20.アトロの本心を守るために(4)


 ――シャンテの行いは不問とする。花嫁衣装は修復ののち、彼女に返す。

 それが村の男たちの『判定』であった。


 アンドラスを始め、男たちのコウタを見る目は変わらなかった。

 むしろさらに険しく、敵愾心てきがいしん溢れるものになっていたのだ。


 コウタはエナたち女性陣から隔離され、村外れの物置小屋に毛布一枚とともに放り込まれた。

 この仕打ちに憤慨ふんがいしたのがエナとサラァサだ。

 女性陣は村人が用意した家に滞在することを断り、コウタがいる物置小屋に集まった。


 例によってコウタは言う。

「シャンテさんのことは何とかなったし、ここは雨風がしのげるから。僕は大丈夫」

「ああもう……あなたがそんなだから……!」

「マスターがゴーサインを出せば、すぐにでも全員の息の根を止めてくるのに……まったく、私という存在の無駄遣いですわ!」

 怒りの矛先をコウタに向ける少女二人をどう止めてよいかわからず、イスナはオロオロしていた。

 そしてふと、この場にひとり居ないことに気付く。

「……アトロ先生?」



 ――アトロはひとり、村を歩いていた。


 家の裏手で男たちがこそこそと話し込んでいる。

「森に入れず結婚式ができないのは、あのガキのせいだ」――アトロの長い耳が、彼らの会話を拾い上げた。


 アトロは彼らに歩み寄った。

「どういうことか、お聞かせ願えるか」

「あ……いや」

 自分よりも一回りも二回りも小さな少女に射すくめられ、男たちはうろたえた。

 しばらくして、男たちはたどたどしく答えた。


 この村において、結婚式は単なる祝賀ではなく、村の平穏を守るための儀式である。

 儀式を行わなければ、水害や火災などの災いが起こる。

 結婚式を開くためには、村の『守護獣』を連れてこなければならない。しかし最近、守護獣がむ森に異変があり、守護獣が姿を消していた――。


「――だから、あいつが悪いんだよ」


 村の男たちは、あろうことかその異変の原因をコウタだと決めつけているのだ。


「アンドラスのような強ぇ奴が、余所者のガキに一方的に負けるなんてあり得ねえ。何か良からぬ力を使ったに違いないんだ。だとしたら、森の異変もその力のせいなんじゃねえかって」

 

 言いがかり、である。

 

 生徒が誹謗中傷ひぼうちゅうしょうされるのを黙って見過ごすわけにはいかない。

 アトロは動いた。

 村長の家に突撃し、無体むたいな扱いを止めさせるよう直訴じきそしたのだ。



 ――通された部屋には二人の男がいた。老体の村長と、壮年の補佐役である。

 座っていると大福まんじゅうに見えるような、ぼんやりとした村長とはまったく対照的に、補佐役は濃い眉を鋭く傾けて、アトロをにらえている。

 口を開くのは、常に補佐役の方だった。


「アトロ、とかいったな。お前のような小娘が教師など、にわかには信じがたいが、それはまあ許そう。だが、お前が連れてきたあの男に関しては、客として迎えることを許可できん」

「なぜですか。そちらの風習に従い、きちんと結果を出した者をなぜ認めないのです」

「うるさい。あんなのは何かの間違いだ。あやしげな力を振るうあの男、きっと森の異変に関係しているに違いない」

「それは言いがかりです。たまたま訪れたこの地で、どうやって異変を引き起こすというのですか」

余所者よそもののお前にはわかるまい。結婚の儀式は、村の平穏にとって欠かせない神事。何百年も繰り返してきたんだ。それが突然できなくなるなんて、余所者の仕業しわざとしか考えられないだろう。それとも何か、お前にはこの異変を何とかできるというのか」

「それとこれとは話が違う。私は、私の生徒の尊厳を守るためにここにいる」

「なにが尊厳だ。子どものくせに」

 アトロは握り拳を作ったが、耐えた。


 ここで目の前の男を張り倒すのは造作ぞうさも無いことだが、それでは解決策にならない。

 守るべき存在に泥が飛ばないようにするのが、汚れ役の仕事なのだ。


 するとここで、ずっと黙ったままだった村長が口を開いた。


「あー、むにゃむにゃ。それでは代わりに、あなたさまが連れてきてくださいませんかのう。結婚式に必要な、大事な大事なものを」

「なっ……!? 長老、いきなり何を言っているんだ!」

「むにゃ。うちの若い衆がだーれもできんかったことをやってのけたのなら、すごいことじゃあ。思いっきり、もてなさねばなるまいてのう」

「長老……」

 傲慢ごうまんな補佐役も、村長には頭が上がらないのか、困り果てた顔をした。


 これぞ好機と、アトロは勢い込んでうなずいた。


「わかりました。このアトロ=スクルータの名にかけて、必ず成し遂げて見せましょう。そして見事したあかつきには、これまでの生徒に対する理不尽な扱いを改めて頂けますね?」

「ほほ。もちろんじゃてえ。わしから皆に言っておこうかのう」

「ありがとうございます」


 アトロは深く頭を下げた。

 生徒の尊厳は、私が守る――!


「むにゃ。で、肝心の連れてきてもらうものについてじゃが……」


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