28.イスナの才能(1)
――コウタたちは、アラードラを発った。
目的がふたつ、できていた。
ひとつは、コウタの
イヴ=アルキオンという協力者を得て、「どうせなら最高の物を探す旅に出よう」ということになったのだ。
もうひとつは、学園生徒として各地の情報収集と交流を行うこと。
コウタの遠距離通信魔法で事情を聞いた学園長グレジャンが指示したものだ。
何事も経験、必要な人材は揃っているのだから、思う存分学んできなさい――と彼は笑みを交えて言った。
こうしてアラードラを出発した一行は、大街道を通り、次の都市オールデンに向かうことにした。
――異変は、目的地まであと少しという場所で起こった。
「……コウタさん?」
いつもは最後尾を歩くイスナが、怪訝そうに振り返った。
視線の先に、樹に寄りかかりながら浅い呼吸を繰り返すコウタがいる。彼の隣では、サラァサがへたり込んでいた。
イスナが駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと疲れただけ」
心なしか青白い顔に微笑みを浮かべて、コウタは答えた。
イスナの眉が心配の角度を描く。「疲れた」――コウタの口から初めて聞いた言葉だったからだ。
イスナは聖杖ヴァーリヤを掲げ、癒やしの魔法を施す。
どの程度効果があるかわからない。だが何もしないわけにはいかなかった。居ても立ってもいられなかったのだ。
ありったけの魔力を使ったつもりだったが、コウタの様子に変化はなかった。ありがとう、と礼を言われて、イスナは胸が締め付けられた。
その頃には、異変を察したエナとアトロも側に来ていた。
アトロがやや硬い声で訊く。
「よくわかっているとは思うが……身体の変調は正直に話して欲しい。パーティ全体の行動にかかわる。ましてや、君ほどの実力者の不調。気にするなと言う方が無理だ」
「はは……」
「笑いごとじゃないわよ。こっちは本気で心配してるんだから」
エナが肩を揺する。
仲間の様子を横目で見ながら、イスナはサラァサにも回復魔法をかけていた。こちらはより深刻なのか、さっきから一言も喋らない。
「サラァサさん。サラァサさん。大丈夫ですか?」
「……」
「サラァサさん。もしかして、これは」
――イスナには、ひとつ思い当たる原因があった。
かつて魔界に住んでいた高位サキュバスであるサラァサ。彼女がこの世界で安定して存在し続けるには、マスターであるコウタの力が不可欠だという。
サラァサとコウタの間には、単なる主従関係を越えた強い結びつきがあるのだろう。
だとしたら。
「あなたの魔力が、枯渇しかけているからでは……? そうなると、コウタさんの魔力も……」
「うるさいなあ……わかってるわよ、そんなこと……」
サラァサがかすれた声で言った。
「ただ……ね。私のせいで、マスターに負担がかかるのは……我慢できないのよ。私はべつに……どうなったって、構いやしないんだから……放っておいて……その代わり、マスターのこと……アンタたち……頼んだわよ」
「サラァサさん!」
サキュバスの身体が、ぐらりと傾く。
そして、コウタも。
主従は同時に意識を失って、倒れた。
――次の目的地、都市オールデンに到着するなり、エナたちは目に付いた宿屋へ直行した。
コウタとサラァサを寝かせ、息つく間もなく行動を始める。
エナは街中の医師や薬屋を回った。
アトロは長期滞在の手続きと、学園への報告を行った。
そしてイスナは――。
「……日が、暮れてきましたね」
コウタのベッド脇で、椅子に腰掛けたままつぶやく。
旅で付いた埃や泥を拭ったきり、出番がない。
コウタは、寝汗ひとつかかずに眠り続けていた。
まるで死んだように。
「……!」
急に不安になり、イスナはコウタの手を握り、さすった。彼の手が人の温かさを保っていることに安堵し、またじっと顔を見つめる。
そんなことを、何度も繰り返していた。
エナのような行動力や機転の良さは、自分にはない。
アトロのような調整能力も、自分にはない。
「コウタの側に付いてあげて」という仲間の言葉を、ただ愚直に守るだけだ。
うつむく。胸に手を当てる。
「私は……あのときから成長していないの……?」
脳裏には、真剣な表情で行動する仲間たちの姿が浮かんでいた。
あのとき――学園で弁当を作って、それを台無しにしてしまったあのときから。いや、もっと前。親友と約束をした、あのときから。
コウタのために。仲間のために。自分は、いったい何をしてきただろう。
何ができるのだろう。
イスナはひとり、悩み続けていた。
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