5.ふたつの孤独を助ける(2)


 サラァサの手に、紫紺しこんの鎌が現れる。


 魔鎌まれんラペートル。


 豊満な肢体したいをなでるように、滑らかに、なまめかしく、鎌を回転させる。ラペートルの刃から漏れる毒々しい魔力が、空間に半透明の軌跡きせきを描く。


『消えたくなければ、戦え! そして、私をたおしてみろ!』

 

 サラァサが迫る。

 力任せの横薙よこなぎを、コウタはガードした。左腕に鋭い痛み。二人の魔力が間で弾ける。

 追撃。

 右から。左から。

 器用に鎌を回転させて、大上段だいじょうだんから。

 薙ぐ。引っかける。刺す。叩き付ける。


 サラァサの顔が間近に迫る。

『お前たちに協力したのが間違いだった。――間違いだったのよ。確かに、ひたむきな生徒たちを相手にするのは、楽しかったわ。強大な敵を演じながら、ぎりぎりまで殺さない――戦うたびに強くなるあの子たちの魔力は、純粋で、美味しかった。お互いにとって利があった。確かに、そういう時代があった。だけど』

 突き放す。


『お前たちは――平気で忘れる! 残酷に、!』


 膝を突いた状態から、コウタは立ち上がった。

 ここまですべての攻撃を受け切っている。


 コウタは理解した。

 彼女は、ここに捨てられたのだ。

 かつては人間に協力的だったのだろう。それなのに、次第に敵役として固定され、自由が奪われた。いっそたおされて楽になろうとしても、自分を殺せるだけの生徒は出てこない。

 そして忘れ去られた。


 何百年と耐えてきた孤独に押し潰され、制御を失った彼女の魔力は、この空間を越えて、外の世界にまで影響を及ぼそうとしているのだ。

 

 サラァサの血の涙は、とどまることなく流れ続けていた。

『お前も――アンタも、同じなんでしょう!? だったらいっそ――』

 ラペートルが魔法陣を作る。

 闇の炎が収斂しゅうれんし、空間を震わせる、巨大なエネルギー球となる。


『私と出会った記憶もろとも、消えてなくなってしまえぇぇっ!』


 上級殲滅魔法【噎び泣く悪夢エフィアルティス】――。 

 超特大の魔力砲が、コウタに向かって放たれる。


 初めて、コウタが構えを取った。

 サラァサと同じ、無詠唱の魔法。掲げた右手から放った白い光球こうきゅうは、サラァサの魔力砲を真正面から受け止めた。

 

 拮抗きっこう――する。


 上級魔法のぶつかり合い。

 削り取った金属片のように、魔力が四方に美しく散る。

 その中には、サラァサの苦悩の叫びも混ざっていた。

 苦しい。寂しい。彼女の何百年か分の思いが、魔力砲に乗って、コウタにぶつけられてくる。

 ただの人間ならば、その思念だけでも狂ってしまうほどのもの――なのに、ただ静かに、いっそ慈愛じあいすら感じられる瞳で、コウタはサラァサの力を受け止める。

 悲鳴に似た苦悶くもんの叫びのなかに、ふと、かすかに正気を取り戻した彼女の声が聞こえた。


 アンタは、一体何者なの?

 どうして、私をここまでかまってくれるの?


 コウタはただ、彼女の声を受け止め続けた。


 

 ――空間が負荷に耐えきれず、砕け散る寸前。

 魔力砲の嵐は去った。


 ほぼすべての魔力を使い果たしたサラァサが、コウタに抱きついている。

 子どものように震えながら。

『もう消えたい……』

 彼女は涙ながらにつぶやいた。

 美しい肢体が、輝きを増す。

 最後の魔力が、サラァサの身体を命を燃やそうとしている。

『けど。このまま消えるのは、寂しい……!』


 コウタは、艶やかな髪をゆっくりと撫でた。

 そして、幾重もの想いを込めて、言った。


「つらかったね」



 ――サラァサの魔力が、感情とともに爆発する。

 コウタはすべてを受け止め、優しく包み込み、千々に散ったサラァサの魔力を彼女の元へ還した。

 彼女が死ななくて良いように。自由を手にできるように。

 彼女の封印をひとつひとつ解除しながら、頭を撫で、背中を叩き、嗚咽を漏らすサラァサに胸を貸した。


 彼女が落ち着くまで、コウタはずっとそうしていた。



 ――ダンジョンの異変は完全に収まった。

 地上に戻ったコウタは、少しだけ困った顔で背後を振り返る。


 そこには、満面の笑みを浮かべたサラァサが宙に浮かんでいた。

 封印が解けたためか、彼女の髪色は金色から碧銀へきぎんに変わっていた。

 もう自由なんだからどこに行ってもいいんだよ、と言うと、サラァサは真顔で答えた。


 「私の封印を解いてくれたのはあなただから。マスター。それに、高位の魔物が文字通り命をけてやぶれたんだもの。勝者に付き従うのは当然のことわりよ」


 漆黒のマントをつまみ、サラァサはかしずいた。


「私の名はサラァサ。マスター・コウタの忠実なる下僕しもべ。何なりとご命令を」


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