五 …… 十月三日、夜

◆五 …… 十月三日、夜


 セリーヌは小屋の中で、一人留守番をしていた。ベッドに腰掛けながら、退屈を紛らわすように、足をぱたぱたと動かす。

 リュシーの家に居た時は、雑事を押し付けられることを鬱陶しく思っていたものだが、何もやることがない、というのも辛いものがあった。

 セリーヌは立ち上がり、屈伸運動をしたり、狭い小屋の中を往復したりして暇を潰した。

 一段落ついて、窓の外の風景を眺める。日は沈み、夜の帳が降りようとしていた。

(何時帰ってくるのかわからないけど……夕食の用意でもしておこうかな)

 セリーヌはキッチンにあった綺麗な水を鍋に注ぐと、それを炉辺に吊るす。食料の入った籠から適当な食材を選び出して、包丁で一口サイズに刻む。

 レードルで鍋を掻き混ぜながら、セリーヌはいつもの癖で、隣を見る。いつものように、そこにセリアが立って、微笑んでいるような気がした。誰もいない空間を見つめ、セリーヌは一人溜め息をつく。

(セリアは、どうしているんだろう……無事に、過ごせているだろうか)

 セリアは今日も、リュシーの屋敷で、薬草作りを手伝っている筈だった。もしかしたら、セリーヌの巻き添えを受け、セリアまで魔女の烙印を捺されてしまうかもしれない……セリーヌはそれが心配で仕方なかった。

(私……今度こそ、一人になっちゃった)

 アルテュールとカトリーヌが亡くなったあの時は、セリアがいてくれた。半身となって支えてくれた。だが、そのセリアとも、離れ離れになってしまった。

 ふと、棚に置かれている、梟の彫刻が目に入る。広い棚の中に、ぽつりと置かれているそれは、セリーヌの感傷も相俟って、とても寂しげに見えた。

 セリーヌは棚に近付いて、彫刻を手に取った。細部に至るまで、丁寧に掘り込まれている。この彫刻の作り手なのだろう、ダニエルの顔を思い出す。無骨な容姿に似合わない、繊細な仕事だった。

 気付けば、彫刻を胸に抱いていた。梟の彫刻に自身の孤独を重ね、セリーヌは泣いた。我ながら下らない理由で泣き出すものだと、心のどこかで客観視している自分がいたが、それでも涙は止まらず、ついには床に崩れ落ちる。それくらい、セリーヌの精神は不安定になっていた。積み木で組まれた塔のように危うく、微風が吹いただけで容易く倒壊してしまう。

 背後で扉が開く音がした。ダニエルが帰って来たらしい。セリーヌは涙を拭い、慌てて立ち上がった。それからさりげなく、梟の彫刻を棚に戻す。

「いい匂いだな。夕飯を、作っておいてくれたのか」

 セリーヌは振り向いて、頷いた。泣き顔を見られたくなくて、咄嗟に平静を装ったが、涙で赤くなった瞳までは隠せない。

「……どうした?」

 ダニエルの表情が曇る。セリーヌは首を振った。気にしないで、というニュアンスのジェスチャーだったが、伝わったかどうかはわからなかった。

 セリーヌは何事もなかったように鍋に向き直り、味付けを始める。その間に、ダニエルが食器を用意した。

 どちらともなく席に着いて、食事が始まった。食事の最中、ダニエルは一言だけ、うまいな、と感想を述べたきりで、それから話しかけてこなかった。

 セリーヌが疲弊し切っているのは、傍目から見ても明らかだった。それを察して、そっとしておいてくれたのだろう。


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