第7話:初めての解体

 俺はNDOにダイブインすると、ひとまず実夜と合流するために東門のところへ行く。


 数分で実夜がこちらへ来た。


「あっ、先輩早いですね。さっさと第一の街に行きましょ!」


「ああ、そうだな」


 俺がそう言って東門から出ようとしたところで待ったがかかる。


「徒歩じゃなくて転移で行くので、向かう先は教会ですよ」


 どうやら各街にある教会では『お布施』を支払うことによって互いに転移することができるらしく、その『お布施』の額も50Dドネとお手頃価格のため、殆どの人が転移を使うそうだ。

 ちなみにDと書くドネはこの世界のお金の単位で、感覚的には10Dが100円くらいとのことだ


「あと、死に戻りの時も最後に行った街の教会になりますね」


「へぇ、そうなのか。……それで、ここがその教会か」


 今、俺の目の前には、立派……とはお世辞にも言えない感じの少し古めな教会があった。


「街によって変わるんですけど、初めは大体どこもこんな感じですよ。何度もワープを使っているうちに段々ときれいになって行くみたいで」


 ああ、仮にもお布施だしな。一定額に達すると綺麗になるんだろう。


 それから俺達は教会でお布施を支払い、始まりの街に転移。それから待ち合わせ場所である噴水広場へ。


「着きましたね!」


「ああ、これは早いな。待ち合わせ時間って9時だったよな?」


「そうですね、あと5分程です。あっ、そうそうあの子の名前ですが……」


 と、実夜がそこまで言ったところで実夜の方へ話しかけてくる人がいた。桃色がかった黒い瞳を持つ銀髪ロングヘアの女の子。


「あの、ヤミで合ってる……よね? そちらの方は……ってもしかして、先輩?」


「リーナもう来てたんだ! 銀髪ロングヘアとはまた可愛らしい……」


「ヤミの茶髪だって可愛いじゃん。……それで、どうして先輩が?」


「あっ、昨日から一緒にやってるんだよ。因みにこっちではルア君って呼んであげて」


「えっ……? ああ、うん。えっと、ルアさん、よろしくお願いします」


「あ、ああ。こちらこそよろしく。リーナで、いいか?」


「はい。大丈夫です」


「もぉ、リーナ固すぎ! もっとはっちゃけよ?」


「いや無理だって。特に先輩の前だと変に緊張しちゃうし!」


「大丈夫だって、そのうち慣れるし。それに先輩って言ってもこの先輩だよ? 緊張する価値無いって」


「おい、緊張する価値無いってどういうことだ? ……明日の朝飯抜きにするぞ」


「へっ!? いやいや、それは酷いですよ!? 前言撤回しますから!」


「えっ、ヤミの朝ご飯を先輩がって……?  今一緒に住んでるの?  えっ、でもヤミ……」


そこで莉奈が続けようとしたようだが、実夜が話を遮って。


「今週、先輩の家に泊まり行ってるんだ〜。先輩の料理ほんと美味しいし、居心地も良いし、リーナも泊まり来る? って言いたいところだけど部屋が先輩の部屋とリビングしか無いからねー」


 その実夜の言葉に莉奈はハハハと苦笑いを返してから、「あれ?」と首を傾げた。


「じゃあ今、実夜どこからダイブインしてるの?」


「先輩の部屋だよ?」


「え? ……先輩がリビングってことですか?」


「先輩も同じ部屋だよ?」


「えっ…………!? そそそそれって、いやいやいやいや実夜はまだ中学生なんだよ!? それはさすがに早すぎるんじゃない!?」


「安心しろ。なんもしねぇよ」


「そんな心配しなくても大丈夫だよ? 先輩ほんとヘタレだし」


「思春期真っ只中の男女が同じ部屋で同じ布団でくっついて寝るのに何も起きない筈が無いです! もしそれで何も無いのなら先輩は男じゃありません!」


「おい、どういう意味だ? ……あと、当たり前だが布団は別だぞ?」


「先輩さえ良ければ、一緒でも良いですよ?」


「いや……駄目に決まってんだろ」


「そういう割に先輩顔赤くなってますよぉ?」


「うるせぇ」


「……私、忘れられてます?」


「あっ、ごめーん。先輩をからかうのって楽しくて」


「人に迷惑かけて楽しんでんじゃねぇよ」


「えー? でも先輩するたびに喜んでません?」


「喜んでねぇよ!?」


「またまたぁ。もう少し顔に出ないようにした方が良いですよ〜?」


「あの……。なんでそんなすぐに『二人だけの世界』を作り上げるんですか?」


「特にそういうつもりは無いんだが……」


「あっ! そうそう。まだフレンドになって無いじゃん! 申請送るね!」


「……お前ほんと話しコロコロ変えるな。……まぁいいか。俺ともフレンド登録してくれねぇか?」


「も、勿論です! こちらこそよろしくお願いします」


 そして無事フレンド登録を済ませた。


「特にまだパーティとかも組んで無いので、何かあったら気軽に呼んで下さいね!」


「おう、ありがとう。そんなに無いと思うがな」


「本当に気軽に呼んでくれていいんですよ?」


「ああ」


 莉奈って本当に良い子だよなぁ、どっかの傍若無人な見かけだけの美少女とは違うと思った。


「そういえばリーナって武器どうしたの?」


「んー? 私は双刀だよ。実夜が弓だって言ってたし被るのもなーって思って。……それに双刀ってカッコいいし」


 莉奈は後半で頰を赤らめつつそう言った。


「双刀なんだ! それならパーティー組んで今から一緒に狩り行かない?」


「良いけど、私はそんなにできないよ? 10時半には寝るつもりだし……」


「まだ1時間以上あるし大丈夫! 狩り行こっ! ルア君もいいですか?」


「おう。……いや、悪い。やっぱ駄目だわ。先にやっとかないと行けないことがあった」


 危うく二つ返事で了承するところだったが、死体の処理方法が分からない以上、パーティーを組むのは憚られる。


 それに血飛沫と惨殺された魔物の死体とか純粋な女子である莉奈に見せられる光景ではないと思う。実夜? あいつなら見慣れてるだろ。


「えー、じゃあルア君とはまた今度……明日ですね。それではリーナと南の平原へ狩りに行ってきます! リーナも良いですか?」


「あっ、うん。ルアさん、リアルのことなんですけど、明日はお昼過ぎにお家に伺いますので、よろしくお願いします」


「おう、聞いてるから大丈夫だよ。じゃあまたな」



 そうして二人と分かれ、俺はギルドへ向かうことにした。


 冒険者ギルドでは、受付の人に話しかけることで素材の売却ができる。それを利用する人の中には、住民(NPC)もいるため、解体してくれる施設もあるのでは? と考えたためだ。


 ギルドに着いた俺は受付へ向かい、話す。


「すいません、魔物の死体の解体ってどこでできますかね?」


 すると受付の人は一瞬首を捻ってから


「……死体の解体はこの街の南西部、職人街にある解体場の方でお願いします。解体の仕方が分からない場合は現地におります職員に言えば有料で代行してもらえるかと。

 あと、同じく有料になりますが解体方法を教わることも出来ると思います」


 へぇ……ちゃんとそういう施設があるのか。


「それにしても……なぜこんなことを? 私達、こちらの世界の住民には必要なことですが、海のゲートを通って来た異世界人は倒した魔物が光の粒子になってしまうのでは?」


 プレイヤーは異世界人って設定だったのか。


「はい、まぁ……色々あったんですよ。


「は、はぁ。そうですか。解体された部位はギルドで買い取れますので、その際はまた来て下さい」


「分かりました。それでは」


 解体場はギルドのある街の中心部からそこそこ離れた場所であったが、特に迷うこともなく辿り着いた。見た目は工場のようだが入り口辺りに置いてあるバケツを覗くと血が溜まっていた。

 まぁ、匂いはあまりキツくないからまだいいけどな。


 とりあえず解体について誰かに聞こうと思い、解体場の中に足を踏み入れるとすぐにガタイのいい男の人話しかけられた。


「よう、兄ちゃん。……お前さん異世界人だよな? 解体場に何の用だ?」


「ああ、すいません。死体の解体方法が分からなくて、教えて頂けませんか?」


 俺はそう言ってインベントリからフォレストウルフの死体を出す。

 するとその人は少し驚いたように眉を上げてから首を捻った。


「どういうことだ?」


 とりあえず死体が残るようになった旨を伝えると。


「へぇ……。そういうことならいいぜ、教えてやんよ」


 それから俺はその人に丁寧に教わり、ひとまずフォレストウルフとホーンラビットの解体はできるようになった。


「お前さん飲み込みはえぇな。まだ大型の魔物の解体方法は教えられてねぇが、小さい奴らなら今教えた方法で大体捌ける。解体するときはここでやれよ、自分で解体する分には場所は無料で貸せるからな」


「はい、ありがとうございます」


 そうお礼を言って街のギルドへ戻る。ちなみに教えてもらう代金は500Dドネだった。必須技能であるということを考えると割と安く感じたが、時間はかなり取られた。


 いや、今まで全く触れたことのなかったことをできるようにするには時間がかかるのは当たり前なんだが、さすがに一時間半もかかるとは思ってなかった。


 ギルドへ戻る途中、通知が来ていることに気付いた。

 どうやら通知のサウンドに気づかなかったようだ。


 何だろうかとそれを確認する。


 《【解体】スキルが特殊変化し【解体EX】になりました。》


 効果を見たところ、【解体】の『ドロップの変化』とは全く違う効果だった。


【解体EX】

 魔物討伐時、自らの力で解体することができる。魔物解体時、案内線が見えるようになる。


 種別:常時発動技能


 解体は内臓の配置などによりシビアなところが多々あったため案内線が見えるようになるのはありがたかったりする。


 そうしてギルドへ戻る途中、南門と中央を結ぶ通りで実夜を見つけた。実夜も南の平原での狩りを終えて広場に向かっているようだ。


「よう、リーナはもうダイブアウトしたのか?」


「あっ、せん……ルア君ですか。はい、つい先程。それで……ルア君は職人街の方から出て来たみたいですが……」


 ああ、まぁ疑問に思うよなぁ。職人街って基本的に住民しか用ないからプレイヤーはまず行く必要ないし。


「まぁな、ちょっと用ができたんだよ。たぶん定期的に行く」


「えっ? β版でもそんなことなかったと思うんですが……ルア君何してるんですか?」


「あー、まぁお前には言っとかないといけないか。これからもパーティー組むだろうし」


「何ですか、その言い方。そんな極秘事項なんです?」


「んー、見たら驚く程度だと思うが、やたらと言いふらすもんでも無いな。ただ、倒した魔物の死体が残るようになったってだけだよ」


「……はい? すいません。聞き間違いかもしれないのでもう一度お願いします」


「だから、死体が残るようになったんだ。それで解体が必要になって、職人街行ってた」


「……あーなるほど。全く分かりませんね。とりあえず今日はダイブアウトするので、明日! 明日一緒に狩り行きましょう」


「そうだな、見てもらうのが早い」


「では私はもう寝ますので」


「おう、部屋の照明は消しといてくれていいからな」


「了解です。ではではー」


 そう言って実夜はダイブアウトしていった。


 さて、じゃあ俺もギルドで素材売ってからダイブアウトするかな。


 ギルドに着き、受付へ行く。


「すいません、素材を売りたいんですが」


「ああ、先程来られた方ですね。それではこちらへどうぞ」


 そう言って奥に並ぶ部屋の一つへ案内される。


「受付で出すわけじゃないんですね」


「ああ、他の異世界人の方々は一つ一つの素材が小さいので受付で済むんですけど、魔物一体分を丸々売る場合は個室に案内するんです」


 なるほど、解体した魔物一体から取れる素材、特に皮とかはドロップ品に比べて大きいのが取れるからな……その分湾曲してる部分とかは多いが。


「ではこちらに売られる素材を出して下さい」


 そして俺は言われた場所に出す。まぁ、今回は解体したフォレストウルフ一匹分と称号を取るまでに狩った分の部位ドロップ品だけだ。


「これで全部ですね。すぐに鑑定致しますので少々お待ちください」


 どうやら鑑定によって品質を調べているらしい。【鑑定】か……。そういや全く使ってねぇな。


 暫くすると、それも終わったようで先程まで鑑定していた人はこちらを振り返った。


「全部で13500Dドネになります」


「はい、ありがとうございます」


 細かく見てみると、大きな皮が高かったようで、それだけで5000になっていた。


 そしてギルドを出てダイブアウトした。



 俺はフツロを取り、枕元へ置く。既に照明は消えていたため真っ暗だったが、足元にある掛け布団を引っ張り上げるだけなので問題ない。


 ……と思っていたのだが。


「ふにゃあ……。せんぱーい……」


 どうやら実夜が寝ぼけて近くまで転がってきていたようで、実夜の足が俺の掛け布団をしっかりとホールドしており離してくれない。


 まぁどのみち実夜がここまで接近している中で、気にせず就寝できるほど俺の心はできていないので、音を立てないよう気をつけてリビングへ行こうか。

 掛け布団には予備……というか大きめの膝掛けがあるからそれを使ってソファーで寝ればいいだろう。


 ということで静かに立ち上がろうとすると、すーすーと寝息を立てている実夜の手がしっかりと俺の足首を捕まえた。


 とりあえず落ち着いて、小指から一本ずつ引き剥がすことにする。そして最後に親指を引き剥がした時。


「んっ……ふにゃ? あれ、先輩何やって……。ふぇっ!?」


 既に実夜は完全に俺の足首から手を離しており、傍目から見ると俺が就寝中の実夜の手を握っているように見える。


 そして実夜は勝手に勘違いを加速させて行く。


「あ、あの。先輩? えっと……先輩なら良いとかって言ってたかもしれないですけど……あのぉ、冗談と言うか……あっ、嫌って言うわけでは無いですよ? えっ、あっ、嫌じゃないってそういう意味じゃなくて……えっと……その……」


「はぁ……とりあえず落ち着け?」


 そして俺は簡単に説明した。もちろん俺がリビングに行こうとしたことは伏せて。すると。


「そ、それは申し訳ありませんでした……」


 深々と頭を下げる実夜の姿がそこにはあった。


「いや、そこまで深く謝らんくてもいいけどさ」


「まさか私が自ら先輩に襲われに行っていたと思いませんでした」


「お、おう。まぁ襲うことは無いから安心しろ」


「……夕飯前に先輩が襲う可能性が示唆されたと思うんですが」


「いや、アレは生理現象だから……忘れてくれるとありがたい……」


 そうして少し気まずい雰囲気の中、リビングへ避難するのを諦めた俺は自分の布団の中で就寝した。

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