15.クインテ=レーンスハイルとともに(4)


 ――コウタが動いた。

「結界を張ります」

 そう口にして数秒と経たず、彼の魔力がダンジョン内の隅々まで行き渡った。


 景色が、見渡す限りの荒野に変わる。

 壁や天井は消え去り、幾何学模様きかがくもようが浮かぶ、鈍色にびいろの、不可思議ふかしぎな空が現れる。


 コウタが創り出した結界は、学園が丸々収まるほど広かった。

 もはや、ひとつの小さな『異世界』。

 戦いのために設けられたフィールドである。


 そこまでしなければならなかったのは、ひとえに、敵がだったからだ。


 コウタたちの前に顕現けんげんした魔物。


 大地をえぐつかむ太い両脚、鋭い爪を持つ両手、長い首、流麗りゅうれいなラインの頭部、そして一対の翼。

 見上げるほどに、巨大。

 そしてまぶしい。

 全身をおおう鱗の一枚一枚が、まるで鍛えられた鋼板こうばんのように光を反射している。


 鋼翼幻龍インヴォカデオ――。

 魔界にまう巨龍きょりゅうである。


 相対する人間は、たった三人。


 学園長グレジャン=リーヴァ。

 威圧の女神クインテ=レーンスハイル。

 そして、星を持たない生徒コウタ=トランティア。


 幻龍が、首を持ち上げ息を吸う。

 それだけで地響きが鳴る。

 コウタたちにあぎとを向け――


 えた。

 大地の表面が、波動でこそげ取られた。


 咆哮ほうこうの波がコウタたちに到達する寸前、三人を柔らかな光の膜が包む。

 コウタの防御魔法によって、全員の耳と命が守られる。


 グレジャンが乱れた髪を押さえる。

「さて。誠に残念なことに、人生の中で五指ごしに入るクラスの大物なわけだが……親愛なるお転婆娘てんばむすめどの、やれるかね?」

「楽しそうだな、この腹黒男め。相変わらずで涙が出るほど嬉しいよ。その調子で後ろから奴をいじめてやれ」

「……だ、そうだ。我ら二人の役割は決まったよ」

 いつもの落ち着いた表情でコウタに報告する学園長。


 あの会話で前衛後衛の分担が決められるとは――コウタは目を丸くした。


 クインテが細緻さいちな装飾の施された羽ペンを取り出した。

 大事な書類に決裁けっさいのサインを書き込むための特別なペン。

 魔力を、通す。

 まだ――通す。さらに、もっと。


 太陽のような輝きを放つまで、魔力を込め続ける。

 幻龍が脅威を感じて、身構える。


 光が収まったとき、クインテの姿は戦女神へと変貌へんぼうしていた。

 ペンの羽部分が、純白の翼に。

 ペン先が、一振りの長剣に。


 聖羽せいうリオロピオ――。

 クインテの特殊専用品スペシャルである。


 彼女の隣で、グレジャンが同じく羽ペンを取り出した。

 目も眩む光を放ち現れたのは、長い飾り羽を頂部ちょうぶから垂らした長杖ちょうじょう


 聖杖インシグネ――。


 学園の生徒が見ればおののくほどの魔力を発する武具を手にし、クインテとグレジャンは振り返った。


を聞こう。コウタ=トランティア君」

 グレジャンは言った。


 君の指示――つまり、三人のリーダーはコウタだと言っているのだ。

 大陸有数の権威ある学園の長と、同じく大陸有数の規模を誇る大都市の副市長が。

 一介いっかいの生徒であるコウタに――。

 クインテは片眼をぱちりとつぶった。「他の者には内緒だ」と目が語っていた。


 コウタは短く息を吐いた。

 懐かしい感覚がした。


「僕は奴の能力を、この結界で制限します。お二人は全力で攻撃を。僕もできるだけ補佐します。ただ、奴の装甲は非常に硬い。カウンターに気をつけて」

 そして最後に、強い口調で付け加えた。


「死なないでください」

「承知した」


 ――戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた。



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