


「あっ、えっと、プレイヤーの方の中にはフォレストウルフを見た瞬間に攻撃してくるような方もいるんので、ほかのプレイヤーさんを見かけたときは、なるべく石に戻すようにしてるんです」


 ちなみに石というのは【呼称】するのに必要な『呼称石』というアイテムらしい。


「へぇ……テイマーさんって大変なんだね。まーとりあえずその鍵、窪みに嵌めてみる?」

「あ、えっと、はい。じ、じゃあ嵌めてみますね」


 スイさんが鍵を扉に嵌めると、一瞬魔法陣がキラリと輝き、それと同時にその光が扉の模様を段々と辿って行った。

 そして光によって扉の模様が完全に浮き上がったとき、ゴゴゴゴと鳴り、その両扉が開いていった。


 そしてその光景を見たスイさんが。


「すごいですね! まさにファンタジーな光景、という感じです。ああ、胸が高鳴って……くぅちゃんもそう思うでしょ? ねー。あー可愛い。もふもふー…………………っ!!」


 一瞬、空気が凍った気がした。そして徐々にスイさんの顔が朱に染まっていく。


「…………ふっーー」


 するとくぅちゃんをギュッとしていたスイさんが、ゆっくりと立ち上がって。


「さ、さてと、ではくぅちゃん。先に進みましょうか」


 何事も無かったかのように、そして俺たちのことをなるべく視界に入れないようにしながらそう言った。


 ま、まあ、人っていろんな顔を持ってるし、スイさんのイメージがガラッと変わった気はするけど、マイナスではないから……いいんじゃないか?


「……もふもふー」

「……ふふっ」


 ヤミもリカも、そういうことを言ってやるな。そう注意したいが俺は不意に笑いそうになるのを必死に堪えている。


「もー、スイちゃん可愛すぎ!」

「うん。今のは可愛すぎたね」

「あの……と、とても恥ずかしい、ので、わ、忘れてください……」

「「無理」」

「えっ……」


 うん、まあ今の光景を忘れるのは難しいと思う。でも即答は、少し可哀想な気がするけどな。


「では、スイスイの可愛さが早くもわかったところで、先に進みましょうか。そろそろ最深部くらいじゃないですかね?」

「ああ、そうだな」

「うん。それじゃあ行こっか」

「えっ……あの、わ、私も行きます! くぅちゃんも行こ!」

「がう!」


 中はじめじめとした冷たい空気が漂っており、漆黒の闇に包まれていた。

『いた』というのは、スイさんが入った瞬間に【サンライト】の魔法でそこら一帯を明るく照らしたからだ。


「スイちゃんって魔法も使えるんだね」

「えっと、はい。一応、魔法はいくつか取ってます」

「へぇ……それにしてもここ、綺麗なところに出たねぇ」


 氷が壁に張り巡らされ、天井からはツララが垂れ下がり、それらの透明な氷は【サンライト】の光を乱反射させ、輝いて見える。そして、その光に照らしだされたとても大きな地底湖。

 神秘的という言葉が自然と頭に浮かぶ、そんな光景だ。


 地上でも湖を見たが、それとは正反対の神秘を感じさせる。


 と、第二の街から西の湖のことを思い出し、少し嫌な予感が頭をぎった。


 ……いやいや、地上とは違うから。さすがにそんな、初見殺しは置いていないはず……


 ザバァ……


 あー出てきたなぁ……水竜……っ!?


 湖の底からゆっくりと姿を現したのは首の長い水竜。しかし、地上で俺を一撃で消しとばしたシルヴィシアとは大きさがまるで違う。


 とてつもなく巨大な首。こちらを睨む眼光に思わず足がすくむ。


 あっ、これ死ぬな。


 そう思ったとき、頭の中に声が響いた。


『ようやく現れた、か……』


「えっ、もしかして喋りました!?」

「どういう……ってもしかして今のこの水竜さん?」

「え、あの、ようやく現れたってどういう……」


『ふむ……随分と取り乱しておるようじゃが、悪いが時間が無い。我の頼みを聞いてくれぬか?』


 その言葉に四人が呆気に取られていると、こちらの無言を肯定と受け取ったのか、ゆっくりと話し始めた。ちなみに『話す』と言っても、念話みたいな、頭に声が響くという感覚だ。


『まず初めに名乗らせてもらう。我が名はリヴァイアサン。最古の水竜であり、最古の八竜の一柱じゃ。

 訳あって街の娘を介して人を呼ばせてもらった。そなたら三人はその娘を知っておるだろう』


 娘といえる年齢かは知らないが、たぶん服飾店の店長さんのことだろう。


『して、その訳というのはこの世界の根源に纏わる話じゃ』


 ここから長々と話していった。たぶんログを開けば再確認できると思うが、もしかしたら大事なことを言うかもしれないので聞き逃さないように気をつける。


 そして言われたことを纏めると次のようになる。


 もともと、この世界はとてつもなく広大だったけど、ある日、八つに世界が割れたらしい。

 そして、その八つの世界それぞれに一柱ずつ竜は別れて住処とし、同時にそれぞれの世界と世界を繋ぎ合わせる役割となったのだという。

 長い年月を経て徐々に元の形に近づいており、繋がり合うのも時間の問題らしい。しかしここで問題が発生する。


 長い年月を経て、それぞれの世界線で発達を続けた世界同士。それらが繋がり合ったときどうなるのか。


 それは全くの未知であると。


「……それで、私たちに何を頼みたいんですか?」


 少しワクワクしてる様子の実夜が尋ねると。


『貴殿らに頼みたいのは他でもない。魔のモノの殲滅。ひいては魔王の手助けじゃ』

「えっ、魔王って……この世界にいるんですか!? っていうか魔のモノって魔物のことですかね? 魔王の手助けって……?」


 魔王がNDOにいるとは初めて知った。……それって違うゲームの話じゃないか?


『魔のモノとはお前たちが言うところの魔物で相違ない。そして魔王は魔族の長であり、魔物を殲滅せんと願うものだ。我が知る限り魔物の殲滅に関して最も力となるのは彼の者であろう』

「……そもそも世界が繋がるときに魔物の殲滅が必要ってどういうことなんですか?」

『魔のモノは、八つに割れた世界のうちこの世界にのみ突如現れた、言わば平衡を乱す存在じゃ。無論、世界が一つとなるとき、何も問題は起こらないかもしれん。しかし、もし何かが起こるとすれば、原因となりうるはそれらの平衡を乱す存在によるものじゃ。世を守る竜としてそれを捨て置くことはできない。

 しかしながら、我も年老いた身。全盛期ならなんとかなったかもしれんが、今は世を繋ぎ合わせるだけで手一杯。となれば力のある者たちの力を借りなければならんだろう。今この世で我の次に力のある者は間違いなく魔王じゃ』

「そんな存在に私たちみたいな一般人の手助けが必要なんですか?」

『……魔王が、我が知っている者のままなら、全く必要ない。しかし、我がここに居着き《繋ぐもの》の役を果たすようになってから、もうずいぶんと長い年月が経ってしまった。もしかすると魔王の使命が誤って伝わっている可能性を否定できない』

「そうだとしたら、なおさら何もできないのでは……?」

『我の声を届けうる水晶を、そなたらに託す。話を聞かんようならこれを渡してくれ。そして重要なことだが、200年以内に頼む』

「200年以内、ですか……」

「……時間の進み方がリアルと違かったりとかはしないよね?」

「あ、ああ。たしか現実と同じはずだ」

『それでは、我はたしかに伝えた。なにかことが進展したときは、またここを訪れるがよい』

「りょーかいです!」

『ではそなたらを洞窟まで送り届けよう』

「そんなことできるのか」

『ふっ、我を誰と心得る。いくら力が衰えているとはいえ、それくらいは容易いことだ……む、そこのもう一人、もしやテイマーか?』

「へっ? あの、はい。そうですけど……」

『ふむ……では先にこちらの三人を送り届けよう。テイマーの者にはもう一つ頼みたいことがあるのでな……』


 リヴァイアサンが言い終わると同時に俺と実夜とりっか、それぞれの足下に魔法陣が現れ、次第にそれが放つ光が強く、眩しくなっていき、段々と目の前が真っ白に染まっていく。あまりの眩しさに目を瞑った。


「ん……?」

「はー凄かったねー!」

「……あれ、ここって洞窟の出口のところですかね?」


 目を開けると、そこは洞窟の中。視界に入る穴からは外の光が漏れている。


 ここが洞窟の出口だとすればその反対側に横穴があるはず……だよな


 そう思い後ろを振り向くが、そこにあったはずの横穴は無く、本来の通り道のみが残っていた。


「あそこに横穴があったんだよな?」

「あれ、塞がっちゃってますね」

「こっちが入り口側だったりしないよな?」

「うん。マップ確認したけど出口で間違いないっぽいよ」


 うーん、なんか「進展したら来い」みたいなことを言っていた気がするんだが、もう行けないってことか?


 そんなふうに考えていると、ピコン!という、おなじみの通知音と共にシステムメッセージが現れた。


 《『エクストラクエスト:横穴の不気味な音』が進展しました》

 《『エクストラクエスト:水竜の頼みごと』が自動受注されました》


 自動受注ね……エクストラクエストっていうのは段階がいくつもあるクエストのことなのかもな。


 そんなことを思いつつ、それぞれ詳細を見てみると、『横穴の不気味な音』の方は『報告』が目標になっており、『水竜の頼みごと』の方は『魔王に水晶を渡す』が目標になっていた。

 いや、水晶渡すのってこっちの話を聞かなかった時のことじゃあ……


「ではとりあえず、クエスト達成の報告をしてきましょうか」

「そういえば結局、あの低い唸り声はアイツが出してたってことでいいのか?」

「たぶん、そうなんじゃないですか? ほかには居そうにありませんでしたし……」

「まー結局横穴塞がっちゃったってこと報告すればいいんじゃない?」

「あー、それでいいかもね。リヴァイアサンのこととか話しても信じてもらえるかわからないし……ってことで、さっさと戻って報告に行きましょうか!」

「ああ、そうだな。……ってそういえばスイさんは?」

「最後にスイちゃんだけに頼みたいことがあるとかって言われたから、まだ向こうなんじゃない?」

「まーこのゲームずっとやっていれば、イベントとかでそのうち会えるんじゃないですか?」

「あー、まあそれもそうだな」


 そして第三の街の服飾店へ戻って簡単に報告をした。ちなみにクエストの報酬は明日までに作っておくから、また三人揃って取りに来いだそうだ。


「いつのまにか昼過ぎてたのか。俺は遅めの昼飯を食うから一旦落ちるよ。お前らは?」

「私も落ちます。荷物まとめておきたいですし」

「私はもうちょっと遊んでから落ちるかなー、じゃー二人ともまたねー!」


 そう言ってリカは闘技場の方へ駆けていった。


「それじゃ落ちるわ。じゃあな」

「あっ、先輩! ちょっとだけいいです?」

「ん、なんだ?」

「明日って出掛ける用事とかあります?」

「明日からイベントなんだろ? たぶん出掛けないな」

「そうですか。それだけわかれば十分です。ではまた!」

「おう。またな」


 そして、ダイブアウト。


 最後の実夜の言葉が少しだけ引っかかったが、買い物のことを考えてるうちに、忘れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る