六 …… 十月三日、深夜
◆六 …… 十月三日、深夜
ロッキング・チェアーに寄りかかり、ダニエルは一人思い悩んでいた。
(何がどうなって、このようなことになったのか……)
最初、大樹の下で少女を見付けた時、少女が目を覚ませば、全てがはっきりすると思った。だが、それは大きな間違いだった。
依然として、少女の正体は不明なまま。少女がセリーヌなのか、そうでないのか判断がつかない。
(いや、判断がつかないと考えるのは、俺が『彼女はセリーヌではない』と、認めたくないだけなのかもしれない)
ダニエルの目の前で眠るこの少女がセリーヌだと仮定すると、説明のつかない点がいくつか散見される。
第一に、普通に会話が出来るのがおかしい。第二に、一年前の出来事について、一切言及がないのがおかしい。
それらの否定材料を加味しても尚、少女の容姿と言動が、ダニエルを戸惑わせた。容姿はどこからどう見てもセリーヌと同一人物である上に、言動からもセリーヌとの共通点を見い出すことができる。
(食事の時、少女は『懐かしい味がして』と言ったが……あれこそが、彼女がセリーヌである証拠ではないか? 一年の空白期間に何かがあって、記憶が所々抜け落ちているのではないか?)
あの料理は、セリーヌが作っていたものを、ダニエルがそのまま真似たものである。それを懐かしいと感じるのは、彼女がセリーヌ本人だから――なのかもしれない。
これは本来なら、こうして頭を悩ませるような、難しい問題ではなかった。何と言っても、疑惑の中心人物が、目の前にいるのである。
(君は、セリーヌなのか……?)
たった一言聞くだけで、全てが解決する。
が、ダニエルはそれだけのことができないでいた。
もし、少女が告げた名前がセリーヌではなかったら? 全ては、神の采配とも言うべき運命の悪戯だったら? そう思うと、聞くのが怖かったのだ。
(彼女がセリーヌでないのなら、おそらく……セリーヌはもう生きてはいまい)
住処であり仕事場でもある、この広い森のどこかに、セリーヌの屍が転がっている。長い年月を経て朽ち果て、土へと還っていく。ダニエルにとって、それは耐え難く、おぞましい想像だった。
そんな想像を、現実として受け入れるくらいなら。
(何も、無理にはっきりさせる必要はない。わからないままなら、それでもいい)
ダニエルは真実を明らかにすることを躊躇した。少女の正体を、あえて曖昧なままにしておくことで、一縷の希望を残そうとした。
(彼女が何者であろうと、俺にできることは、助けた責任を取り、最善を尽くすことだ)
昨年のように、突然、彼女がダニエルの前から姿を消してしまうことのないように。彼女が安心して、新しい人生の第一歩を踏み出せるように。
(そうは言っても、俺にできる『最善』など高が知れているが……それでも、何もしないよりはいいだろう)
とりあえずは、日用品の調達を急がなければ、と思った。この小屋には、少女の服も靴も、何もない。
明日、早速市場へ買出しに行こう。材木を業者に卸してから、衣料品、食料品などを揃えよう。ダニエルはそれだけ決めて、眠りに身を任せた。
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