31.イスナの才能(4)



 ――さらに日付が経過した、ある日。

 イスナは、純白のエプロンを身につけていた。

 胸元の精緻なレース、清楚な立ち姿、匂い立つ可憐さ。『風見堂の白女神』の再臨である。

 その女神様は、今、都市オールデンの一画に設けられたに、がちがちの状態で立ち尽くしていた。


『それでは続いて登場する選手をご紹介します。赤幕より、志を胸に料冶士の道を歩き始めた美しき乙女――イスナ=ルヴィニ選手!』

 ついに聞こえた紹介舞台に上がる合図のアナウンスに、「……っ!」と声を飲み込むイスナ。


 ……私、さっき返事してたら絶対ヘンな声を出してました……。『うひゃい!』とか言ってます。きっと。絶対……。


 だが、今更後には引けない。

 イスナは舞台に続く小階段へ向けて一歩踏み出しながら、ここに立つことになった経緯を思い返した。



 ――きっかけは、師匠カミーノの提案だった。


「イスナや。今度は素材を選ぶところから初めてみようか」

「素材、ですか? でもカミーノ様。ここの食材はどれも新鮮で質がいいですよ。素敵な街だと思います」

 本心からそう言うと、カミーノは苦笑した。

「街のことを褒めてくれてありがとう。けど、私が言いたいのはそういうことじゃない。魔法料冶の醍醐味だいごみは、普通の調理では成し得ないものを創ることだよ。単なる『食材』の枠にとらわれないことが大事さ」


 魔法料冶の効果を上げるには、素材選びも重要である。

 ここで言う素材とは、一般に使う食材のことだけではない。魔法料冶に使用する素材は多岐にわたり、魔力でしか加工できないものも数多く存在するという。

 特に、イスナのように『魔力回復効果に重点を置く』のであれば、専用素材を使用するのがもっとも確実な選択だ。


「そのぶん希少価値があって、普通じゃ手に入らないものも多いんだが……実はね、そういう素材が手に入るイベントが、オールデンにはたくさん開かれているんだよ。大小様々だから、一度調べてみるといい。ちょうどよいイベントが見つかったら、思い切って参加してみるんだ。頑張ってごらん」



 ――そうして調べた結果、今まさに開催中のイベントに参加することになり、ここに立っているというわけだった。

 優勝賞品はスタルニエ花石かせきという、魔力が結晶化した花弁形かべんがたの鉱石だ。これを使えば、コウタの回復をさらに促進することができると判明している。


 階段の一段目に足をかける。

 膝が笑い、心臓の激しい鼓動も抑えられない。

 真っ白になりかけている思考に、ふと、思い浮かんだ光景があった。

 


 ――それは、一番最初に形になった魔法料冶をコウタのもとまで持っていったときのことだ。

 黄金色のスープだった。


 スプーンですくい上げると、まるで石けん玉のように丸く浮き上がる、不思議な食べ物。初めて目にする魔法料冶の姿に、エナは「信じてないわけじゃないけれど……本当に食べられるの?」と遠慮がちに聞いてきた。

 イスナも、正直に言うと不安で仕方なかった。

 けれど、何もできないままではいられなかったから、心の中で「お願いします!」と何度も祈りながら、そっと、コウタの唇に持っていった。


 スープは、まるで意志を持っていたかのようにコウタの口の中に滑り込む。そのまま、コウタは飲み込んでくれた。

 二口目、三口目……器の中が半分ほどとなり、不安と緊張で自分が倒れてしまうのではないかとイスナが思い始めたとき、おもむろに、コウタが「ふぅ……」と息を吐いた。


 そして、ゆっくりと目を開けたのだ。



 ――あのときわき上がってきた感情をどう言葉で表せばいいか、今でもわからない。

 確かに、まだ自分は魔法料冶を扱う者として半人前にもならないだろう。実際、コウタは目を覚ましたものの、まだベッドから満足に起き上がることができず、旅を再開するにはほど遠い体調なのだ。


 しかし、成果はあった。

 自分の努力で、彼の助けになることができた。


「胸を張りなさい」と師匠に言われたのを思い出すころには、イスナの足の震えはほとんど収まっていた。


「私のしてきたことは、間違いではなかったんです」


 声に出して。

 イスナは自分を奮い立たせた。



 ――イベント会場は、決して大きなものではない。

 だが、だからこそ集まった人間は皆、本気で熱狂的だ。

 湧き上がった声をまともに浴びる。

 全員がイスナを見ている。幾対いくついもの瞳がこちらを向いているのがわかる。


 イスナは立ち止まった。

 そして――自分でも驚いたことに――少しだけ微笑んで、観客に手を振り返した。


 ああ、私。こんなにも落ち着いてる。


 対戦相手を見る。三つ、四つ歳上の男性だった。

 イスナは、体内の魔力が沸き立ってくるのを感じた。


 小さく口の中でつぶやく。

「カミーノ様の弟子として恥ずかしくないように」

 ――また再び、コウタさんたちと旅ができるように。


 イスナは、相手に握手を求めた。

「よろしくお願いします!」



 ――そして。

『勝者! 赤、イスナ=ルヴィニ選手!』

 一回戦の勝者を告げるコールを聞いたとき、イスナは生まれて初めて「やったぁ!」と両拳を突き上げて喜びを爆発させた。





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