11.アトロ=スクルータを助ける(3)


 ――職員室に戻ったアトロは、新しい鎧姿でディスと対峙した。

 隣にはコウタとイスナ、それから話を聞いて駆け付けたエナの姿がある。


 アトロは頭を下げた。

「私は、もう大丈夫です。ですからこれからも、どうかよろしくお願いします」

 言葉通り、彼女の身体から魔力が暴走する気配はない。

 

 一方。目論見もくろみが外れ、勝利の確信が崩れたディスは激しく動揺していた。

「い、いくら魔力の暴走を抑えたとしても、あなたが魔人であることは事実。学園の平穏のため、辞めてもらうしかありませんな! そうでしょう、先生方!」

 ディスの言葉に周囲の教師たちは戸惑い、顔を見合わせる。

 エナ、イスナが悔しそうに歯噛はがみする。

 アトロは頭を下げ続けていた。横顔に、ふと、寂しそうな笑みが浮かんだ。

 口元が言葉を紡ぐ――やはり許されないのだな、と。


 そのとき、職員室に痩身そうしんの男が入ってきた。室内に独特の緊張が走る。

 メガロア高等魔法学園の学園長、グレジャン=リーヴァだ。

 彼はいつものように静かな面持ちで、居並ぶ教師たちに問いかける。

「なにやら、騒がしいですね」

「おお! これは学園長! 実はですね――」


 いさんで報告しようとしたディスより先に、コウタが学園長の前に進み出た。

 ふところから紙束を取り出し、差し出す。

 コウタの後ろでは、魔法で姿を消したサラァサが、ディスに冷たい微笑みを向けていた。

 紙を手に取った学園長は、コウタやアトロたちに視線を巡らせた。彼は、姿を消しているサラァサにも目を向けた――ような気がした。

「これは?」

「読んでください。アトロ先生のために」

「ふむ」

 静かに目を通し始める。


 ディスが苛立って、間に割り込んできた。

「ええい邪魔だ、トランティア。貴様のような落ちこぼれの生徒は、さっさと教室に帰れ。それでですね、学園ちょ――」

 ディスが言葉を切る。

 学園長が、はっきりと眉をひそめていたのだ。


「ディス先生。これはどういうことですかな?」


 紙面を示す。

 そこには、備品をおろしている商人とディスとのが、恐ろしいほど詳細に記されていた。

 ディスの顔が凍り付く。

「あ、や……それは。なにかの、なにかの間違いですぞ! はは、ははは……。おいトランティア! 貴様、どういうつもりだ――ッ!?」

 コウタに振り下ろそうとした手を、学園長が掴む。ディスは顔をゆがめた。ほそうでからは想像もできない膂力りょりょくだったのだ。


「ディス先生。実は何日か前から、あなたに関する告発が私のもとに上げられていたのですよ。自らが担当する生徒のパーティを有利にするため、装備品を横流ししていたと」

「そん、な……ことは……」

「残念ですが、先生とはこれでお別れのようですね」

 学園長が宣告する。

 ディスはがっくりと膝を突き、アトロたちは事の成り行きを呆然と見つめていた。


 学園長とコウタの視線が交わる。

 面白い生徒だ、君は――そう言い残し、学園長は部屋を出て行った。



 ――数日後。

 いつものように四人で弁当を囲み、エナたちが担当官について議論をしていると。


「美味しそうだな」

 アトロが現れた。イスナが驚く。

「先生。もう大丈夫なのですか? その、色々と身の回りのことが大変なようでしたけど……」

「ああ。まったく大変だった。ようやく一息付けたんだ」

 アトロは苦笑する。嬉しい悲鳴を上げているような、そんな顔だった。


 騒動の後、アトロの人気は急上昇していた。あの鎧先生が、実はこんなに小さくて可憐な少女だと生徒たちに広まったからだ。

 以降、彼女のもとには「担当官になってください」という懇願こんがんが毎日届くようになったという。

「頼ってもらえるのは、教師として嬉しいことだよ。できるだけ叶えてやりたいが、まあ、私の身体はひとつだから、そうもいかない。おっと、それは」

 広げられた教師の資料に気付き、アトロがうなずいた。

「君たちがパーティを組むのか。なるほど。素晴らしく優秀な一隊になりそうだ」

「ありがとうございます。それで、担当官になってくださる方を探していて。でもなかなか、コウタも含めて認めてくれる先生がいらっしゃらなくて……」

「そうか。なら、私がなろう」


 え!?――エナとイスナが驚く。

 対して、コウタはのんびりとおにぎりを食べていた。

 あまりに反応が異なるためか、アトロはくすりと笑う。


「実はな。さっき学園長に許可を頂いたところだ。驚かせてやろうと思って来たんだが……ふふ。トランティア君にはお見通しだったようだな」

「そうなの!?」

 エナに詰め寄られ、コウタはおにぎりをくわえたまま首を傾げた。


 憂いの晴れた表情で、アトロは言った。

「今日より君たちの担当官となったアトロ=スクルータだ。共に頑張ろう」



 ――学園長室。

 中庭でたわむれるコウタたちを、学園長はじっと見つめていた。

 口元がわずかに、柔らかく、緩んでいる。


「コウタ=トランティア。思わぬ才能が入学したものだ。これから先が楽しみだよ」



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