第13話:ユニーククエスト

「よお、来たか。今日の獲物はなんだ?」

「おはようございます、ギルさん。今日もフォレストウルフですよ」


 今朝は、昨日と同じような流れを一通りしてからダイブイン。そして今はインベントリ内に死体が溜まっていたため、解体場へ来ていた。ちなみにギルさんは解体場の責任者で、つい先日解体の基礎を教えてくれた人でもある。


 そして一頭目の狼を解体をしていると、隣の台で解体後の掃除をしているギルさんに声をかけられた。


「しっかし、お前さん解体始めて二日目だろ? ずいぶんと慣れてるじゃねぇか」

「いえ、これスキルのおかげなんですよ」

「スキル? 【解体】スキルは異世界人専用で解体そのものとは全く関係ねえスキルだろ?」

「いえ、【解体EX】ってスキルです。この前ここで解体させてもらった時に【解体】スキルが変化したんですよ」

「ほぉ。それは面白いことを聞いた。……それで、どんな効果なんだ?」


 なんかギルさんの目が怖いぐらいに輝いてるんだが。


「い、いや。切るべきところに白く線が見えるってだけですよ?」

「ふむ。それなら解体を知らないやつでも形だけは真似られるな。だがやり方を熟知してからだとあまり意味は……ん?」


 そこで少し何かを考えるようなそぶりを見せてから。


「おい、たしかお前さん冒険者だったよな。ってことは、そこそこ腕は立つんだろう?」

「へっ?」


 ギルはにやりと笑って言った。


「森にいる熊の死体、二頭分ここへもってきてはくれねぇか? 報酬は……そうだな、大型の魔物の解体の仕方を教えるってことでどうだ?」


 いや、どうだと言われましても。と、少し口元を引きつらせていると、『ピロン!』と通知音が頭の中に響いて。


 《ギルから『ユニーククエスト:解体指導(熊狩り)』を依頼されました。受注しますか?》


 システムログが現れた。

 ユニーククエストってのはよくわからないが、それ以前にギルドを通さないクエストがあることに驚く。まぁ、出されたクエストはクリアしたいよな。


「わかりました」


《『ユニーククエスト:解体指導(熊狩り)』を受注しました》


「おう。頼んだぞ。っとその前にそいつらの解体手伝ってやろうか?」

「えっ、そいつらってこのフォレストウルフですか?」

「ああ。さすがに一人でその量は大変だろ? 今は機嫌がいいからな。特別に今ならタダだぜ?」


 それは願ってもない申し出だ。正直一人でフォレストウルフ二十匹は辛いと思っていた。


「そういうことでしたら、よろしくお願いします」

「おう。まかせとけ。……しかしだ。ただやるのも、つまらないだろ?」

「……いやぁ、そんなこともないのでは」


 少し含みのある言い方なのが怖かったためやんわりと拒否。


「ということでだ! もしお前が俺よりきれいに解体できなかったら、頼んだ死体の数を二頭から三頭に増やそうと思う。お前の方がきれいにできてたら、なんでも言うこと聞いてやるよ。」


「ええっ!?」


 やんわりとした否定を無視されたこともそうだが、まさかのクエスト内容変更とは。いや、ギルさんよりきれいにとか無理ゲーもいいとこだろ。


「まぁ負ける気はしないがな。がっはっは。それとも、どうせ勝てない勝負。やろうとは思えないか?」

「そりゃあ勝てる気は全くしませんが……やるからには全力でやりますよ」

「おうとも。そうでないと意味がない」


 そして今までになく全力で、残りの狼を解体していった。



「まぁ、及第点ってとこか。いや、解体二日目にしては十分な腕だよ」

「ありがとうございます……」


 褒められても全く心に響かない。


「なんだ? そんなに悔しいか?」

「まあ、はい。そりゃあ差が大きいとはわかってましたけど。さすがにここまでとは」

「はっ。そりゃあ、お前さん。こちとらプロだぜ? 出来も手際もいいさ」


 俺が解体した方もミスなく解体されていて、扱いやすいものにはなっていると思う。しかしギルさんのそれとは何かが根本的に違う。何とは明確に言い表せないが、二つを並べてどちらがいいできかと聞いたなら、満場一致でギルさんのものを選ぶだろう。それくらい、はっきりとした差がわかった。

 そしてそれを俺が一匹解体する間に四匹分を仕上げる。その手際の良さは神業と言って差し支えないだろう。


「じゃあな。熊三頭はいつでもいいから、ちゃんと持って来いよ?」

「わかってますよ。それでは、解体ありがとうございました。また来ます」

「おう、またな」


 そしてその足でギルドへ向かい換金。一旦落ちて昼飯を食い、再度ダイブイン。ちなみに今日は実夜の帰りが午後になるため、昼はてきとうに済ませた。


「にしても、森の熊って、アレのことなんだよな」


 先ほど受けたクエストの詳細を確認すると、しっかりと目標が書かれていた。


『ユニーククエスト:解体指導(熊狩り)』

 ギルのいる解体場へファイティングビッグベアの死体を持っていく。


 ファイティングビッグベア:0/3


 ファイティングビッグベア。そう、あの森のボスだった馬鹿でかい熊。それを三頭。

 実夜と倒しに行ったときは俺が寄生に近い形になっていたからな。今度は、一人で勝ってやる。



 ということで、やってきました森の中。既にボスのいるエリアに入っているが、まだあちらには見つかっていない。


 そして、考えるべきは倒す方法。実夜のやってた『遠くから部位破壊を狙う』ってのは俺にはまずできない。できるのは精々遠くから矢を当てることくらい。


「まぁ、初めは目潰しを狙っていくか」


 ということで、高い木の上に陣取り、矢を放つ。


 バシュッ


「うおっと」


 今までにない勢いで、矢は熊に向かって真っ直ぐ飛び頰の肉を抉った。


 なんで勢いが増した? STRを伸ばしたから? それもあるだろうが、この伸びは……。


「アーツ縛り……か?」


 アーツ未使用時の攻撃力・・・アップ。効果は『小』ではあるが、素の攻撃力だけならトップクラスの弓矢。もし効果が割合・・なのだとしたら、弓矢とは相性が良い。


「これなら……勝てるかもしれねぇな」


 続けて矢を3発射る。最後の一発は僅かに逸れたが、うち二発は左の肩と腕に命中、たしかにダメージを与えている。


「ってヤバ」


 気付かれた。さすがに矢を射たところから動かないのはダメだよな。そりゃあ気づくわ。


 さてどうするか。熊は地上走るし、今俺が立っている木も倒せると思う。 そうなると降りて距離取って弓……いや、そんな暇は無いだろうな。可能性があるとしたら……格闘? それしかないか。避けゲーは得意だし、【聖拳】スキルも手に入ったし。ワンチャンくらいはあると思う。


 って考えてる間に熊が思いっきり駆け出してきた。

 まずは木から降りてと。


 降りた時には残り熊との距離は20mも無い。


 だが、俺は知ってる。こういうのを避けるコツはギリギリまで引きつけること。ギリギリになればなるほど、避ける時、避けた後に余裕ができる。だから……!!


 残り10mほど。熊が大きく唸り声を上げた。だが……。


「まだ」


 残り5m、熊が右腕を振りかぶった。あと一歩で熊の攻撃範囲内だろう。だが。


「……まだだ」


 そしてその直後、目の前に熊の腕が迫りくる。

 ちっ……速いな。でも……!


「っ……! お……っとぉ!」


 その右腕を紙一重で躱す。熊の右腕は、先程まで俺のいた地面を抉った。


「……まずは一発!」


 躱すと同時に一歩踏み込み、熊の脇腹に肘を入れ、勢いそのままに熊の後ろまで走り抜ける。

 その俺を捉えようと、先程振り下ろされた右腕が俺を追うように勢いよく後ろへ掻かれたが、ギリギリ届かない。


 しかしダメージを与えられなかったのは、こちらも同様。


「……おいおい、効いてなくねぇか?」


 厚い脂肪と毛皮で覆われた熊に、ダメージが入った様子は無かった。


「魔法の追加ダメージに期待したが……拳でダメージ入らないと追加ダメージの判定も無いのか? ちっ、またか」


 また距離を詰めてきた……が、今度は。


「……左足っ! 蹴りか!」


 思い切り体を捻るが、ギリギリで躱しきれず、その左足による蹴りは俺のHPを半分近く削る。


「いっ……っ!」


 あと一瞬反応が遅れていたら蹴りをまともに食らっていたか。それ以前に掠ってこれじゃあ、次なんか食らったら死ぬな。


 そしてすぐに熊は動く。今度はしっかり踏み込んだ上で、下からの振り上げ……!


 縦方向の攻撃は横方向の攻撃よりかは躱しやすい。

 これは難なく躱し、瞬時に思考。


 とりあえずダメージを与える方法だが……。


 ナイフ? いや、射程が短すぎる。さっきの肘は隙を突けたから当たったが、もうあそこまで距離を詰めての攻撃は厳しいだろう。

 矢も手に持って戦うには厳しいし、投げてもダメージが入る気がしない、となると……やっぱり弓か。


 そこまで考えたところで一旦思考を打ち切り、熊に集中する。


 そして熊は先程下から振り上げきった腕を、一瞬左肩辺りで溜め、勢いをつけて。


 これは、薙ぎ払いか。

 横方向に長い攻撃範囲。リーチの最も短くなる右後ろへ下がることで回避、そして同時に弓の弦を思い切り引いた。


 集中しろ……!!


 今、熊は右腕で薙ぎ払ったことで体が開いている。だが、射抜いたところでこちらの隙ができてしまう。ここは我慢。

 今、熊は左足でこちらに一歩踏み込んだ。

 踏み込み……続く動作によってはチャンスがある……か?

 そして今、右足で蹴り上げようとした。その刹那。


 今っ!


 俺の放った矢が左足を貫いた。



 たしか、実夜は言っていた。初心者の弓を目一杯引いた時の攻撃力はSTR30の鉄剣と同程度だと。それでも十分火力にはなる。そして、それは当然距離がある時・・・・・・の想定だろう?


 そこで俺は、ゼロ距離で、アーツ縛りも乗ってる今の状況なら、貫通させられるかもしれない。そう考えた。


 これは一種の賭けではあった。それでも、ハイリスクハイリターン。やるだけの価値があると判断した。


 そして今俺は賭けに勝った。



 軸足を失った熊は唸りのような悲鳴を上げ、蹴り上げようとした勢いを失い、崩れ落ちそうになる。 完全に体勢が崩れることは、寸前に左腕で堪えていたが、それでもその動作は隙だらけ。


 その隙を逃すことなく、今度は左肩を射抜く。


 四本足の動物は片側の手足だけで動くことはほぼ不可能。ここで後ろへ下がって安全に倒しても良いのだが、弓を構え、ここで一歩踏み出した。


「ラストぉ!」


 今ここで引かなかったのは、その方が面白そうだからだろうか。


 楽しい……!!


 動けなくなっても威力の変わらない熊による攻撃を紙一重で躱し、確実に弦を引き2連射。


 二本の矢が熊の首を貫き、後ろの地面へ突き刺さる。



 そして、熊は動かなくなった。


 《森の番人を討伐しました。討伐時間:23分46秒》


「はぁ……はぁ……」


 かなり疲れた。緊張しっぱなしだったしな。


 それでも、息を切らしながらも、その顔には達成感によって、自然と笑みが浮かんでいた。


 暫く感慨に浸っていたが、冷静になって考えると。


「まだ一頭目なんだよなぁ」


 これがあと2匹続くと思うと辛いな……というか、熊倒さないと第二の街行けないんだよな? 第二の街にいる奴ら全員こんなの倒してんのか? って、タンクが一人いたらだいぶ安定するか。


 今のはキツさは耐久に一切降っていない弓使いの、しかもソロだからか。


 ……つくづく実夜の腕の良さが分かるな。あの時の実夜のレベルって9じゃなかったか? 今の俺よりも低いレベルで、危機無く、一方的にコイツを倒していたと。

 思っていた以上に凄まじいな……。


 まあいいか。なんか今調子良いし、このままあと二頭狩ろうかな。


 ボスモンスターはボスのエリアから出るとまたリスポーンする。そのため、一旦少し戻り、それから戻ることで連戦が可能。


 そしてその日は結局4時まで、森の番人を倒して続け、インベントリに入った死体の数は二十を超えていた。


 いや、うん。楽しくなっちゃったんだよ。特に討伐時間ってやつ? 最後の五頭くらいには討伐時間も5分切れてきてさ。…………ああ、これが嶺二の言っていたRTAの楽しさってやつか。


 とりあえず、そろそろ夕飯作らないといけない時間だ。ということで、街に戻ってダイブアウト。


 夕飯の時間は明日のことを聞いたりとか、ここのところそういった時間になってる。


「明日は帰り何時になるんだ?」

「明日は午前終わり……あっ、いえ。お楽しみ会みたいなのがクラスの友達とあるので2時くらいになります」

「お楽しみ会? 中学でそんなのあったか?」


 しかも夏休み前のこの時期に?


「アレです。一学期までで引っ越す人がいるので、お別れ会です。そうは言ってもみんなでファミレスに食べ行くだけですけど」

「へぇ……。中学三年のこの時期に引っ越しか。大変な人もいるもんだな」

「……ですねー。あっ、そういえば今日ですよね?」


 実夜が一瞬寂しそうな顔をした気がしたが、すぐにいつもの顔に戻った。


「ん?」

「ダウンロード版の開始日ですよ! りつねぇも今日から始めたみたいですよ?」

「ああ、そういやそんなこと言ってたな」

「そのうち一緒にパーティー組んでボス戦でも行ってみたいですね」

「そうだなー」

「それで、今日は先輩NDOでなにしてたんですか?」

「ああ、今日はずっと熊狩りしてたな」


 実夜はぽかんと口を開けて。少し大袈裟にため息を吐いた。


「はぁ〜もしかして先輩ですか?」

「なにがだ?」

「……掲示板、見てないんです?」

「そういえば見てないな」

「連携すれば端末からでも見れるんですから、見ときましょうよ」

「おう、今度から見とくよ。それで、なんで掲示板の話に……」


 すると実夜は自分の耳についた端末を起動し、現れたディスプレイをこちらに見せながら掲示板を起動した。


「えっと、これですね。この『血染めの弓使いについて語るスレ1』ってやつです」


 それを一通り読んでいくと、実夜の言わんとすることはわかった。


「つまり、これが俺じゃないかと?」

「違うんですか?」

「……いや、違うかもしれないだろ? ページが違かった可能性もあるし。それにここまで酷いことはしてねぇよ」


 NDOには処理軽減のため、ページというシステムがある。一つのページにいられる人には限界があり、ページ1にいる人の数が満員の30%を越すと次のページが作られる。

 特にボス戦は、戦闘目的でエリアに入ると自動的に新しいページになる。そのため、『ボス戦待ち』というものが存在せず、同じ時間帯に同じボスと戦うことができるようになっている。


「……何ページで戦ってたか覚えてます?」

「いや、気にしてなかったし覚えてないが」

「そうですか……。まあ良いですけどね。ちょっと気になっただけですし。……冷める前にご飯食べちゃいましょうか」

「……そうだな」


 その日の夜、俺は狩った熊の死体を渡すために解体場を訪れていた。

 外にある水道で返り血で赤く染まっていた手足の汚れを洗い落としてから中へ。

 ちなみに血は水で簡単に落ちた。……こういうとこはゲームらしい。


「よお、熊は狩れたか?」


 中に入るとギルが出迎えながら、少し冗談ぽい口調で聞いてきた。


「狩ってきましたよ」

「って、本当にもう狩ってたのか。早いな」

「三頭で良いんですよね? ここに出せば良いですか?」

「あ、ああ」


 うーん、まぁこの辺でいいだろ。

 狩った中から状態の比較的良いものを3つ取り出す。


 それを見てギルさんは。


「ほぉ……。いいだろう。じゃあ、早速コイツらの解体方法を教えて行くんだが。お前、まずは何も聞かずに一頭だけ捌いてみろ」

「何も聞かずに……ですか?」

「ああ、お前の持つ【解体EX】の性能が知りたい」


 まあいいか。やるだけやってみようと思う。


 と、捌き始めてふと、今朝とは少し違うことに気づいた。なんというか、順序が手に取るように分かる。白い線はいくつも入っているのだが、どれが始めに切る線なのか、どれくらいの深さなのか、感じられた。


「っと……できました」

「ふむ……なるほどなぁ。一応聞くが、熊の捌き方をどこかで聞いていたなんてことも無いよな?」

「ありませんね」

「ってことは初見のものでも順序やら切る深さまで分かるのか。……これは俺も欲しいかもな」

「えっ。……もしや、それを確認するために熊を?」

「ああ。……だが、完璧ってわけじゃ無いみたいだな」


 そう言ってナイフを手に取ると、今しがた解体した熊の部位のうち一つを手にとって。


「これは見落としか?」

「えっ?……あっ、すいません。見落としです」


 そこには切られていない白い線が一本入っていた。

 ギルは慣れた手つきでそこを切って開く。


「つまり、順序やら深さは白い線を見ることで把握できて、白い線自体は見落とすこともあるのか」

「そうみたいですね」

「だとしても、だ。【解体】スキルか。俺も欲しくなってきた……。っと、まだちゃんと教えてなかったな。その熊一つ持ってついて来い。詰めの甘かった部分も含めて、ちゃんと捌き方を教えてやるよ」

「はい。お願いします!」


 この日は少し夜更かしすることになった。主に、狩り過ぎた熊のせいで。

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