十一 …… 十月五日、早朝
◆十一 …… 十月五日、早朝
セリーヌは目を覚ますと、ベッドから出た。良く眠れたようで、頭はすっきりと冴えていた。
何気なく、テーブルの上を見る。そこには梟の彫刻が……二つ。寄り添うように、並んで置かれていた。
(これは……)
セリーヌはダニエルの姿を探す。ダニエルはもう起きていて、椅子に座り、彫刻刀片手に、角張った木片に細工を施していた。
「おはよう」
と声をかけられ、会釈を返す。セリーヌは、ダニエルと梟の彫刻とを、交互に見た。そして、ダニエルからの言葉を待った。
そんなセリーヌの様子に、ダニエルはふっと笑った。
「おお、気付いてくれたか。梟が寂しい思いをせんよう、作り足しておいた」
セリーヌはぴょんっと立ち上がり、テーブルの上に置きっ放しだった用紙とペンを手に取った。急いで文字を書き記す。
『ありがとうございます』
「礼などいらん。一時の慰めになってくれたのなら、それでいい」
セリーヌは改めて、梟の彫刻を眺めた。二体共、同じくらい精巧に、丁寧に作られているのがわかる。急拵えで手を抜いた痕跡など、微塵も見当らない。一晩で作り上げたとは思えない完成度だった。
昨日、泣いていた原因を問われて、セリーヌは梟の彫刻について触れた。その時は、幼稚なことを書いてしまったと後悔した。
でも、こうして、仲睦まじく寄り添う梟を目にした今、そんな気持ちは吹き飛んでいた。彫刻であっても、梟が本当に喜んでいるように、仲間を歓迎しているように見えたのだ。
(わかっている。喜んでいるのは、梟じゃなくって……私自身)
不思議だった。梟が一体増えた、ただそれだけで、こんなにも心が満たされている。
『この子は オスなんですか メスなんですか』
新しく作られた梟を指差して、尋ねてみる。
「梟は、一部を除いて雄と雌の見分けが困難だと聞く。だから、と言うわけでもないが、特に決めていない」
それを聞いて、セリーヌは決める。
(それなら、この子は女の子ってことにしよう)
知らず、頬が緩んだ。梟の頭を一撫でしてから、そのお腹の部分に、文字を書いた用紙を立てかけてみる。丁度、梟の羽が、用紙を抱くような格好になる。なかなかに可愛らしい、とセリーヌは思った。
セリーヌは、作業に没頭しているダニエルの膝のあたりを突付いて、用紙を見せた。
『作ってもらえて とても嬉しいです』
そのメッセージは、セリーヌからダニエルへのものとも、梟からダニエルへのものとも取れる。実際、それには二つの意味が込められていた。セリーヌとしては、面と向かって書くより、梟の台詞というフィルターを通した方が、書き易かったというのもある。
羽に用紙を持たせたまま、梟を持った両手を傾けて、ぺこりとお辞儀をさせる。
「う、うん? そうか、ははは……」
ダニエルは手を止め、照れながら笑う。そんなダニエルに、セリーヌはペンを差し出した。何かを期待するような目で、ダニエルを見る。
最初、ダニエルは頭の上にクエスチョンマークを浮かべていたが、やがて、セリーヌの意図に気付く。
「おいおい……まさか、な。それをやるのか? 俺も?」
ダニエルは暫し黙考していたが、ようやく観念して、用紙を手に取り、返事を書き込む。そしてそれを、もう一体の梟に持たせた。
『どういたしまして』
セリーヌがしたように、梟を傾けてお辞儀をさせる。その様子はまるで……子供同士の人形遊び。
礼などいらん、が口癖のダニエルだが、彼もまた、梟というフィルターを通すことで枷が外れて、謝意を素直に受け止められたのかもしれない。
セリーヌは梟を抱いたまま、満面の笑みで頷く。
「流石に、これは辛いものがあるな。もう勘弁してくれ……」
ダニエルはそう言いながら、満更でもなさそうだった。
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