十四 …… 十月五日、深夜

◆十四 …… 十月五日、深夜


 ダニエルは、破いてしまわないよう慎重に、テーブルの上に地図を広げた。その表面は大量の埃に塗れており、文字も一部擦り切れて、読めなくなっていた。

(流石に劣化が激しいが、使えないことはないか……)

 数年振りに、物置の奥から引っ張り出した地図――これは、ダニエルが木こりとして生きていくと決めた時、小屋を建てる場所を探す為に購入した、この森一帯の地図だった。

 ダニエルとて、思い立ったが吉日とばかり、考えなしに小屋を建てたわけではない。小屋を建てるのには、莫大な手間と費用がかかる。折角建てた小屋が、天災であっけなく無に帰してしまうような事態は、絶対に避けなければならない。

 だから、ダニエルはこの地図を片手に森を徘徊し、小屋を建てるに相応しい場所を探し回ったのである。

 天候不順が続いても、土砂、洪水、などの災害が起こり難い場所。それでいて、市場からも、仕事場とする区域からも離れ過ぎず……できれば、生活用水が確保可能な場所。

 そして――ついに見付けたのが、ここだった。

(この地図に、また世話になるとは思わなかったな)

 ダニエルは地図の、アミアンとリールの国境付近に注目する。

(この地図を参考にして、国境付近を偵察。今の内から、アミアン脱出のルートを固めておく。そうすれば、騎士団に少女の存在が知られた時の保険になる)

 考えながら、ダニエルは地図に記された道を、指でなぞる。

 ――万が一何かあったとしても、この森は俺の庭同然。何とでもなるだろう――

 夕食の席で少女にそう言った手前、無策のまま、安穏としてはいられない。これはダニエルなりの、万が一への備えだった。

(とは言え、国境の強行突破は最終手段。穏便に済ませられるなら、それに越したことはないのだがな)

 壁に掛けられた斧を、横目で見る。自分の為にも、相手の為にも、あれを人に向けて振るうようなことはしたくなかった。

(……地図で見る限り、国境付近は本当に一本道だな。周囲を切り立った崖に阻まれ、逃げ場はないに等しい)

 正確な位置は実際に見てみるまでわからないが、おそらくは、国境に通じる一本道を塞ぐような形で、国境監視員の見張り小屋があるのだろう。

(こいつは、予想以上に厄介そうだ)

 余程警戒が手薄でない限り、少女を連れての強行突破は厳しい。それがダニエルの結論だった。見張り小屋付近に潜み、監視員が寝静まる深夜を狙って突破しようにも、こう崖が多くては、自殺行為にしかならない。

 どうしたものか……と腕を組み考えるが、妙案は浮かばない。国境付近を偵察する過程で、何かしらの突破口を探し出す以外ないようだった。

(地図を眺めるだけではわからない、監視網の死角、想定外の抜道……そういったものが見付かればいいのだが)

 ダニエルは用紙と羽ペンを取り出して、今度は偵察の為のルート策定にかかる。

 もし、偵察中にダニエルが見咎められれば、それこそ、藪を突付いて蛇を出すことにもなりかねない。偵察と言っても、気は抜けなかった。

(しかし、この一本道ではなあ……見張り小屋を偵察するにしても、周辺に遮蔽物がなければ、近付くことすらできまい。近くに高い木があれば、そこに登って、という手もあるが……)

 あれこれと頭を悩ませる内、時間は過ぎて――ダニエルは、ふと、テーブルの上に零れる光に気付いて顔を上げた。窓の外が、徐々に明るくなり始めていた。


――――※――――

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