30.イスナの才能(3)


 孤児院の老婆は、カミーノと名乗った。

 イスナは彼女の手ほどきを受け、魔法料冶を習得することになった。


 ――練習の場所は、孤児院の隣に建てられた小さな小屋。

 普段はカミーノが使っているというだけあって、小さいながらも綺麗に整えられた調理場となっていた。

 こうして見る限りは、一般的な厨房と変わりはない。

 このときのために買い込んだ食材を並べる。いつもなら孤児院から出ることがない霊体の子どもたちも、興味深そうに集まっていた。


 イスナはやる気に満ちていた。

 ネガティブ思考になりがちで、自分に自信を持つことがなかなかできない彼女だが、料理は別だ。『風見堂の白女神』と呼ばれていることは、彼女の数少ない矜持きょうじだ。


「カミーノ様。準備ができました」

「よろしい。魔法料冶は大まかに言うと、調理技術と魔力操作の融合だ。まずは、好きな料理を作ってごらん」


 言われて、イスナは包丁を握った。まっさきに浮かんだのが、以前コウタに作ったお弁当のおかず。一番好評だった肉団子だ。

 具にする野菜を刻む。そこでカミーノから指示が飛んだ。


「そこでを通して」

「え、えっと……それはどういう……?」

「私は魔法料冶をするとき、包丁を動かしながら魔力で裁縫をするイメージでやっていた。魔力の通し方は何でもいいが、できるだけ具体的に、細かく操作できる方がいい。やってごらん」

「はい……!」


 勢い込んで返事をしたものの、料理をしながら魔力を通すイメージがぴんとこない。


 ……食材に魔法をかけるようにすればいいのでしょうか。


 イスナは集中力を上げ、回復魔法をかける要領で魔力を注ぎ込んだ。

 すると、せっかく刻んだ野菜が再び元の形に戻ってしまう。しかも、意識を魔法に集中させたせいで、指先を包丁で切ってしまった。

 調理中に指を切るなど、何年ぶりのことか。


「これでわかったかい? 魔法料冶は調理技術と魔力操作の融合……つまり、ふたつのことを同時に、かつ、相互に調整させつつ行わなければならないんだよ」

「こ、こんなに難しいなんて……」

「初めは誰でもそんなものだよ」

 カミーノが慰める。


「だが、時間的に余裕があるわけでもないんだろう。私も隣で補佐をするから、まずは調理しながら魔力を通すイメージを固めていこうか。何を作るかは、それからだよ」

「はい。頑張ります。お願いします!」

「ははは。そう肩肘張らなくてもいいよ。この子たちが心配するさ」


 気がつくと、周りには子どもたちの霊が揺れる瞳でイスナを見ていた。彼女のエプロンの裾をそっと握る子もいる。

 イスナは肩の力を抜いて、「ありがとう」と微笑んだ。

 カミーノがイスナの額の汗を拭った。


「これは私の持論だがね。魔法料冶は『気持ち』が大事さ。大丈夫、イスナならできるよ」



 ――それから数日間、イスナはカミーノの元へ通い詰めた。

 師匠や子どもたちは優しく励ましてくれるが、イスナは内心で焦燥を抱き始めていた。


 自分の数少ない特技である料理。

 なのに、まったく上手くいかない。

 生傷は増え、料理そのものを失敗することも増えた。成果が目に見えないまま作業を続けることは、精神をどんどん削っていく。

 調理を中断し、外の空気を吸いに出たのも一度や二度ではない。


 あるときは、たまたま別の人が魔法料冶を披露しているところを目撃し、その人と比べて自分のできなさ加減に意気消沈したことがある。

 オールデンは魔法料冶が盛んなのか、こうした風景を時々目にした。


 そんな風に気分が落ち込んだときには、決まって、コウタの顔を見に行った。

 まだ目を覚まさない彼を見ていると、昔を思い出すのだ。

 イスナが回復魔法を修めるようになった理由。


 かつて、親友のエナが無茶をして怪我をしてしまったとき、イスナは珍しく怒った。

 エナにも、そして自分にも、怒りを持ったのだ。

 あなたが前衛なら、私はあなたを癒す人間になる――そのとき、そう約束したのを覚えている。


 コウタの顔を見ていると、自分の存在意義を再確認できるような気がした。


 イスナは――投げ出さなかった。

 ひたすら愚直に。ネガティブ思考に支配されても、手だけは止めない。

 苦しむコウタのために、頑張る。

 それが、自らに課した約束を守ることにもなると信じて。




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