4.ふたつの孤独を助ける(1) 


 メガロア高等魔法学園に入学したコウタは、実に目立たない生徒であった。

 成績はちょうど真ん中。

 難しい課題も、やさしい課題も、すべて平均点を取った。


 クラスも肩書きも、人気の度合いも違うため、エナやイスナとはなかなか会うことができなかった。


 そんな中――。


 コウタのクラスのとあるパーティが、ダンジョン探索課題で失敗し、ほぼ壊滅状態で戻ってきた。

 難易度の低いダンジョンだったため、クラスメイトは彼らを馬鹿にした。

 コウタは、彼らを馬鹿にしなかった。


 

 ――療養中の講義資料を、医務室まで持っていったときのことである。

 

「わざわざ届けてくれたのか。すまんな、トランティア」

「コウタでいいよ」

「クラスの連中は、もう俺たちに近づきたくないみたいだ……。お前ぐらいだよ。物好きなのは」

 リーダーの少年は、そう言って寂しそうに隣のベッドを見た。

 医務室には他にも三人のパーティメンバーが眠っていた。皆、心を痛めてなかなかベッドから起き上がれないでいる。


「確かに俺たちは落ちこぼれだ。クラスの中でも最底辺だってわかってる。でもだからこそ、仲間と一緒に少しでも高みを目指そうって決めた。できないことが多いほうが、できたときの嬉しさをたくさん味わえるってことだからな」

「すごく良い考え方だと思う」

「だろ? だから今度の課題も、難易度低かろうがちゃんと準備してのぞんだ。そのつもりだった。けど……」

 リーダーはそこで口をつぐんだ。


「あのとき……俺たちが潜ったとき、ダンジョンの難易度が異様に上がっていたんだ。魔物が凄まじく強くなっていた。でも、先生は『調べても異常はなかった』と言っていた。クラスの連中も俺たちの話を信じてくれなかった。なあコウタ。俺たち、嘘は言ってないんだ。お前だけでも、気をつけてくれ……」

 コウタはうなずいた。

 彼は、リーダーの言葉を信じたのだ。


 

 ――学園の敷地内にある地下ダンジョン。

 コウタはひとりでここを訪れた。

 講義の演習でも使われる場所である。魔物も、力の弱い個体がひっそりと生息しているだけだ。

 本来であれば。


 入口から感じた限りでは、異変はない。


 探索を始めて二十分ほど。

 コウタは、何の変哲へんてつもない岩壁いわかべの前で立ち止まった。

 一瞬だけ、魔界特有のにごった魔力が染み出したことに気付いたのだ。


 手をかざす。

 魔力の波長を合わせると、岩壁がぐにゃりとゆがみ、真っ黒な空間が姿を現した。

 濃い魔力が流れ出す。

 別のダンジョンの最奥部か、それとも本当に魔界の一部か――何かの拍子に繋がってしまったのだ。

 

 もし魔界の者が相手なら。

 学園の生徒が、かなうはずはない。どんなに高レベルであっても。


 コウタはためらうことなく、黒い空間の中へ入った。


 

 ――無限とも思える漆黒の回廊。

 そこを抜けると、広い空間に出た。

 中央に、異変の元凶がいた。


 闇の炎に周囲を守られた、美しいサキュバス。

 まばゆい金色のツインテールが、らすようにゆったりと波打っている。

 あかりの乏しい空間で、彼女の身体は、はっきりと見てわかるほどに白く浮かび上がっていた。

 豊満な裸体を、その肌の柔らかさを強調するように、申し訳程度の布でおおっているだけだったのだ。

 それは秘部ひぶを隠すためというより、秘部へいざなうためのもの。

 妖艶ようえん

 禍々しい魔力の圧が、ただの人間を狂わせる。


『我が名はサラァサ……。お前は……誰だ』


 高ランクの魔物からの誰何すいか

 それだけで戦意を喪失させるだけの力がある。

 だがコウタは、彼女の声音と放たれる魔力に違和感を覚えた。


 闇の炎が押し寄せてくる。

 コウタは、耐えた。


『なぜだ……なぜ、戦わない……』

 炎嵐えんらんの合間から、コウタはじっとサラァサの顔を見つめる。

『なぜだ……なぜ、私に恐れを向けない。なぜ、私に欲望を向けない。そうしなければ、お前たちを滅ぼしてしまうというのに』

 サラァサは容赦なく魔力をぶつけてくる。

 ただ、それだけだ。


 どのくらいの時間、耐えただろう。

 次第に、変化は訪れる。


『なぜ……いつものように……私に剣を向けない、の? なぜ、たおさないの? 私は何度だって、のに……』

 サラァサの口調が変化していく。

 ツインテールの毛先が揺れる。

 空間が、音を立ててひび割れていく。


、こうしてきたのに。何百年も、のに』


 彼女の赤い目から、血の涙が流れた。


『もう私に……期待を……希望を……持たせないでっ!』


 これが――ダンジョンの異変の元凶だとコウタは悟った。

 百年を超える時間をここで過ごすしかなかった彼女の自我が、ついに、崩壊のときを迎えたのだ。


 放っておけば、サラァサは自滅する。

 ダンジョンの異変も静まるだろう。

 だがコウタは、彼女を死なせたくなかった。

 

 気の遠くなる期間を孤独に過ごすこと。

 その恐怖。

 その苦痛。

 その絶望。


 ぜんぶ、コウタは知っていたから。


 コウタは、自らにかけていたリミッターのひとつを、解いた。

 

 ――さあおいで、サラァサ。お前の苦痛をすべて僕に吐き出すんだ。




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