27.エナとイヴ(5)


 ――この精霊たちが住まう鍛冶場を、イヴは『スフィーリ鍛錬所』と名付けた。

 そして精霊たちとともに、イヴは一晩かけてアルキオン家の紋章入りブローチを創り上げた。


 屋敷に戻ると、彼女はブローチを証として、コッホに自らの意志を伝えた。

「私、あの精霊たちと働く。もちろんお父様の言いつけも守るわ」

 主の強く輝く瞳を見て、コッホはわずかに涙ぐんだ。

「ご立派になられましたな」

「いつも心配かけて、ごめんなさい。これからもいっぱい心配をかけると思うけれど……あなたには側にいて欲しい。爺や」

「はい。お任せ下さい。イヴお嬢様」

 わだかまりや不安が解け、イヴは生き生きとしていた。


「お父様にも近いうちに報告しないと。手紙よりは、直接話がしたいわ」

「それならば、ひと月後にアラードラにお越しになる予定がございます。そのときではいかがでしょう」

 コッホの言葉にうなずくイヴ。

「では、そのための準備を――」

「今から報告するのが良いと思うよ」

 コウタが提案した。イヴとコッホは顔を見合わせる。

「いえ、ですからお父様は一ヶ月後でないと」

「この部屋で話せばいいよ。嬉しい報告なんだし」

 にっこりと笑いながら、当たり前のように言うコウタ。イヴは「それってどういう意味?」と困惑している。


 コウタはエナを呼び、イヴと二人並んで椅子に腰掛けるよう頼んだ。そして彼女らの額にそっと手を当てる。微かに光を放つ彼の手を、イヴは疑念の混ざった目で見つめていたが、文句は言わなかった。

「お嬢様方……」

「大丈夫よ。コッホ」

 少しも動揺した様子のないエナに諭され、コッホも口をつぐむ。


 コウタは、を発動させるための下準備をしていたのだ。


 やがてコウタが数歩距離を取った。

 彼の両手の間に水晶玉のような魔力の結晶が生まれる。それを、そっとテーブルの上に置く。

 コウタは呼びかけた。


「聞こえますか。ヴィルゾフさん」

『……ああ。聞こえる』


「そ、その声……お父様!?」

 イヴが驚愕の言葉を漏らした直後――。

 魔力結晶から、壮年男性の姿が投影された。


 意志の強そうな目と凜々しい顔付きは、エナとイヴが見慣れた父のもの。状況が理解できず、二の句が継げないでいる娘に、アルキオン家当主ヴィルゾフ=アルキオン――その投影像はうなずいた。

『まさか本当に、我が娘たちと話ができようとは……コウタ=トランティア君。先ほどの君の話は、信じるほかないようだな』

「ありがとうございます。ではもうひとつ。こちらを」

 そう言って、コウタはイヴ謹製のブローチを手に取った。柔らかく魔力に包み、投影されたヴィルゾフに差し出す。少し躊躇ったのち、ヴィルゾフはブローチに手を伸ばす。


 確かに、受け取る。


「え……? 今、どうやったの……?」

 瞠目するイヴの前で、ヴィルゾフは小さく苦笑を漏らした。

『まったく。今日だけで数年分は驚いた気がするよ。ありがとう』

「いえ。ではここからは、ご家族で」

 そう言って、コウタは仲間を促し部屋を退出しようとする。


 慌ててイヴは振り返った。

「あのっ! 本当に、あなたはいったい……!?」

「僕は橋渡しをするだけ。夢をお父上にきちんと話せるのは、君しかいない」

 扉に手をかける。

「頑張って」



 ――投影像を映し出すリアルタイムの遠距離通信。空間を飛び越えた物の受け渡し。

 常識外れもはなはだしいこれらの魔法に、アトロは呆れていた。


「トランティア君。あのような魔法が表沙汰になったら大変なことになると思うのだが」

 するとコウタは「内緒でお願いします」と指を立てた。

「あまり目立ちたくないので」

「はぁ……まったく、どこからどう諭していいものやら」


 アトロは扉の方を見る。

 今頃、部屋の中ではイヴとヴィルゾフ親子がこれからのことについて話し合っているのだろう。

「……優秀な生徒が入学できないのは残念だがな」

「学園だけがすべてじゃないですよ」

「そうだな。イヴ君にとって、きっと、一番良い未来が待っているだろう」



 ――その後。

 イヴは父から正式に鍛冶士として修行する許可を得た。

 ヴィルゾフとしても、世にも珍しい精霊鉱山を手放すわけにはいかないと思ったのだろう。あるいは、本音では娘を応援したい気持ちもあったかもしれない。


 その代わりとして出された条件を、イヴは了承した。これまでどおり社交界との付き合いは続けること、コッホを家庭教師兼顧問役として受け入れること。

 そして――。


「コウタさん。先ほどお話したとおり、今後は私があなたの特殊専用品スペシャル造りをお手伝いします。あなたの残した魔法があれば、アラードラに居ながらにして物のやり取りができますので。これは父の――アルキオン家の総意でもあります」

 凜とした立ち姿で、イヴは言った。その顔は希望と高揚感にあふれている。初めて会ったときよりも、彼女は輝いて見えた。

 よろしく頼むね、とコウタは笑った。



 ――別荘を後にする際、イヴはエナを呼び止めた。

「お姉様。ごめんなさい。一緒に学園に通うことができなくなって」

「いいのよ。イヴが、イヴ自身で決めたことじゃない。お姉ちゃんは嬉しいわ」

 ウインクするエナ。


 すると、イヴが耳元でささやいた。

「……コウタさん。この世にあんな人がいるなんて思ってもみなかった。あの人なら私も許す」

「なんのこと?」

「早くお義兄にい様と呼ばせてねってこと」

「……。……イヴ!」

 あはは、と明るい笑顔を浮かべて、妹は思いっきり姉に抱きついた。

 


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