■第三幕 『収束』

A …… 魔女の値段

◆A …… 魔女の値段


 セリーヌがダニエルの元を去ってから、半年後。

 ダニエルは久々に、情報屋……オディロンを訪ねていた。

 簡素なパーティションがテーブルを仕切る、寂れた酒場の片隅で、ダニエルとオディロンは向かい合って座る。

「何でもいい。魔女について、知っている情報があれば教えて欲しい」

 ダニエルは、単刀直入に切り出す。

 ダニエルとしては、あの日以来、セリーヌの消息が気がかりで仕方がなかった。果たして彼女は、教会に捕まっているのか、捕まっていないのか……それだけでも知っておきたかった。

 だが、オディロンに魔女との接触を、過去に魔女を匿っていた事実を、悟られるわけにはいかない。だから、こうして魔女全体にまで範囲を広げた、遠回しな質問をせざるを得なかった。

(こんな的を外した質問で、俺の求める情報が得られるとは思えないが……)

 それでも、何もしないよりは良いだろう、と思った。

「魔女、ねえ」

 オディロンはグラスを傾けると、ウイスキーを一口だけ飲む。

「今、魔女について聞いてくるなんて……旦那も、例の噂、聞いたんでしょう?」

「例の噂、とは?」

 ダニエルが問い返すと、オディロンはにたりと笑んだ。

「またまた、惚けないでいいですよ。近い内に、逃亡中の魔女の情報を提供した者、捕まえた者には、城から褒賞金を出すとの法律が成立する、という噂です。真偽こそ不明ですが、現在、情報屋界隈はその話で持ち切りです。噂が真実であれば、これからは、魔女関連の情報が値上がりする。それに伴い、世間の魔女への風当たりも一層厳しくなる。命からがら逃げ延びて、国内に隠れ住んでいる魔女どもは、戦々恐々としているでしょうなあ」

 オディロンは何が可笑しいのか、くっくっと笑う。

(褒賞金だと? もし本当であるならば、馬鹿な話だ……)

 ダニエルは嘆息した。褒賞金制度が導入されようものなら、疑心暗鬼に拍車がかかり、密告合戦はいよいよ泥沼の様相を呈する。魔女などという世迷言で、どれだけ世間を騒がせ、民衆を苦しめようというのだろう。

 しかし、オディロンがあらぬ誤解をしてくれたのは好都合だった。自分は城に忠実であるとのアピールも兼ねて、ダニエルは話を合わせておくことにした。

「ふうむ。流石に、何もかもお見通しと言うわけか。その通り、魔女関連の情報は高騰する可能性がある。真偽不明の今こそ、それを安価で入手する絶好の機会。拾い集めておいて損はない。それに、今までに捕まった魔女の名前……支援組織……潜伏地域……そういった情報を把握しておけば、国内潜伏中の魔女の、今後の動向を探る一助になるだろう」

 ダニエルは褒賞金目当てを装い、必死になって理由をこじつけた。どう考えても、魔女の名前は魔女を探す指針にはならなそうである。

 が、オディロンはそれなりに納得したらしい。話を聞きながら、満足そうに何度も頷いた。

「情報を生業にしている以上は、当然の推察です。それにしても、情報の先物買いとは、旦那もなかなかどうして、やり手ですねえ。どうやら、私は旦那に対する認識を改める必要がありそうだ」

「独活の大木、という認識を、か?」

「いえいえ、滅相もない。……しかし、なるほど、旦那ほどの腕っ節があれば、騎士団の手を煩わせるまでもない。魔女の単独での捕縛も難しくないでしょう」

 オディロンは、価値はあるか、と小さく呟いてから、店員を呼び、ボトルを一本、追加で注文した。

「……今日は私が奢ります。飲みながら、ゆっくりと話をしましょう」

 それから二人は、随分と長い時間、話し込んだ。酒場の前で別れる頃には、時刻は深夜を回っていた。


 ダニエルとオディロンの会話から、半年後。

 オディロンは久々に、木こり……ダニエルを訪ねていた。

 微かに残る人の歩いた跡を頼りに、道なき道を、四苦八苦しながら進む。

 数日前、オディロンはふとした話の流れから、臨時で、盗品取引の仲介人を引き受ける羽目になってしまった。

 こんなものは本来、賊の仕事で、情報屋の領分ではないのだが、オディロンと懇意にしている山賊頭――クリストフからの直々の依頼である。立場上、断るわけにはいかなかった。

 言うまでもなく、危険が伴う仕事であり、一人では不安があった。情報屋のつてを頼り、適当な護衛を回してもらうことも考えたが、彼等はオディロンと同種の人間。つまりは狡猾で、容赦がない。口利き料金、護衛料金を吹っ掛けられた挙句、足が出ないとも限らない。

 悩んだ末、オディロンの頭に浮かんだのが、ダニエルだった。ダニエルなら、安値で護衛の依頼を引き受けてくれるかもしれないと思った。

 森に住んでいる、と聞いただけで、ダニエルの住居がどこにあるのかまでは知らなかったが、情報屋のオディロンにとって、その程度、調査するのは造作もないことだった。

 長い道のりにオディロンの足が棒になりかけた頃、ようやく、開けた場所に出た。遠くに、ダニエルの住居らしい小屋が見えてくる。

(何だ、あれは?)

 小屋に近付いて、オディロンは目を見張った。小屋の裏側、川の近くを、ダニエルと少女が並んで歩いていた。

 オディロンは反射的に、小屋の陰に身を隠し、様子を窺う。

(もしや、魔女か……? それとも……) 

 少女の正体を見極めようと、オディロンが二人を注視した、その時、少女がダニエルの服の裾を引いた。二人は突然立ち止まり、周囲を見回す。明らかに、何かを警戒するような素振りだった。

 その、挙動不審な振舞いを目の当たりにして、オディロンは確信する。

(間違いない、あの娘は魔女だ。ダニエルは、魔女を匿っている……!)

 降って湧いた幸運に、思わずほくそ笑む。

(魔女の情報を集めていたのは、魔女を狩る為ではない。守る為だったというわけか……思えば、辺鄙な場所にひっそりと建つ小屋は、騎士団の目を欺くには御誂え向きだ。良家の子息、令嬢が、事故、或いは謀略で、魔女の認定を受けることもままある。ダニエルはそういった富裕層を対象に、褒賞金以上の、法外な金額を条件として、逃がし屋を請け負っているのだろう)

 オディロンは、誤った推論を頭の中で組み立てて、一人納得した。

 善意から、無償で魔女を助ける。ハイリスク・ノーリターンのそんな愚行、オディロンの想像の埒外だった。世界は利害関係と損得勘定で動いている。オディロンはそう、信じて疑わない。

(残念ながら、護衛の話はご破算のようだが……何、褒賞金が手に入れば、護衛料金ぐらい何とでもなる。よし……森から出るその足で、騎士団詰所に向かうとしよう)

 そうと決まれば、長居などしてはいられない。オディロンは気付かれないよう、細心の注意を払いながら、小屋から離れ、その場を立ち去った。

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