21.アトロの本心を守るために(5)
――皆が寝静まった後、アトロは森に出るための準備を整えた。
今回、彼女はひとりで依頼をこなすつもりであった。
決闘の結果を見る限り、たとえコウタ自身が異変を解決したとしても、この村の男たちは信じようとしないだろう。何かにつけて言いがかりをつけてくるはずだ。
私がやるしかない――アトロは決意を固めていた。
「むにゃむにゃ。このような夜更けに、おひとりで行きなさるか」
「村長……」
いつの間にやってきたのか、ぽやんとした顔で村長が立っていた。
「むにゃ。ほんとに大丈夫ですかのう」
「心配無用です。私はこう見えても教師。夜行軍の知識がありますし、夜目にも自信がありますから」
「いや、そうではなく」
村長は言った。
「さっきからガクガク震えておるなあ、と。むにゃ」
アトロは明後日の方向を向いた。
「そ……んなコト……は。き、のせい、です」
「儂のとこで話を聞いてから、ずーっと真っ青なままですし」
「う……!」
「むにゃ。あなたさまは、もしかして」
村長が近づいてくる。
アトロはごくりと喉を鳴らした。
「お化けが苦手か?」
「………………は?」
予想外の問いかけにぽかんとする。
……なんだ。そのことを心配してくださったのか。びっくりした。
アトロは気を取り直し、ごほんと咳払いをする。
「子どもではないのですし、お化けより恐ろしいモノも知っています。今更苦手ということはありませんよ。身体が震えてたり顔色が悪かったりしたのは、その。少々緊張していた、それだけです」
「おお、そうじゃったか。むにゃ。すみませんでしたのう。あはは」
「ええ、そうなのです。ははは……」
「あ。後ろにフクロウが」
「ぴゃああああぁぁぁっ!?」
がばり――とその場にうずくまるアトロ。普段の彼女からは考えられない怯えよう。
ざざぁ……と風で
村長は、ぽんぽんと肩を叩いた。
「やはり、あなたさまはフクロウが苦手なのですなあ」
「ううっ……」
「本当に大丈夫ですかな。あなたさまに連れてきていただきたいこの村の守護獣――それは世にも美しい純白のフクロウなのですが」
アトロは涙目で唇を噛んだ。
そう――。
アトロはフクロウが大の苦手だった。
あのもっこりとした羽毛と
あれこそ悪夢――いや、この世の悪夢の権化ッ――!
――これほどまでにフクロウを恐れるのは、ひとえに幼少期のトラウマゆえ。
彼女の片親である魔物が、フクロウ型の魔物にそれはもう色々と酷い目に遭ってきたのだ。娘であるアトロも巻き添えになって。
以来、フクロウはアトロにとって恐怖の対象でしかない。
なのに。よりによって村の守護獣がフクロウで、それを連れてこなければならないと村長から聞かされたときには――正直、この世の終わりかと、運命は何と残酷なのかと、大げさではなく思った。
おかげで今になっても震えが止まらない。
――アトロがひとりで行こうとする理由には、「こんな醜態をコウタたちに見られたくない」という大人の見栄もあったのだ。
「もう一度、聞きますぞい。本当に行かれるのですな?」
村長の問いかけに、アトロは顔を上げた。
半分涙目ながら、彼女はうなずいた。
「私は……教師ですから……!」
――月光が木々の間から差し込む森。
枯葉を踏みつけ音、雑草をかきわける音。いずれも少々乱暴だ。
目線はしきりに上を警戒。
無意識に短剣の柄に伸びてしまう手を、何度も抑える。
小さな担当官アトロ=スクルータは、フクロウへの恐怖心を、教師としての使命感で必死に乗り越えようとしていた。
「良い先生なのですね」
「はい」
――大きな樹の枝のひとつ。
梢の影に隠れて、二人の人物がアトロを見ていた。
腕組みをしたコウタと――シャンテである。
コウタは彼女に頼まれて、この神聖な森の奥まで護衛していたのだ。
その目的は――。
「あの人になら、この子を安心して任せられます。きっと、この子も同じ気持ちでしょう」
そう言ってシャンテが手をかざす。
彼女の小さな手の甲に、ふわりと白い光が降りる。
村の守護獣――純白のフクロウ。
シャンテは、この親愛なる友人と最後の別れを済ませるために、この地にやってきたのだった。
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