24.エナとイヴ(2)
――名家の別荘だけあって、内装は
応接間に集まる。
そこにいた老執事に気付いたエナが、顔をほころばせる。
「コッホ! 久しぶりね。元気そうでよかった」
「エナ様。お久しぶりでございます。このような老体にお気遣いいただき、恐縮です」
老執事コッホが美しく腰を折る。すでに高齢だが、身体は細く引き締まり、執事服を見事に着こなしている。
「生まれたときからコッホには世話になっているのよ。私が学園に入学してからはイヴ専属になったのだけど」
そこでコウタに向けて声を潜める。
「ああ見えて、ものすごく厳しい人でね。習い事のときなんか泣かされた時間の方が長かったんだから」
「聞こえておりますぞ」
鋭い眼光を向けられ、エナが
イヴがくすりと笑う。
「でも、そのおかげで私もいっぱしの淑女になれたのですから」
「イヴ様。口調が」
「……あ」
「あ、ではございません。姉君がお帰りになられて気が緩むお気持ちはわかりますが、あなた様は今やアラードラにおけるアルキオン家の顔なのです。いついかなるときでも、自覚をお持ちください」
「はい。ごめんなさい」
素直に謝る妹に、エナは目を細めた。
「あのお
――エナはコウタに昔語りをした。
子どもの頃から、エナやイヴの周りにはたくさんの
イヴに厳しく所作を教え込むコッホの姿をエナは見てきた。
そしてイヴも、コッホの指導には素直に耳を傾けた。
だからエナは安心して学園に来ることができた。
妹と老執事の間には確かな絆――愛情があると確信したから。
不安だったのは――。
自分が学園に入ったことで、イヴをアルキオンの家名に縛り付けてしまったのではないかということ。
そのせいで、彼女から恨まれてしまっているのではないかとエナは話した。
久しぶりに会うと決めたときどこか
「大丈夫。心配いらないよ」
コウタは言った。
「だって、エナの妹じゃないか。真っ直ぐな子だよ。きっと」
「ふふ。なにそれ。……でも、ありがとう。コウタ」
エナは肩の力を抜いて、微笑んだ。
――夕食までの時間。
コウタがエナと廊下を歩いていると。
「わっ!? な、何ですか突然!? あ、あなたはサラァサ……さん!?」
「はぁいイヴ。こんにちはー」
驚く妹と悪戯っぽく挨拶するサキュバスの声が聞こえてきた。
退屈だったんだな、とコウタはため息をついた。
エナが部屋に乗り込む。
「こらっ、サラァサ! 私の妹に何を――」
そこで言葉が止まる。
イヴが手にしたものに目が行ったのだ。
「イヴ。それは」
エナに指摘され、イヴは慌てて手にした紙を後ろ手に隠した。
サラァサがにやりと笑う。
「ははーん。さてはお姉様には見せられないような、お恥ずかしい絵でも描かれているのですかな?」
「ち、違うっ! 恥ずかしくなんてないもの!」
イヴの大きな声。
前のめりな姿勢。
動揺しムキになり、紅潮した顔。
これまでのイメージとは違うイヴに、サラァサは目を丸くして一歩下がる。
イヴは隠していた紙を勢いよく突き出した。今度はエナが目を丸くする。
「それ、私の。メガロア魔法学園入学許可証? イヴ、どうしてあなたがそれを」
「これは写しです。お姉様が合格されたそのときに、爺に無理を言って作ってもらった。これは……私の宝物であり、目標なの!」
「イヴ。あなたまさか」
「私、諦めてないんだよ。ぜったい、お姉様と一緒に学園に入学するって決めているんだ。やりたいことがあるから」
そう言って力強く拳を握る。
コウタは思った。
この別荘に来たときには見えなかった。これがイヴの素顔なのだ。やはり、姉妹は似ている。
微笑ましい気持ちになった。――と、イヴの視線がコウタに向いた。
「それに、私が入学すればエナお姉様にくっつく悪い虫も監視できるし」
「……ほほーん。ねえマスター。これってマスターが悪い虫って見られているってことよねえ。どうしてやろっかなあ?」
「いかに高位存在とは言え、こんな破廉恥サキュバスを従えている方に、お姉様を安心して任せられません」
ライトグリーンの瞳が強い光を放つ。
コウタは、思わず声に出して笑った。
馬鹿にされたと思ったのか、イヴは憤然と宣言した。
「私は絶対に、メガロアに行きますから!」
――その夜。
いつものように、イヴの自室へコッホが紅茶を持ってくる。
琥珀色の液体が、ティーポットの三角形の注ぎ口から流れ落ち、カップに収まると心地良い水音を立てる。
紅茶の色と香りと音を堪能するイヴ。
コッホは言った。
「先ほど旦那様から
ゆっくりと。
ゆっくりとイヴは、老執事に目を向けた。
「今、何て……?」
「お嬢様がメガロア高等魔法学園へ進学することは、叶いませんでした。今後も
「でも。私は……私はエナお姉様と。私の、やりたいことは……」
「イヴお嬢様」
老執事コッホは静かに、染み入るような声音で、諭した。
「私の命ある限り、お嬢様の幸せをお守り致します。ですからどうか、受け入れてくださいませ。これは、あなた様の運命なのですから」
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