14.クインテ=レーンスハイルとともに(3)


 ――表敬訪問の最終日。

 クインテは生徒たちのダンジョン探索課題を視察した。


 天上人に見られているとあって、生徒たちは緊張しきりであった。

 彼らの様子を微笑ましそうに眺めるクインテ。どこかき物が落ちたような表情で、生徒たちをめる。

「頼もしい子たちだ」

 威圧の女神が、慈母の微笑みを浮かべている。

 そんな希少な瞬間に立ち会った生徒たちは、クインテ=レーンスハイルへの憧れをさらに強くするのであった。

 

 

 ――視察もそろそろ終わろうかというとき。

 側近が近づいてきて、クインテに何か耳打ちした。

 彼女は変わらず笑顔のまま聞いていたが、ほんの少しだけ、眉が動いた。

「リーヴァ学園長。少しよろしいか」

 ダンジョンの隅で、ツートップが密談を始める。


 パーティとしてダンジョン探索課題に参加していた一行は、コウタを除いて怪訝けげんそうにささやきあった。

「何かあったのかしら?」

「さあ……。あ。もしかしたら、組織のことで何か判明したのかもしれません。もともとは、そのご相談のために学園へいらっしゃったということですし」

「だとしてもさぁ。視察の途中にあんなコソコソ話するかしら? そうだ、ねえマスター。私、ちょっと行って盗み聞きしてこようか? 面白いことがわかるかも。くふふ」

「サラァサよ。悪いことは言わない。やめておけ。あのお二人相手なら、バレた瞬間消し飛ばされるぞ」

 アトロが、真面目な顔をさらに引き締めて忠告する。サラァサは口を尖らせた。



 ――結局。

 ダンジョン探索課題の視察は、そのまま終了時間を迎えた。

 ところがクインテとグレジャンは、二人だけで散策すると言い出した。

「とはいえ、連絡役は必要だろうね。コウタ=トランティア君! 君が来たまえ」

 周囲から奇異の目を向けられ、若干の居心地悪さを感じながら、コウタは学園長の呼び出しに応じた。

 当然のように付いてこようとするパーティメンバーに、「先に戻っていて」と告げる。


「なぁんでよぉマスター――、……?」

 言葉を切り、サラァサが匂いを嗅ぐ仕草をする。

 すぐに彼女は目を大きく見開き、主を見る。

 そういうことだから、とコウタは言う。

「後は頼んだよ」

「……え? ちょ……マスター、これホントのホント? ヤバイんじゃない?」

「トランティア君。こっちは大丈夫だから、行ってきなさい。気をつけて」

 同じく何かに気付いたアトロが、サラァサたちを引っ張って校舎に戻る。

 コウタは理解ある担当官に頭を下げた。



 ――散策の先は敷地内の緑豊かな水辺……ではなかった。

 ダンジョンの中である。


 迷うことなく歩を進めた先で、ひとりの黒尽くめの男に出会う。

 彼に向かって、鷹揚おうようにクインテは言った。

 

「ようこそ。我が盟友めいゆうのお膝元ひざもとへ」

 

 黒ずくめの男は――動揺していた。

 彼の足下には、巨大で細密さいみつな魔法陣が描かれている。

 一日で完成するものではない。ダンジョンにこもり、時間をかけて創り上げたものに違いなかった。


「なぜ。ここがわかった」

「さあ。なぜだろうな。だが、遅かれ早かれ、私をおびき寄せるつもりだったのだろう? 手間が少ない方が私は好きだ」

「相変わらず、かんにさわる女だ……」

 黒ずくめは憎々にくにくしげにつぶやいた。


 この男――クインテが追う犯罪組織の一員であった。


「まあいい。クインテ=レーンスハイル。貴様に二度目の絶望を味わわせてやる。そのために、俺はここで泥水すすって生きてきたのだ」

 クインテの視線が鋭くなる。

「ということは、やはり。その魔法陣、私の娘を殺した奴を呼び出すつもりだな」

しかり! だが今度はあのときのような中途半端なものではない。完全体をび出す! 私の命を使ってな! 貴様の泣き叫ぶ顔をこの目で見られないのが唯一の心残りだ」

「私がなぜ、こうして乗り込んできたか、わかるか?」

 クインテの声音が、一気にすごみを増した。

「この手で、娘のかたきを取るためだ。それこそが私の、最後の心残り。それを今日、晴らさせてもらう」


 黒尽くめはうめく。

「わずか三人で、よくもそのような大言たいげんを……! 人間ごときがかなう相手と思うたか。貴様らは終わりなのだよ」

「ではさっさとやってくれないかね」

 グレジャンがいつもの口調で言った。

「追い詰めた結果、召喚魔法を暴走させられては、こちらの対応も難しくなるのでね。それよりか、ちゃんと相手がわかって、せーので相手ができるほうがありがたい」

「ど……っこまでもっ……馬鹿にしおってぇえぇっ!」


 激昂げっこうした黒尽くめが、文字通り命を燃やして魔法陣を起動させる。

「後悔するがいいッ!」

 絶叫を残し、黒尽くめが魔力の光となって消滅する。


 ダンジョンが崩壊してしまうのでは、と思うほどの震動が起こる。

 敵が――魔界から召喚される。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る