十六 …… 十月六日、昼

◆十六 …… 十月六日、昼


 ダニエルは地図を片手に、国境へと向かっていた。目的は勿論、見張り小屋の偵察である。

 少女には、仕事に行く、とだけ言って出てきた。今朝の、謎の視線の一件もある。見張り小屋を偵察に行くなどと言えば、また、余計な心配の種を増やしてしまうことになる。

(そろそろ、国境監視員に見付かってもおかしくない区域に入るな)

 ダニエルは、広げた地図を睨み、気を引き締めた。自分の気配を殺すと同時に、周囲の気配を見逃すまいと、神経を尖らせる。

 なるべく、人の通らない、見付かり難いだろうルートを選択したつもりだったが、それが功を奏するかはわからない。こればかりは、運を天に任せる以外なかった。

 いよいよ、国境へ通じる一本道に差し掛かる。見張り小屋が近いと判断したダニエルは、手頃な木に登っては、辺りを見渡した。それを繰り返す内、思っていたよりあっけなく、見張り小屋は見付かった。

(肝心の見張りは……いないのか?)

 ダニエルの居る位置からは、見張りの姿は一人も見えなかった。死角となる小屋の裏側にいるのかもしれないから油断はできないが、とりあえず、ふうっと息をつく。

(昼間からこの様子では、警戒は手薄と見ていいだろう。これは、希望が見えてきたかもしれん)

 暫くの間、木の上に身を潜め、小屋周辺の動向に気を配りながら待機する。だが、小屋に動きはみられない。あまりに静かで、逆に不安になるくらいだった。

(監視員は、城門を守る騎士のように、直接国境の前に立って監視をしている? だから、見張り小屋に人の気配がないのか?)

 そんな考えも頭を擡げるが、否、そこまで警戒を厳重なものにするなら、見張り小屋周辺に歩哨がいないというのはありえない。地図を見る限りでは、もう国境は目と鼻の先。ここが、国外脱出を阻止する最終防衛ラインなのは、疑う余地のない事実である。

 つまり、アミアンは、この国境に重きを置いていない、と結論するしかない。だから、こうまで隙だらけなのだろう。

(事と次第に依っては、見張り小屋の窓から見えないよう行動するだけでも、突破できるかもしれない。仮に見付かったとしても、強行突破は十分可能だ……!)

 それを確認できただけでも、収穫と言えた。これで、いくらかは精神的余裕が持てる。

(見張り小屋は……地形からして、この辺りか)

 ダニエルは太い枝の上に座ったまま、器用に文字を書いた。地図に△のマークを記して、その下に見張り小屋、と書き込みを入れる。

 この地図は、決して精密な作りではなく、むしろ粗雑な代物だった。それでもこうして書き込みをしておけば、正確な位置は把握できないまでも、参考くらいにはなる。

(よし、もう潮時だ。引き上げるとしよう)

 そっと木から降り、帰り支度を始める。見張り小屋に辿り着くまで、半日近くもかかっている。これ以上帰りが遅くなると拙い。いかにダニエルと言えども、夜の森を歩き回るのは危険が伴う。

 帰ろうと歩き出した途端、激しい雨が降り出した。慌てて木陰に身を寄せ、雨に濡れないよう地図をしまう。

(参ったな……のんびりと雨宿りできるような場所でもなければ、時間もない)

 ダニエルは手持ちの麻袋を抱えるようにして、木陰から飛び出し、家路を急ぐ。小屋に着く頃には全身びしょ濡れになってしまうだろうが、仕方がなかった。


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