29.イスナの才能(2)
考え続けて
「……もうすぐ、エナたちが帰ってきますよね」
きっとお腹を空かせているだろう。
それに、コウタもずっと寝てばかりでほとんど食べていない。魔力の回復はできなくても、せめて胃腸に優しいものを一口でも食べさせてあげたい。
気分を切り換える意味も込め、イスナは厨房へと降りていった。
宿の主人に許可を取り、厨房を借りる。食材は自費でまかなった。
皆が元気になりますように――そんな思いを込めて、包丁をふるった。
――料理があらかた完成に近づいたときだ。
物音に気付いて勝手口を振り返ると、ボロ布をまとった小柄な老婆が、イスナの作った料理を盗み出そうとしていた。
待って下さい、と声をかけるなり、老婆は泡を食って逃げ出す。
だが、足腰が弱ってまともに走れない老婆と、まがりなりにも四ツ星の称号を持っているイスナとでは、身体能力に
ほどなく、追いついた。
「どうしてこんなことをするので――」
問い詰めようとした言葉が、途中で止まる。
老婆の目を見たのだ。
盗人にあるような、
何としてもこの料理を持ち帰らなければ――老婆の気持ちを、イスナはそう理解した。
イスナは肩の力を抜いた。自らの大きめのリボンを解き、老婆の手から
「さあ。冷めないうちに早く持っていきましょう」
柔らかい笑みで、彼女は言った。
イスナとて、盗みが悪いことだとわかっている。
けれど今、自分の無力さを噛みしめているときに、誰かの役に立てると思えるのは、イスナにとって救いであったのだ。
老婆はしばらく震えながらイスナを見つめ、やがて目尻に小さく涙粒を生んだ。
「ありがとう。お嬢さん」
――老婆に案内された先は、宿から少し離れた廃屋であった。
壁や天井には穴が空き、地面には雑草が生えている。
都市にぽっかりと空いた異空間のようだった。
当然ながら、誰もいない。
「あの……お婆さん。ここに、料理を届けたい人がいるのですか?」
恐る恐るたずねる。
老婆は広間の中央に立つと、床の上に丁寧に料理を並べた。
そして懐から古びた
イスナは驚きで口に手を当てた。
老婆の魔力が、イスナの料理に込められていく。食材が形を変え、色を変え、さらに光を放ち、まったく別のなにかへと変貌していく。
ものの数分で、ありふれた野菜料理が宝石を積み重ねたような美しい見た目になった。
驚きはこれだけで終わらない。
廃屋の天井や壁から、子どもたちの霊が何人も現れたのだ。
彼らは吸い寄せられるように料理皿に集まり、拳大の大きさに変化した『料理』を口に運んでいく。
霊たちは言葉を喋らない。けれど、皆とても嬉しそうだった。
「霊体が……
「お嬢さんは、『
老婆が説明してくれた。
魔法料冶――魔力と食材とをかけあわせ、新しい食べ物を創造する技術。料理ではなく
現在では、普通の調理では再現不可能な逸品を作るために使われる技術であるが、老婆はまったく違った使い方をしていた。
魔法料冶によってできあがった『食べ物』は、魔力を帯びているために、死んだ魂でも摂取することができるのだ。
元は孤児院だったこの廃屋で亡くなった子どもたちのために、老婆は魔法料冶で、彼らでも食べられるものを創っていたのである。
元来、魔法料冶は神や死者への聖なる
実力は確かにもかかわらず、老婆は周りから敬遠され、まともな生活を送れずにいた。盗みを働かざるを得なかったのも、そのため。
「お嬢さん」
呼びかけられ、イスナはハッとした。
「あんたの料理は心がこもっているねえ。あの子たちがこんなに喜んでくれるのは久しぶりだよ。魔法料冶はね、心がこもった材料を使えば、素晴らしい出来になるものなんだ。本当に、ありがとう」
老婆が皺だらけの顔を緩ませる。
子どもたちもまた、イスナの周りに集まり、手を振ったり、おじぎをしたりして、感謝と喜びの笑顔を向けてくれた。
――そのとき、イスナの全身に痺れが走った。
これだ、と思った。
老婆の手を握る。
「お婆さん。私に、魔法料冶を教えて下さい! お願いします!」
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