第6話:後輩との生活

 NDOからダイブアウトすると、初めに自分の上にある何かの重さに気づいた。そして意識がはっきりしてくると、自分の胸の辺りに僅かな温もりと確かな柔らかさ。そして首元をくすぐるような暖かい風を感じた。


「ん……? この重さ……っ!!」


 被っていたフツロを急いで枕元に置き現状を確認する。


(1)ダイブした時と同じように布団の上で仰向けで寝転がっている俺。

(2)当たり前のように俺の上にうつ伏せになってフツロを被り、かつダイブしているために意識の無い実夜。

(3)実夜の髪から仄かに漂う良い香りと置かれている状況を把握し、起き上がろうとしている俺の息子。


 ……オーケー。よく分かった。とりあえず実夜を退けて夕飯作りに取り掛かろうじゃないか。


 実夜を退かそうとしてふと気づく。

 たしかフツロって姿勢が変わると異常を検知して強制ダイブアウトするんじゃなかったか? ……実夜が今街にいる保証は無いし戦闘中に強制ダイブアウトさせちゃうとなぁ。


 少し考え、再びフツロを被りダイブイン。

 すぐにフレンド通信からYAMIを選択。通話を開始。


「今すぐダイブアウトしろ。身動きが取れない」


『へっ!? ルア君突然なんですか……って、あーそういえばあえて少し変わった姿勢でダイブインしてましたね。りょーかいです。すぐダイブアウトしますのでルア君もダイブアウトしてお待ち下さい!』


 答えを聞いてからダイブアウト。


 と、ダイブアウトしてから気づく。

 あー、そういえば俺の息子が起き上がろうとしてるなぁ。そして丁度その上に実夜がいると……。

 考えてもどうにもならないため諦めて実夜のダイブアウトを待つ。


 するとフツロの電源が切れ、実夜はフツロを外し、俺の上に寝た姿勢のまま顔だけ此方に向けて言う。


「あのぉ……先輩?私のお腹に硬めな何かが当たっているのですけれど。これは一体……?」


 いつものからかってる感じが無かったため、恐らく予想外のことであったのだろうと思われる。

 俺は「そこは察してくれ……」とだけ言って実夜を上から退かしつつ起き上がり、何事も無かったかのようにキッチンへ向かう。

 俺の部屋から出る時、実夜は「察してって……へっ!?」と言って顔を真っ赤に染め上げて呆然としていた。



 夕飯のメニューはメインがハンバーグ。その他にモヤシ炒めとポテトサラダも作る。汁物も無いし正直手抜きではあるが、簡単で美味しいというのもあって週二か週三くらいでこのメニューだ。


 ご飯も忘れずに炊き、一時間程で完成。それぞれの皿に盛り付けてリビングのテーブルまで運ぶ。


「実夜はまたNDOにダイブインしてるかな」


 とりあえずできあがったことを知らせるために恐らくダイブインしているであろう実夜を呼びに俺の部屋に向かう。


 俺の部屋に入ると、膨らんでいる布団とその側に置かれたフツロが目に入った。


 フツロが置いてあるってことはダイブインしてないのか。


「実夜ご飯だぞ」


 しかし返事は無い。


「みやー? 聞こえてるのかー?」


 まだ返事は無い。もしかして布団の中には居ないのか?と思い、膨らんだ布団をめくる。


「なんだ、いるじゃねぇか……って寝てるのか?」


 そこには、すーすーと静かに寝息を立てる実夜の姿があった。


「まったく……。起こすのも悪いしこのままにしておくか」


 とりあえず敷き布団の端で丸まっている実夜を中央にやり、布団を掛けてやる。そして『夕飯できてるから起きたらリビングな』という書き置きを実夜の枕元に置いてリビングに戻った。


 丁度、俺が夕飯を食べ終えた頃、俺の部屋に続くドアが開かれ、実夜が出てきた。


「起きたか。じゃあ、ハンバーグとモヤシ炒めレンジで温めて良いか?」


「えっ? ああ、はい! お、お願いします」


 俺は実夜の夕飯をレンジで温めつつ考える。

 なんか少し挙動不審だな……。さっきのことまだ気にされてんのか?


 ……まぁ、俺は気にしないようにしよう。そのうち戻るだろ。とりあえず聞きたいことがあるんだった。


 温めたハンバーグとモヤシ炒めを実夜の前のランチョンマットに置きながら、実夜に尋ねる。


「ちょっと実夜に聞きたいことがあるんだがいいか?」


「な、なんですか?」


「【惨殺者】って名前の称号のことなんだが、実夜知ってるか?」


「ああ、知ってますよ。なんたってβ版で初めて【惨殺者】の称号取ったの私ですから! 正式版になってからはまだ取得してませんけど……先輩もう取得したんですか?」


「ああ、まあそんなとこだ。それで、【惨殺者】って具体的にどんな効果なんだ?」


「あー、あの説明文テキトーですもんね。書いてある効果は〈魔物を倒した痕跡が残る〉でしたっけ。そんなに大した効果じゃないですよ?倒した時のエフェクトが変わって、倒した後のフィールドに血の跡がついたりするくらいですね」


「……死体が残ったりすることは無いよな?」


「それは流石に無いですよ。いくらエフェクトが変わったとは言っても、倒したら光の粒子になって消えますし……って先輩、どうしたんですか?」


 ……そうだよなぁ。ならやっぱり死体が残るのが称号の名前が変わったことによる追加効果ってとこか。〈よりはっきりと〉って効果についてるのが問題なんだろうなぁ。


 ……死体の解体方法はNPC……もとい住民に聞けば分かるか?


「いや、なんでもない。ああ、そうそう。食器は後で俺が洗っとくから流しに置いといてくれ」


「ええっ!? いや、自分で洗いますよぉ。もしくは手伝いますので一緒に洗いましょ」


「んー、じゃあ一緒に洗うか」


「はーい! ではさっさと食べちゃいますね」


 そして実夜が食べ終える前に自分の食器を洗い始める。

 洗剤を付けている途中で、「ご馳走さまでしたー」と言いながら実夜が食器を運んできた。


「おう、食器はその辺に置いといてくれ」


「はーい。では私は先輩が食器につけた洗剤を水で流しますねー」


 そう言って俺の隣に立ち洗い始める。


 黙々と二人で食器を洗っていると、実夜が。


「初めての共同作業というやつですね。先輩に、また私の"初めて"を奪われてしまいました」


「…………」


 これは無視安定だろう。俺は何も聞かなかった。


「……まぁ、先輩なら良いんですけどね」


 ……今の一瞬反応しそうになったわ。実夜……恐ろしい子。


「むぅ……。今の結構惜しかった気がします。先輩手強いですね。あっ、分かってると思いますけど冗談ですよ?」


 からかうためだけの冗談ってのは悪意の塊だと思うんだよ……。とはいえ、ここで反応したら負けだと思うためスルーの方向で。


「よし、洗い終わったな。あっ、もう風呂沸いたけど、実夜が先に入るか?」


「完全にスルーしちゃうんですね。あっ、お風呂は先輩お先にどうぞ。先輩は変態ですから、私の入ったお風呂の残り湯をどうするか分かったもんじゃありませんからね」


「どうもしねぇよ。じゃあ俺先入るな。出たら呼ぶからそれまで寛いでいてくれ」


「はーい」


 ☆★☆★☆★☆


 先輩がお風呂に入りましたね。そうしたらやることは一つ! 昼前に見つけていたUSBメモリの中身を見てやろうじゃありませんか。フツロでも見れるってのが良いですよねー。


 あっ、もちろんパスワードが必要だったりしたら諦めますけどね? 試してみても良いでしょう。


 さて、まずUSBのある場所ですが、先輩のことです。候補は絞ってあります。


 まずタンスの裏。これは初めあった場所ですが……ありませんね。


 次に鍵付きの引き出しの中。鍵の在り処は知っていますので……。はい、ガチャリと。ここにもありませんか。


 最後にタンスの上。私の身長は153cmと、先輩より20cmも小さいので高いところにあるのでは? という判断ですが……おっと。どうやら見つけたようですね。初めに見つけた時に付けておいた印(拭けば消せる細ペンの跡)もちゃんとあります。


 それでは見ましょうかね。フツロにセットして見てみます。するとパスワードも無く覗くことが出来ちゃいました。中に入っているフォルダはピクチャ、写真が入っているようです。


 ふふっ、やっぱりエロ画像ですね?


 開くと、入っていた写真は二十数枚程。知らない巨乳で高身長な女性達の過激な写真でした。


 そして入っていた写真の女子達の体型を見て少し悲しくなりました。

 おかしいですね。今まで自分の体型にコンプレックスを抱いたことなんて無かったんですが……ってそうじゃない。


 嘘でしょ!? これガチの奴じゃないですか!?


 こ、これは失礼いたしました。無かったことにしてUSBメモリを閉じて元の場所へ戻しましょう。


 ……なんで無駄に高いところなんでしょうか。なかなか置けません。そしてもう一度タンスの上にUSBメモリを持った手を伸ばしたところで。


「おい、何やってんだ?」


「ふぇっ!? せ、先輩っ、お風呂に入ったのでは……?」


「もう出たんだよ。……それで、その手に持ってるもんは?」


「えっと、先輩のUSBメモリですね」


「……まだ見てないよな?」


「えっと……何も見てませんよ?」


 どうしましょう。顔がかなり赤くなってる気がします。


「一つ、弁解させてくれ。それは俺のじゃなくて、友達から預かってるもんだ」


「えっ? あーはい。そうなんですね」


 ……全く信じられませんね。私を一切犯そうとしない理由にもなりますし……ってなんで私少し悲しくなっちゃってるんですかね?


「……まぁ、いい。どうせ明日には返すし」


「あっ、そうなんですか?」


 どうやら本当に預かりものらしい。


「ああ、『妹にバレそうだから二日間だけ預かってくれ』って言われててな。明日の昼には取りに来る筈だ」


「因みにその人って私の知らない人ですよね?」


「ん?いや、お前も知ってる人だからこそ名前を伏せてるんだよ。さすがにアイツも知ってる女子に趣味バレたとなりゃあ可哀想だし」


 私が知っているということは去年まで先輩とよく話していた人ですかね。だとすると……。


「先輩、その人ってもしかして騒音先輩ですか?」


 騒音先輩は常にうるさいためにそういう渾名が付けられていた人で、本名はたしか……名字が白金しろかねでしたっけ。名前は知りません。


「あー、やっぱり分かるか。お前の知ってる俺の友達ってアイツくらいだし。そうそう、明日の昼過ぎに来るらしい。…それでなんだが…できればお前はバレないように俺の部屋に居るか、どこかに出掛けてくれないか?」


「あの先輩とは殆ど関わりありませんし、そうですね。その時は先輩の部屋でNDOしてますよ……。あっ、そういえばお風呂空いたんでしたね。入ってきます」


「おう」



 私はお風呂に入り、身体を洗った後、浴槽に浸かる。

 ふぅ……と一息吐き、なんとなく先程のことを思い返し、そしてすぐに気づく。


 あれ、白金……? ってそういえば騒音先輩の妹って……!!


 そのことを思い出した私は急いで浴室を後にした。


 ☆★☆★☆★☆


 なんとか誤解は解けたようで、実夜は風呂に入った。


 とりあえず俺はCIRCLEを開き、『白金嶺二れいじ』にメッセージを送る。


『預かってるUSBメモリ取りに明日うち来るだろ?何時くらいになりそうだ?』


 するとすぐに既読がつき、返信がある。


『おう、丁度連絡しようと思ってたところだ。時間は前に言った通り一時過ぎくらいなんだが……妹も一緒に行きたいと言ってるんだが、大丈夫か?』


『ああ、莉奈りなちゃんも来るのな。別に大丈夫だよ。時間も問題ない』


『なら良かった。すまんな』


 と、返信が返ってきてからあることに気づき、もう一度打つ。


『USBメモリの存在を妹に悟られるんじゃないか?』


『ああ、もう手遅れだ。このトークの履歴見られてバレた』


『えっ』


『まぁ、妹にはそれ相応の対価で黙ってて貰うことになったから問題ない』


『お、おう。じゃあ明日一時な。飯はどうする?こっちで食うか?』


『いや、さすがにそれは悪いし食ってから行くよ』


『了解』


 そこまで打ってCIRCLEの画面を閉じた。


 ちなみに嶺二が莉奈ちゃんにUSBメモリの存在を知られたくなかったのは莉奈ちゃんと仲の良い先輩が嶺二の好きな人であり、その人にバラされたくなかったからだ。つまり妹を口止めできれば問題ないということだろう。


 んー、歯磨きしてからNDOにダイブインするかな。


 とりあえず歯磨きをしに洗面台へ向かうと、ちょうど実夜が風呂から出てきた。着ているパジャマは可愛いペンギンの柄物だったりする。


「あっ、先輩。やっぱり明日騒音先輩と会う時私もいることにします!」


「いや、なんでだよ」


「だって騒音先輩が来るってことは莉奈も来るんじゃないですか?」


「ああ、来るって連絡あったな」


「結構仲良いんですよ。兄が騒音先輩ってことを忘れちゃうくらいにいい子ですし」


「あー、それは分かるな。俺は白金の家に遊びに行ったとき軽く挨拶したくらいだけど、ちゃんとしてたもんな」


「えっ、殆ど話したこと無いんですか?」


「あぁ、話したことはそんな無いな」


「へぇ、莉奈の反応的にもっと話したことあるのかと思ってました……。っと、そういえば私の歯ブラシってあります?」


「ああ、新品のやつまだいくつか買い置きあるからそれ使え」


 洗面台の下の扉を開き、買い置きの歯ブラシのうち、俺と色の被らない物を一つ出し、手渡す。


「あ、ありがとうございます」


 そして二人並んで歯磨きを始める。


「あっ、そういえあせんあい。こうこのあおえういーおういあう?」


 俺は黙って歯ブラシを洗い、口を濯ぎ、実夜に言う。


「ああ、するつもりだ。やりたいこともあるし、明日も日曜で休みだし」


 ちなみに今の実夜の言葉を翻訳すると『そういえば先輩。今日この後NDOします?』だと思う。こういうのを聞き取るのは俺の特技だ。特に実夜に関してはほぼ当てられると思う。


 すると実夜も口を濯いでから、もう一度口を開く。


「そうそう、さっき言い忘れたんですけど莉奈もNDOやってるんですよ。まだ中では会ってないんですが、この後九時に始まりの街で待ち合わせしてて。良かったら先輩も来ませんか?」


「俺も行って邪魔にならないか?」


「大丈夫ですよぉ。……あっ、でも莉奈ちゃんに手を出さないで下さいね?」


「友達の妹に手を出すとか、そんな度胸はねぇよ」


「なら安心ですね。今って第二の街でダイブアウトしてるんですよね? ならとりあえずインしたら東門のところで落ち合いましょ」


「おう、分かった」



 それから俺の部屋でNDOへダイブインした。

 実夜はちゃんと自分の布団でインした。

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