26.エナとイヴ(4)


 物音がして、イヴは顔を上げた。

 雑草をかきわけながら、二人の人物が現れる。イヴは目を見開いた。


「エナお姉様……。それに、コウタ……さん」

「こんばんは」


 コウタはいつもの調子で挨拶してくる。一方のエナは、心配そうな表情を浮かべていた。

「イヴ。ごめんね。コッホから、事情を聞いたの」

「そう、ですか。けどよくここがわかりましたね」

「コウタがここだって教えてくれたの」

 イヴはコウタを見た。彼は興味深そうに跡地を見て回っている。おかしな人だ、とイヴは眉をひそめた。


 エナが隣にやってくる。

「ねえイヴ。コウタの特殊専用品スペシャルを創るのを手伝ってもらえないかしら。あなたが鍛冶士を夢にしているのは知ってる。学園にはこだわらなくていいと思うの。だから、彼のために――」

「お姉様は、あの方をずいぶんと買っているんだね」

 じっとりとした視線を向ける。

「それに、ずいぶんと親しげ」

「そ、そうかな? そんなことないわ。えへへ」

「まんざらでもなさそう……」


 咳払いをして、エナは表情を改めた。

「私がコウタの力を信頼しているのは本当。イヴの辛さも、コウタなら理解してくれる」

 イヴはまばたきした。

 意外だったのだ。

 敬愛するエナが、ここまで誰かのことを、しかも同年代の男のことを信じるなんて。男子から頼られることはあっても、頼ることはないだろうとイヴは思っていたのに。


 あの人は、一体……。

 

 不意に――。

「ここは、凄い場所だよ」

 コウタはつぶやいた。

 その様子に、エナが悟る。

「何か、良いことを思いついたのね?」

「うん」

「あなたに、任せてもいい?」

「うん」

 再度うなずき、閉鎖された鉱山の入口前に立つ。


「お姉様。いったい、どういうこと?」

「静かに。彼なら大丈夫」

 妹の肩に手を置き、目を細めるエナ。信頼の眼差しを向ける姉に、イヴは面白くなさそうに頬を膨らませた。


 だが――その不満げな表情は、すぐに一変する。


 コウタの掌に魔力が集まる。闇夜に月が降りてきたような、澄み切った鋭い輝きだ。

 溢れた魔力が燐光となって、廃鉱山のあちこちに散っていく。朽ちた小屋、折れた柵、錆びた金床――。


「え……?」

 イヴが口に手を当てた。

「うそ」

 思わず漏れた、つぶやき。


 彼女は見た。

 廃鉱山のあちこちから、小さな人型の精霊が生まれていく様を。

 精霊たちはコウタの魔力を取り込み、大きくなっていく。赤、緑、青――彼らの身体は色とりどりの光を放つ。共通しているのは、優しさとたくましさを感じるところ。人を威圧するのではなく、受け入れ包み込むような光だ。

 精霊が、たったひとりの人間の力によって生まれる――それはイヴの常識を超越していた。


「ここは、精霊たちが住む鉱山だったんだよ。ここで働いていた人たちは、精霊と協力しながらものづくりを行っていたんだ。だから、イヴを虜にするほど美しいものができた」

「でも。それならどうして廃鉱に……」

「きっとこれのせいだよ――うん、ありがとう」

 ひとりの精霊から鉱石を受け取り、コウタは礼を言った。

 くすんだ灰褐色の石で、縦に大きくヒビが走っている。


「この石は精霊たちの力の源だった。精霊石と言っていいのかな。けど、鉱山を掘り進めるうちに、鉱石を傷つけてしまったんだね。普段はこんな風に目立たない石だから」

 コウタが石の上に手をかざす。すでに辺り一面を覆っていた魔力の燐光、その一部が鉱石に吸い込まれていく。

 水滴が蒸発するように、ヒビが消えた。石の中心で橙色の光が脈動する。


 復活した精霊石を受け取った精霊は、嬉しそうに鉱山の中へ消えていった。よく見れば、他の精霊たちの手にも、同じような石が握られている。


「石を元に戻せば、また以前のように活動できるよ」

「あの……ちょっと待ってください。ここにいる……精霊? ……の、方々が手にしている石は、まさかすべて、あなたが……? 今、たったこれだけの時間で……?」

「喜んでもらえてよかった」

 微笑みながら精霊たちの踊りを見つめ、コウタは言った。


 ぺたん、とイヴが尻餅をつく。

「こんなことって……あるの……?」

「ね。だから大丈夫だって言ったでしょ」

 隣でエナがウインクする。そして、小さく舌を出した。

「かく言う私も、初めてコウタの力を見たときは呆けちゃったけどね」

「姉様……あの方。コウタ=トランティアという方は……いったい、何者なのですか?」

 妹の問いかけに、姉は「私も、まだわからないわ」と苦笑した。

「けど、凄い人よ」


 イヴさん、とコウタに呼びかけられ、慌てて立ち上がる。いつの間にか彼の後ろには、精霊たちがずらりと並んでいた。

「あとは君の番だよ」

「私、の……?」

「彼らが君を手伝ってくれる。彼らと一緒に、夢を叶えてごらんよ」

 イヴは、鮮やかな光の群れを背にした青年に心を強く動かされる。


「今日からここが、君の職場だ。期待しているよ。鍛冶士イヴ=アルキオン」


 ――この光景を、イヴは生涯忘れることはないだろうと思った。



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