25.エナとイヴ(3)
――昼食の席。
アルキオン家の別荘で、大きな食卓を囲うコウタたちは、家主イヴの表情が朝からずっと晴れないことを気にしていた。
「そういえば」
空気を変えるためか、エナが努めて明るく言う。
「コウタはもう考えた?
「……特殊専用品? コウタさんが?」
うつむきがちだったイヴが初めて興味を示す。
エナが微笑んだ。
「そう。うちの学園で、四ツ星以上に与えられる専用装備。イヴは確か、そっちにも興味があったわよね」
「うん……!」
フォークを握る手に力を込めて、イヴがうなずく。彼女は熱く語り始めた。
「ひとりひとりの特性と能力に合わせ調整された逸品。その性能だけでなく、見た目にもすごくこだわってるのが、『これぞ職人芸』という感じで素敵だと思う!」
輝く目で天井を見上げる。
イスナ、サラァサ、アトロが呆気にとられるなか、コウタは穏やかに言った。
「イヴさんは、ものづくりが好きなんだね」
「はい! いつか学園で一番の特殊専用品をこの手で創り上げるのが、私の――」
そこまで口にして、言葉を切る。
イヴは静かにフォークを置いた。
「……イヴ?」
背中を撫でるように気遣わしげな声でエナが問うと、妹は微笑みを顔に貼り付けて立ち上がった。
「ごめんなさい。先に失礼させていただきます。皆様、どうか引き続き食事を楽しまれてください」
――イヴの自室。
綺麗に掃き清められた、何もない空間がそこにある。
少し前まで大事な宝物が――姉エナ=アルキオンの入学許可証の写しが収まっていた場所だ。
「……」
引き出しを、閉める。
鍵を、かける。
あわよくば、心に巣くった喪失感を閉じ込めてしまえればと思って――。
「……やっぱり、ダメよね」
イヴは自嘲した。
両肩が重かった。生まれて初めて味わう感覚だった。
――イヴには、ふたつの選択肢がある。
ひとつは、父の言葉に従い、進学の道を諦めること。
もうひとつは、自らの心のままに夢に向かって進むこと。
どちらも、喪うものがある。
前者は、夢。
後者は、師であり家族でもある老執事コッホ。
イヴは古参のメイドから聞いた話を思い出した。
もし――イヴが父の言いつけを無視したならば、彼女の教育係であるコッホにも責任が及ぶ。彼はイヴの専任を解かれ、もっと別の場所に行かされるだろう。もしかしたら、そのままアルキオン家から追い出されるかもしれない。
コッホを喪う。それは、イヴにとって夢を諦めるのと同じくらい辛いことだった。
椅子に腰を落とし、しばらくの間、ただうつむき続けた。
やがて顔を上げたイヴは、ぽつりとつぶやいた。
「せめて、もう一度……」
――イヴは夜中にこっそりと館を抜け出した。
魔法の光を灯すランタンを手に、北東へ向かう。
十分ほど走り、目的地に着いた。
そこは、小さな鉱山施設であった。今は閉鎖され、入口は柵で閉じられている。人の姿はない。小屋も無人で、荒れ放題だ。
ここは、イヴにとって夢のスタート地点だ。
小さい頃――まだ姉エナと四六時中一緒に過ごしていたときのこと。
イヴは鉱山で、生まれて初めて『ものづくり』の現場に立ち会った。
ただの鉄の塊が、熱を帯び、溶かされ、まったく別の美しい道具へと生まれ変わっていく様子を目の当たりにして、全身の血液が沸騰するほど興奮した。
魔力、知識、技術があれば、自分にもモノが創れると知ったときは、姉の袖を引っつかんで「すごいね! すごいね!」と連呼したことを覚えている。
それからは機会があれば技師たちと会い、知識や技術の教えを受けた。
彼らは、ものづくりのひとつの極致は『
いつか自分も、誰かのために、世界で唯一の品を創ってみたい。
そのために、大陸でも有数の名門メガロア高等魔法学園に入学したいと思うようになっていた。
ここ数年は、アルキオン家の娘としての勉強にかかりきりだったので、小道具のひとつ、久しく作っていなかったのだが――。
その間に、周りは変わってしまったのだ。
そして、自分も。
「……ああ、ダメだ。ここに来たら気持ちの整理ができると思ったけれど、全然だ……」
膝を抱える。
「一緒に行きたかったなあ……姉様……」
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