18.アトロの本心を守るために(2)
「わあっ。先生、とても可愛いです!」
――
あとは長い耳がネックになっていたが、それもイスナが持っていた大きなリボンで事なきを得た。
静かに座っていれば本当に人形のような愛らしい姿になったアトロは、まんざらでもない表情でリボンを撫でていた。
――そして再び出発する。
賑やかに談笑する生徒たちの後ろ姿を見ながら、アトロは自問した。
「あの子たちに……トランティア君に……私は教師として、何ができる……?」
心にあるのは感謝の気持ち。
そして教師としての誇り。
「彼らの
――アラードラまであと少しとなった頃。
コウタたち一行は、街道脇で魔物に襲われていたひとりの女性を助けた。
幸い、強い魔物ではなかったため、助けた女性に怪我はなかった。
女性は、シャンテと名乗った。
ここからそう離れていない村の出身で、アラードラへ単身、徒歩で向かうところだったと言う。
エナが呆れたように「さすがにそれは無茶ですよ」と言うと、シャンテはうつむき、「でも、行かないと……」と言い
「あら? シャンテさん、荷物袋に傷が付いています」
イスナが気付いて声をかける。
するとシャンテは慌てて荷物の中身を確かめ、次いで顔を青ざめさせた。
「ああ……そんな。大事な花嫁衣装が……!」
「花嫁衣装!?」
エナとイスナ、サラァサが声を合わせる。
アトロも驚きの表情になる。
衣装は、草染めの鮮やかな糸で複雑に織り込まれた逸品であった。華やかでありながら、落ち着きもあり、どこか
何でも、シャンテの村で伝統的に受け継がれている技法らしく、
その大事な花嫁衣装の一部に、穴が空いていた。魔物との戦闘で傷付いてしまったのだ。
「これは……村に戻って修復しないと……でも……」
「送っていきます。これも何かの縁ですし」
コウタが当たり前のように提案する。
エナたちから異論は出なかった。
シャンテはしばらく悩んでいた。やがて「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
アトロは彼女の様子を、少し怪訝に思った。
暗いのだ。悲痛、と言ってもいい。
大事な花嫁衣装を損傷してしまったショックよりも、村に帰ることの方を苦痛と感じているように見えた。
ひとりでアラードラに行こうとしたことといい、何か訳ありなのだろう。
担当官として、この件に首を突っ込むことを許容するべきか――。
「……彼らは、むしろそうあるべきなのかもな」
主役は生徒。
教師は脇役だ。
もっとも――好き好んで脇役に甘んじようとしている困った生徒もいるわけだが。
いざとなれば、多少強引でも表舞台に引っ張ることが必要かもしれない。そう考えながら、アトロは一行の最後尾を歩き出した。
――街道から離れた森の奥に、シャンテの故郷はあった。
緑と水に囲まれた、のどかな村である。
だが、のどかなのは見た目だけだった。
「待て」
村の敷地に入ってすぐ、一行は屈強な男たちに囲まれた。
友好的とはほど遠い厳しい目つきで、コウタたちを睨む。
一番先頭の男が、破れた花嫁衣装を抱いたシャンテを見る。
「まずは、自分で戻ってきたことを褒めてやろう」
「アンドラス……」
「だが、それ以外は感心しないな。特に、
アンドラスと呼ばれた大男は、こめかみに青筋を浮かべていた。
「お前は俺のものだ」
シャンテは、猛獣に囲まれたウサギのように震えた。
そのとき、エナが前に出て
アンドラスは不愉快そうに目を細めたが、特に暴力を振るうことなく、「旅の女たち。シャンテを連れ帰ってくれたことに感謝する。狭いが、滞在場所も用意させよう」と、むしろ紳士的な態度で接してきた。
「だが――」
シャンテを背後に隠し、アンドラスはコウタを見下ろした。
「小僧。貴様は別だ。さっさとここから立ち去れ」
「なんでよ!」とエナが再び抗議の声を上げると、シャンテが弱々しい声でつぶやいた。
「この村では……男性は強さを示さなければ、女性と接することが許されていないのです……。特に、外の人間は」
そして、アンドラスの服の裾をつかむ。
「アンドラス。私が悪かったわ。だから、この子たちのことは許してあげて。お願い」
「シャンテよ。いくらお前の頼みでも、その願いを簡単に聞くことはできないぞ。俺の未来の妻が、村の掟を破った
「……っ!」
「ただでさえお前の立場は悪くなっている。もう大人しくしておくことだ」
「……けど。だけど……!」
「くどい!」
鋭い
そのとき、コウタがおもむろに口を開いた。
「強さを見せれば、いいんだね?」
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