2.イスナ=ルヴィニを助ける(1)


 エナとの出逢いがきっかけとなり、コウタはメガロア高等魔法学園に興味を持った。

 彼は、学園があるという街に向かった。


 

 ――ウェールの街。

 中心部を流れる広い川と、その支流で囲まれた広大な土地。

 すべてメガロア高等魔法学園の敷地だという。

 

 川の外側を歩いていると、ほとりに人だかりを見た。

 野次馬に話を聞くと、これから女生徒がひとり、『課題』をこなすのだという。

 その課題とは、大地の魔法で橋をけること。

 

 ほとりにたたずむ生徒の名はイスナ=ルヴィニ。


 ロングの黒髪が、川を走る風に乗って時折ふわりとたなびく。まるで絹布けんぷのような滑らかさ。

 もとはおっとりと垂れ目がちな眼差しは、今は鋭く川を見据えている。

 決意のためか、ぎゅっと握りしめた右拳を左胸に当てて息を整えている。上下する胸は、思わず目が引き寄せられるほど豊かだ。

 清楚可憐せいそかれんを絵に描いたような少女――なのだが、額に巻いた紅白はちまきと、ちょっと大きすぎるんじゃないかと思える髪留めが異彩を放っている。

 服装のバランスには、無頓着むとんちゃくな子なのだ。


 この人だかりは、彼女の人気の高さゆえであった。


 イスナは、教師から杖を受け取った。

 深呼吸を数回。まなじりを決し、魔法を発動させる。

 

 ――が。


 直後、イスナや野次馬たちを巻き込んで、広範囲で地滑りが起こった。

 魔法が失敗したのだ。

 コウタも足を取られて、川に落ちる。


 沸き起こるパニック――。


 水面、二メートルほどの高さにイスナが風魔法で浮き上がる。

 スカートの中が見えるのも構わず、必死な顔で「大丈夫ですか、皆さん!?」と呼びかけながら、風魔法で引き上げていく。

 ものの数分で、大人数を岸まで運び終えると、イスナはひとりひとり怪我の様子を確かめて回った。


「本当にごめんなさい。私のせいで……」

 お互いぐしょ濡れの状態で、イスナがコウタの様子をみる。

 コウタは、気にしなくていいよ、と苦笑した。すぐ後ろでイスナに熱視線を向ける少年に気付くと、「彼を先にみてあげて」とコウタは促した。


 彼女が少年をみている間、コウタは残った野次馬の手当を手伝った。

 イスナがまだ声をかけていない男の中に、ふたりほど、大きな怪我を負った者がいた。

 だが、コウタが手をかざすと傷口は完璧に治癒した。

 驚く男子生徒に、コウタは「しーっ」と指を立てた。



 ――イスナは、課題失敗を教師から責められた。

 少し離れたところから、コウタはその様子を見ていた。

「――まったく。特殊専用品(スペシヤル)まで所持している四ツ星のあなたが、このような醜態をさらしてしまうとは」

「申し訳ありません……」

「このままでは、星の降格も覚悟して貰わなければなりませんよ」

「……! そう、ですよね……申し訳ありません……」

 うつむきながら、ただひたすらに謝る彼女。


 コウタは顎(あご)に手を当て考えた。

 確かに大きな失敗ではある。

 だが、あれほど風魔法を見事に操る彼女が犯すものだろうか。


 痛々しいほど沈鬱ちんうつなイスナの表情と――彼女が持つ『杖』。

 それらを記憶に刻み、コウタはその場を後にした。



 ――その後、街中でイスナとばったり出会った。

 彼女はコウタのことを覚えていた。手当を手伝ってくれたのはコウタだけだったのだ。


「あなたは、お優しいんですね」

 真っ直ぐな目でそう言うイスナに、コウタはただ控え目に笑った。

 イスナは、それを『謙遜』と見たようだ。


 もじもじと両手をお腹の前でこすり合わせる。

 目立たないようにするためか、それとも無自覚なのか、学園のアイドルとしてはとても地味な、上下茶色の私服を着ている。背中に負ぶった杖に美しい装飾が施されているため、余計にイスナの野暮ったさが際立っている。

 こうしていると、田舎の村娘が、初めて訪れる都会での買い物におろおろしているようにしか見えない。

 髪留めは川で見たときのものと違っていた。これも大きすぎて、微妙にずれている。

 コウタは髪留めを直してあげた。


 イスナは何かを決意したようだ。

「あの。あなたの人柄を信頼して、お願いがあるんですけれど……! 聞いていただくことは、できます……か……?」

 もっと上手く言いたい!――そんな心の声が聞こえてきそうだった。

 コウタは快く承諾した。

 花が咲く笑顔というのは、このときのイスナをいうのだろうと彼は思った。


 イスナの願いは、懇意にしている魔法使いのところまで一緒に付いてきて欲しいというものだった。最近、彼女愛用の杖の調子があまり良くないため、魔法使いに見てもらうのだそうだ。

「今……自分に自信が持てなくて。ひとりだと、『万が一、お前にこの杖を使う資格はないと言われたらどうしよう』って、そんな暗い考えばかり浮かんでしまうのです……」

「わかった。側にいるよ」

「あ、ありがとうございます!」

「うん。ところで、その杖。何て言う名前なんだい?」

 イスナは首を傾げながら、素直に答える。

「ヴァーリヤといいます。四ツ星フォースター以上の生徒に与えられる、特殊専用品スペシャルです。あの、それが何か?」

「いや、前にも立派な武器を持っている子がいたなと思って。それじゃあ行こうか」

 コウタが言うと、彼女は微笑んだ。



 ――その後、聖杖ヴァーリヤを見た魔法使いは、少し預からせて欲しいと言ってきた。何か、よくない呪いがかけられている疑いがあるのだと言う。

「ただ……解呪は難しいかもしれぬ。最悪のことは覚悟しておいて欲しい」

「……はい。よろしく、お願いします」

 

 打ちひしがれるイスナの背中を、コウタは静かに見つめていた。



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