幕間二 『未来の記録』
■幕間二 『未来の記録』
「年のせいか、近頃は二人とも、体調が思わしくなくてね」
老店主は、眼鏡の位置を直しながら言った。横に立つその妻が、そうなのよ、と相槌を打つ。
「一旦店を閉めて、療養を兼ねて、知り合いの医師がいる近くの町まで、羽を伸ばしに行こうと思っている」
「ここのお店が閉まっちゃうと、寂しくなります」
と、セリア。老夫婦が切り盛りするその店は、セリーヌとセリアの、行きつけの店だった。
店主曰く、都市部を始めとした各地域にコネクションを持っており、独自の流通ルートを確保しているらしい。品数豊富なのが最大の魅力で、二人は生活用品、雑貨などの殆どを、ここで揃えていた。
「そんな顔しないでおくれよ、今生の別れってわけでもないんだから」
セリアを励ますように、妻がにこやかに笑う。
「そういうことだ。なあに、この店はわしらの生き甲斐。目の黒い内は、営業を続けるつもりよ。体調が回復次第、すぐに戻ってくる。その時まで、二人も元気で、な?」
老店主は、若者のように親指を立てて見せた。そして、サービスだ、と言って、いくつもの商品を二人に持たせてくれる。
「はい。一日も早いご快癒をお祈りしています。私から見ても、お二人とも、まだまだ若くて元気です。だから、絶対に、すぐ復帰できます。ね、セリーヌ?」
セリアは振り向くと、セリーヌに話を振る。魔女の異能により、セリーヌの時間が止まったのは、その直後だった。
セピア色の世界。
激しい風雨と雷鳴の中。店は、廃墟同然の、無惨な姿を晒していた。
看板は根元から折れて、道端に転がっていた。天井からは雨が漏り、商品を乗せる台は水浸しだった。水溜りだらけの湿った床を、鼠が我が物顔で這い回っていた。
老夫婦が、一年後も元気で、健在でいるのならば。例え、二度と店に立つことが叶わなかったとしても、愛着のある店を、野晒しのまま放置してはおかないだろう。
つまりは、この店の惨状が、老夫婦の未来に対する、残酷なる答えだった。
(もう、いい。もう、見たくない……)
そう願っても、主体を失ったセリーヌには、何もできない。目を逸らすことも、閉じることもできない。
いつ訪れるとも知れない終わりの時を待ちながら、映像を見続ける以外、選択肢はなかった。
セリーヌは声を出せない。老夫婦もそれを知っていて、自然に受け入れてくれている。だから、セリーヌは頷くだけで良かった。セリアの言葉を、笑顔で肯定するだけで良かった。
だが、それだけのことが、できなかった。上手い嘘がつけるほど、セリーヌは大人ではない。涙を堪えて、無表情を装うだけで精一杯だった。
「……セリーヌ?」
セリアが問いかけたが、セリーヌは身じろぎ一つしなかった。老夫婦も、どうかしたのかと、心配そうにセリーヌを見る。
セリアは、その場を何とか取り繕い、話を切り上げた。少々重苦しい空気を残したまま、二人は店を後にした。
「セリーヌ、さっき、どうして頷いてくれなかったの? 何だか、くらーい雰囲気になっちゃったじゃない」
店から屋敷までの帰り道を歩きながら、セリアはセリーヌの頬をぷにぷにと突付く。それでも、セリーヌは無反応だった。
「言いたくないなら、それでもいいけど……いくら双子だって、言葉で伝えてくれないと、わからないことだってあるんだからね」
セリアはちょっと拗ねたように、唇を尖らせる。セリーヌは俯いて、考えてから、ペンを手に取り、手持ちの用紙に文字を書いた。
『この世に 絶対なんてありえない 絶対なんて 軽々しく言ったら駄目』
「えっ……うん。わかった」
その台詞は、セリアには予想外だったらしい。目を瞬かせてから、どこか納得行かなそうな面持ちで頷く。
(絶対なんて、認めない。運命なんて、認めない。最初から、何もかも全部決まっているなんて……何の為に生きているのか、わからなくなるもの)
何故だか、無性に悔しく、悲しかった。セリーヌは、道端の小石を爪先で蹴飛ばした。
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