9.アトロ=スクルータを助ける(1)


 メガロア高等魔法学園では、ダンジョン探索課題をこなす際、生徒数人でパーティを組むのが基本だ。

 学園の外に出て活動するような場合は、さらに『担当官』と呼ばれる教師を顧問こもんとして登録し、その許可を得なければならない。

 逆に言えば、担当官が付かないような未熟なパーティは、学外での活動ができないようになっているのだ。


 そして生徒は、どの教師に担当官になってもらいたいか、希望を出すことが許されている。もちろん、担当官を引き受けるかどうかは教師の裁量になっているが。


 

 ――ある日。

 コウタ、エナ、イスナ、サラァサの四人で、昼の弁当を囲んでいたときである。

 

「担当官を探しましょう」

 エナがそう切り出した。


「私たちは、まだ正式にパーティと認められていない。これじゃあ、お昼休みにただ集まって雑談してるだけだわ」

「それもいいと思いますけど……」

「いーえ。現状に満足しちゃいけないのよ。特にコウタ! あなたが一番、担当官が必要よ。一目いちもく置かれるってことなんだから」

 

 はしを加えながら、僕? と首を傾げるコウタ。


「ふぅん。珍しく意見が合ったわねえ」

 サラァサが笑う。

「マスターには、もっと華々しい舞台が似合ってるわ」

「でしょ? だからここ数日、いろいろ先生をピックアップしてみたの。これ見て」


 エナが書類の束を示す。星付きの生徒が入手できる教師の簡易プロフィールだ。

 女子たちが顔を突き合わせ、あーでもない、こーでもないと言っている横で、コウタは実に美味そうに弁当を食べていた。


「うわお。この男、悪そうなツラしてるわねえ」

「あなたでもわかる?」

「そりゃあサキュバスですもの。男を見る目はあるつもりよん」

「ディス先生、ですか。確かに、あまり良い噂は聞きませんね……」


 小太りの男教師の絵を見て、珍しくイスナまでも否定的な意見を言う。


 書類の山から、一枚の紙がコウタの元に飛んでくる。

 中身を見て、アトロ先生だ、とコウタはつぶやいた。

 肩越しに絵を見たサラァサが、微妙な顔をする。


「うわぁお……これが教師? というか、人間?」


 書類には、全身を青色の甲冑かっちゅうで包んだ人物が描かれていた。

 頭の天辺てっぺんから爪先まで鉄の鎧におおわれ、顔どころか肌も一切見えない。


 学園教師アトロ=スクルータ。

 別名、『鎧先生』。

 誰も鎧の中身を見たことがないという、謎多き教師である。



 ――夜遅くになっても、職員室の灯りは消えない。

 中では、アトロが甲冑姿で課題の採点をしていた。

 それが終わると、今度はランタンを持って敷地内のダンジョンに潜る。


 課題のために潜った生徒たちが、不慮の事故に遭わないよう、ダンジョンを点検して回っているのだ。


 崩落、陥没の危険はないか。

 強力な魔物が現れる予兆はないか。

 どのルートであれば、もっとも生徒の実力を磨くことができるか。


 兜の奥で、目を光らせる。

 アトロは教師としてこの学園に赴任ふにんしてから、一日も欠かさず点検を続けていた。

 その姿勢は同僚の教師から高く評価されている。


「問題なしだな」


 フルフェイスの兜を着けているため、くぐもって聞き取りにくい声だ。しかも喋り方が平淡で、いつもクールな態度を取っているため、サラァサでなくても「もしかして学園長が作ったゴーレムじゃないか」と疑っている生徒は多い。


 だが、中身は誰よりも熱心で生徒思いの教師である。

 、アトロは甲冑をのだ。

 アトロには、『鎧先生』で居続けなければならない理由がある。



 ――ダンジョンの入口近くで、鎧先生の背中を見る影がある。

 コウタとサラァサだった。


「相変わらず、頑張ってる人間を放っておくことができないのね。うちのマスターは」

「首尾はどうだった?」

「あん、もう。この私がマスターの指示にそむくわけがないですわ。ばっちりです」

 サラァサの目があやしく光る。

「そう、わよ。どうします? 先に手を打っておきますか? 私なら、一晩で廃人にしてご覧に入れますよ」

 コウタは無言だったが、サラァサは主の意図を理解して微笑んだ。

「嫉妬深くてストーカー気質……ふふ、私にとってはぎよしやすいことこの上ない獲物ですが……まあ、マスターならそんなことはしないでしょうね。もうちょっと、様子を見ましょ」


 コウタとサラァサは、夜の闇に消えた。



 ――サラァサが『御しやすいことこの上ない獲物』と評した男。

 それは悪評高い教師ディスであった。


 彼は、アトロを目の敵にしている。

 あんなふざけた格好をしているのに、ディスよりも学園長に評価され、生徒にも慕われているからだ。

 嫉妬である。


 この男、数日前にから思わぬ情報を得ていた。


 アトロ=スクルータの鎧にはがあり、もし、鎧が損傷したり欠落したりすれば、学園を出て行く契約になっている、というものだ。


 ちょうど、五ツ星や四ツ星の生徒が参加する任務がある。

 そこで奴の鎧を引っぺがしてやろう。

 星付きならば、証人として十分だし――なに、多少の危険があっても彼ら彼女らなら上手く切り抜けるだろう。

 要は、アトロ=スクルータさえ何とかすればよいのだから。


 憎き相手の背中を見ながら、ディスは準備を進めていった。

 

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