十二 …… 十月五日、昼

◆十二 …… 十月五日、昼


 びしょ濡れになった服を干して、着替えてから、二人は仕事場に向かった。

 少女は、水遊びで服を濡らしてしまった罪滅ぼしです、などと言いながら、今日も仕事を手伝ってくれていた。

「見てください、あれ!」

 仕事が一通り終わり、昼食を兼ねた休憩中。少女が木の枝を指差して声をあげた。

「なんだ」

「リスですよ、リス! 私、本物は始めて見ました」

 言われて、ダニエルは目を凝らす。確かに、枝の上に小さなリスがいた。

 少女はリスを驚かせないよう、そうっと立ち上がり、舌を鳴らしながら手招きをする。

「こっちきて……怖くないから……」

 と、リスはその呼びかけに答えるように、素早い動作で木を駆け下り、少女の元へ一直線に走る。

「わ、すごい、本当にきてくれました!」

 そう思ったのも束の間。

「……って、あれ?」

 リスは、喜色満面で手を伸ばした少女を素通りして走り続け、ダニエルの肩の上に登った。そのまま、くるくる駆け回る。まるで、ダニエルの身体が、木の幹や枝になったようだった。

 少女が再度呼びかけると、ダニエルの肩を伝い、リスは少女の手の平に乗った。

「意外と人馴れしてるんですね、こんな場所なのに」

「これをやるといい。リスの好物だ」

 ダニエルは布袋から向日葵の種を取り出し、少女に渡す。すると、リスは餌をねだって立ち上がり、手を差し出した。人間のような仕草だった。

「ちょうだい、って言っているみたいです」

 少女が手の平に種を置くと、リスはそれを両手で抱え、齧り始める。

「あ、食べてる、可愛い……」

 うっとりと、リスを眺める。何もかも忘れての、癒しの一時、といった風情である。

「私の推理、言ってもいいですか?」

 リスが種を食べ終え、少女の肩に腰を落ち着けてから、少女はそんなことを言い出した。

「……推理?」

「ダニエルさんは以前から、仕事場付近で、リスに餌付けをしていたんじゃないでしょうか」

「むぐっ」

 聞くなり、ダニエルは飲み込もうとしていたパンを喉に詰まらせて、胸を叩く。

「根拠の一。この子、野生にしては随分人馴れしてます。ダニエルさんも、私も、怖がりませんでした。根拠の二。ダニエルさんの小屋で、リスの彫刻を見たんですけど、デフォルメが控えめで、精巧な出来でした。長い時間、近くで観察しなければ、あの彫刻は作れないと思います」

 ダニエルとしては、そこは気付いていても、あまり触れないでいて欲しかった。毎日のように、仕事場でリスと戯れる姿を思い浮かべられては、強く逞しい森の男というイメージが大崩壊である。

 まあ……元々、そんなイメージが少女の中にあったかどうかは、知る由もないのだが。

「リ、リスというのは古来より、嵐を予知する動物とも言われていてだな、森に住む者としては、仲良くなって損はないと……」

 よくわからない弁解をするダニエルに、少女はくすくすと笑う。

「別に、そんな風に言わなくてもいいじゃないですか。ダニエルさんは、お腹を空かせた子を放っておけない優しい人なんです。それが人間でも、動物でも、ね?」

「ううむ……」

 ダニエルは唸り、小さく首を振った。そして、がっくり肩を落とす。

「えっ、その……どうしてがっかりしているんですか?」

 どうやら少女は、ダニエルを褒めたつもりだったらしい。

「つまらない、男の矜持と言うものだ。気にしなくていい」

「は、はあ……そうなんですか」

 少女は、納得しかねるといった表情で、首を傾げる。その肩の上で、真似をするように、リスも小首を傾げた。


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