B …… 裏切の密談

◆B …… 裏切の密談


「そろそろ……しちゃって、いいんじゃない」

 その日、セリアが部屋から漏れ聞こえてくる話し声を聞いたのは、全くの偶然だった。気にはなったが、盗み聞くのは悪趣味だと思い、早々に立ち去ろうと足を速める。

「後悔しないだろうな? 処刑した人間は、二度と戻らんぞ」

 直後、物騒な単語が耳に飛び込んできた。セリアは慌てて、扉の隙間に頬を当て、中を覗く。

 騎士団長――テオドールとリュシーが、扉正面にある、大きなソファに深々と座り、互いの身体を絡ませていた。テオドールは、いつもの重鎧を身に着けていなかった。上半身は裸で、引き締まった胸筋、腹筋が露になっていた。

「後悔なんて……するわけもないわ」

 テオドールの肩に撓垂れ掛かり、胸板に指を這わせながら、リュシーは吐き捨てるように言った。

「最近、セリアを見ているとね、セリーヌを思い出すの」

「セリーヌ……ああ、一年前にお前が魔女と告発した」

 その会話を聞いて、セリアは危うく声を上げそうになった。リュシーは、セリーヌが魔女として教会に捕まった時、セリーヌへの不審から、心無い誰かが告発をしたのだろうと、他人事のように言っていた。辛いだろうが、気落ちしたりしないようにと、セリアを励ます言葉すらかけていた。そのリュシーが、セリーヌを告発した張本人……?

「あの告発以来、セリアの口数は少なくなり、仕事にも精彩を欠くようになった。まるで、セリーヌが帰って来たみたいで、見ていて気分が悪くなるわ。折角、陰気で鬱陶しいセリーヌを追い出したのに、これじゃあ元の木阿弥じゃない」

「この世でたった一人の肉親を失ったのだ、無理もない」

 それは普通なら、労りの言葉。だがテオドールはその言葉を、サディスティックな笑みを浮かべながら口にする。

「全く。物事、上手くいかないものね」

 リュシーも釣られて、薄らと笑った。

「では、セリアを魔女として告発する準備に入る。問題はないのだな」

 最終確認のつもりなのだろう。テオドールは、念を押すように言った。

「雑用担当が一人もいなくなるのが、問題と言えば問題かしら。何にしても、未練はこれっぽっちもないから、なるべく早くお願いね。……元々、あの双子は財産相続の条件として押し付けられたお荷物に過ぎない。追い出せる正当な理由があるのなら、すぐにだって追い出したかったんだから」

 一言一言が鋭い刃となり、心を抉る。セリアは、目の前が暗くなっていくのを感じた。

「それに」

 リュシーは上唇をぺろりと舐め、両腕を伸ばす。その指先は胸から首へ伝い、テオドールの顎をそっと撫でる。

「この屋敷に、邪魔者はいらない。あなただけが、いればいい……」

 妖婦の微笑を湛えながら、リュシーはテオドールの唇に吸い付く。それに応えるように、テオドールはリュシーを抱き寄せ、舌を絡ませた。


 寝衣に着替え、セリアはベッドにうつ伏せになっていた。

(……もう、どうしていいのか、わからないよ)

 普段は寝付きのいいセリアだったが、今夜ばかりは眠れそうもなかった。

 顔を上げ、開かれたままの三面鏡を見る。枕は涙で濡れていて、目は兎みたいに赤くなっている。

 と、部屋の扉を叩く音がした。セリアは飛び起きて、ベッドの上に座る。

 セリアの返事も待たないまま、扉は開かれた。そこに立っていたのは、テオドールだった。

「な、何でしょうか」

 あんな遣り取りを聞いてしまった後だからだろう、声も心持引き攣ってしまう。

「扉の隙間から、私とリュシーの話を盗み聞いていただろう」

「えっ、それは、あのっ……」

 思わぬ指摘に、セリアは一瞬、慌てふためく。どう答えるべきか考えあぐねている間に、テオドールは先を続けた。

「これでも騎士団長だ。甘く見てもらっては困る。戦場では、常に気配に敏感でいなければ生き残れない」

 テオドールは目敏くも、あの時、扉から覗くセリアの存在に気付いていたらしい。

「はい、聞きました……」

 セリアは観念して、項垂れるしかなかった。

「会話の内容、全部か」

 テオドールが聞く。セリアは黙って頷いた。

「それならば、話は早い。私は……そうだな、明日の朝にでも、お前を魔女として告発するつもりでいる」

 話しながら、テオドールは後手で扉を閉めた。

「しかし、薄汚い牢獄に放り込まれ、拷問の果てに凄惨な死を迎えるのは、お前とて本意ではあるまい」

 そして、ベッドへと近付くと、セリアの横に座る。

「そこで、一つ提案がある」

「提案、とは?」

「私の妾になれ。そうすれば、私がリュシーを説得して、魔女としての告発を止めてやろう」

「め、妾……?」

 唐突で、突拍子もない話だった。テオドールは、目を白黒させるセリアの肩を、強引に抱き寄せる。

「勿論、専用の屋敷も用意してやる。誰にも邪魔されない、お前だけの隠れ家だ」

 専用の屋敷。そこに住めば、事ある毎に、リュシーに小言を言われることもないだろう。

「これは、復讐でもある。お前は今日まで散々、リュシーから理不尽な仕打ちを受けてきた。私は、そのリュシーより多額の、金銭の援助を約束する。お前は、同じ妾の立場でありながら、リュシーよりも裕福で、贅沢な暮らしができる」

 金銭の援助。それを受ければ、生活に困窮して、苦しむこともないだろう。

「見下される側が一転、見下す側に立つというのは、なかなかに面白いものだぞ?」

 テオドールはセリアの肩を抱いたまま、背中からベッドに倒れ込んだ。上半身を起こして、両手で、セリアの頬を、首を愛撫する。

 提案を断れば魔女として告発する。そう脅迫を受けている以上、反抗は死も同然だった。

(……それでも、私は)

 首を撫でていた手が下へ向かう。寝衣の上から胸を弄ばれる。セリアは寒気がして、固く目を瞑った。

(とうさま、かあさま、セリーヌ。私に、勇気を分けて下さい)

 セリアは一度、深呼吸する。恐怖に怯え、折れそうな心を、落ち着かせ、奮い立たせる。

「……嫌!」

 叫んで、力一杯、テオドールを振り払う。

「うおっ」

 セリアの胸に夢中になり、両手が塞がっていたテオドールは、不様にもベッドから転がり落ちる。

「……自分がどういうことをしたか、わかっているのか」

 テオドールは、床に打ちつけた頭を擦りながら立ち上がり、セリアを睨みつけた。

「わかっています。妾の話は……お断り、します」

 震える声に、強い意志を込め、セリアは宣言した。

 テオドールの言う通りにする以外、選択の余地はないのかもしれない……僅かでも、そう考えてしまった自分を恥じる。

 騎士団長の権力を使い、テオドールはセリーヌを告発した。リュシーが依頼したとは言え、紛れもなく、テオドールはセリーヌの仇なのだ。そんな人間に、媚びて、諂って、抱かれて……そうまでして、生きていくなんて、御免だった。

(私は、私に恥じないように、生きる。向こうに行った時、堂々と胸を張って、みんなに会えるように。そして、セリアはよく頑張った、そう言ってもらえるように)

 セリアは立ち上がり、凛とした表情でテオドールを見つめる。その瞳に、もう迷いはなかった。

「一度だけ聞いてやろう。私の提案を蹴るということはつまり、魔女として告発を受けることを意味する。本当に、それで良いのだろうな?」

「はい」

 考量時間は不要と言わんばかりの、即答だった。

「……ふん、私の妾になるくらいなら、死んだ方が良いか。それはそれは、殊勝な心掛けだ」

 相当にプライドを傷つけられたらしい。テオドールは不愉快そうに顔を歪めた。だが、すぐに気を取り直し、残酷な笑みを浮かべる。

「それでは、強情な魔女の為に、騎士団長である私が直々に、過酷な拷問をオーダーしておいてやろう。そうだな……指を一本一本折ってから、金槌で叩き潰すのが良いか。暖炉で熱した火掻き棒を、×××に突っ込んで掻き回すのが良いか。何れにせよ、楽に死ねるとは思わんことだ」

 捨て台詞を残して、テオドールはセリアに背を向け、部屋を出て行く。乱暴に扉が閉められると同時、緊張の糸が切れて、セリアはその場に膝をついた。

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