C …… 崖下の足音

◆C …… 崖下の足音


(間に合わない)

 こちらに向かって手を伸ばす男を見ながら、セリーヌは冷静にそう考えていた。

 既に、足は地面を離れ、体は空中に投げ出されている。今更どう足掻こうとも、落下は避けられない。

(落ちる)

 思う間もなく、全身に強烈な衝撃が走った。思考が途切れ、意識が混濁する。

 一時、全ての感覚が麻痺したのか、最初こそ何も感じなかった。だが、時間が経過するに従って、激しい痛みがセリーヌを襲った。

 墜落の余韻ではっきりとしない意識の中でも尚、その痛みは無視できないものだった。立ち上がるどころか、腕を、足を、満足に動かすことすらままならない。この様子では、骨も何箇所か折れているに違いない。

(これは……駄目かもしれない)

 ダニエルの小屋を飛び出した時点で、死ぬ覚悟はできていた。それにしても、こんな形で最期を迎えようとは、想像もしていなかった。

 こうして思考を巡らせるだけの余裕が残っているのが、逆に恨めしい。下手をすれば、崖の下で身動きできないまま、数日は生き延びてしまうかもしれない。

(せめて、落下の衝撃で意識を失って、そのまま目が覚めなければ)

 苦しむことなく、楽に死ねたのに。そう思わずにはいられなかった。

(最後の最後まで、運が悪い)

 振り返れば、昔からそうだった。物事が、セリーヌの思い通りに運んだ試しなど、ただの一度もありはしない。見えない糸で操られては踊らされる人形のように、セリーヌは運命に翻弄され続けてきた。

(……まあ、拷問で死ぬよりは、良かったかな)

 萎れかけた心を励ますように、良かった探しを始めてみるが、やはり無理があった。何の慰めにもなりはしない。何もかも馬鹿馬鹿しくなって、セリーヌは少しだけ笑った。

 ふと、遠くから、誰かの足音が聞こえた気がした。

(幻聴?)

 予想は、呆気なく裏切られる。草を踏み締める音は、ゆっくりと、しかし確実に、近付いてくる。

(もう、誰でもいい。煮るなり焼くなり、好きにして)

 セリーヌは、首を動かすのも面倒で、眼だけを動かして、音のする方向を見た。

 霞み行く視界の中を、白い色が揺れていた。

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