40.霧の谷にて、彼女たちは(4)


 ――一方。

 自棄やけになって叫ぶディスを、黒尽くめたちは苦々しく見る。


 一人が大声で叫んだ。

「ディス! 貴様、余計なことを! 状況をわかっているのか! 今は一人でも惜しいのだぞ」

「うるさい、私に口出しするな! 遠間から槍で突くしか知らん能なしどもが! そのでかい獣、やれるものならさっさとやってしまえばいいだろう。私は忙しいのだ!」

 周りが見えていないのか、ディスは強気に叫び返す。

 これで段取りが水の泡だ、と黒尽くめが吐き捨てた。


 彼はエナとイスナを睨んだ。

「貴様らが来たせいで……!」

 呪詛の声。彼一人ではない。聖獣の前に陣取った黒尽くめの男たちすべてが、口々につぶやく。


正義面せいぎづらした小娘どもが」

「時間がないというのに」

「代わりに串刺しにしてやろうか」


 にじり寄る敵。

 各々が握る槍先に、殺気の炎が見えるようだった。

 聖獣が、警戒の唸りを上げる。


 イスナは聖獣の子らをかばい、エナは黒尽くめの前に立ち塞がった。

「状況悪化……かな。コウタならきっと、もっとうまくやったのだろうけど」

 小声でつぶやく親友をちらりと見て、イスナは応えた。

「怒られちゃいますね」

「かもね。でも、今は私たちにできることをしよう。そのために練習してきたんだから、きっとできるはず」


 星付き二人がうなずきあった、直後。

 奇声を上げ、敵が襲いかかってきた。


 槍の二本がエナへ。

 三本がイスナと聖獣の子へ。

 残りがすべて聖獣へ向けられる。

 意思疎通をろくにせずに繰り出された一斉攻撃に、相手の練度れんど垣間見かいまみる。


 まず応じたのは、イスナだった。

 聖杖ヴァーリヤから放たれた魔力が、高強度の盾を作り出す。甲高い音を残し、槍先をことごとく弾き返す。

 彼女に呼応して、聖獣が咆哮を上げ、爪を振るう。直撃はなくても、牽制けんせいには十分であった。突撃してきた黒尽くめ全員を押し戻す。


 そのとき、ディスの狼狽えた声がした。

「な、なんだ!? 炎が」

 小細工によって生まれた炎が、ふと流れを変え、エナたちの元に集まってきたのだ。

 炎が向かう先は、聖剣エッシェルリングの宝玉。


 黒尽くめが舌打ちする。

「こいつ、炎を吸収しやがった」

 聖剣があかく染まる。その輝きは、持ち主であるエナの身体にも広がった。


 剣を引き。

 半身になり。

 ぐっ、と体重を前に掛ける。


 まるでひょうが獲物を噛み千切ろうと飛び出す寸前のようだ――と、思ったそのときには。

「……く、そっ!」

 黒尽くめは渋面から脂汗を空中に散らした。

 剣の軌跡が、鮮やかなくれないの曲線を宙に残す。


 爆発的な加速を発揮したエナが、黒尽くめたちに一瞬で肉薄し、彼らが持っていた武器をことごとく両断したのだ。


 炎の力を吸収、身体能力と切れ味に変換、そして攻撃――。

 エナ=アルキオンが疾風はやての剣士として修練を積み重ねた結果の、怒濤どとうの連続攻撃であった。


 武器の喪失は、黒尽くめたちに大きな動揺をもたらした。そこへ、聖獣が一際大きな咆哮をとどろかせた。体毛が膨れあがり、まるで巨大な岩のような威圧感を叩き付ける。


 黒尽くめたちの判断は、素早かった。

 エナたちをひとつ睨むと、きびすを返し撤退していった。追撃を免れるためか、全員が別々の方向に逃げていく。足音はあっという間に遠ざかっていった。


 敵の姿が見えなくなった後、エナは長い息を吐いた。

「なんとか、しのげたわね」

「お疲れ様です、エナ。練習の成果、ばっちりでしたね」

「ありがと。イスナの防御魔法のおかげ。あれで発動までの時間が稼げた。そっちはどう?」

「子どもたちは大丈夫。聖獣のお母様も」

 イスナが聖獣の子を引き連れて微笑む。

 子を親に引き渡すと、聖獣は礼を言うように目を閉じ、低く喉を鳴らした。

 その様子を満足気に見ながら、一方で内心では冷や汗を流すエナ。


(彼らはきっと訓練された兵。おそらく今回は、彼らにとって予想外の事態が続いたから、撤退の決断も早かったんだわ。……運が良かった)

 

「さて」

 エナは再び表情を引き締める。

「あとは、ね」

 そう言って顔を上げた先には、その場にへたり込んで呆然としているディスの姿があった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る