二 …… 十月二日、夕刻

◆二 …… 十月二日、夕刻


 ダニエルは、今日一日の仕事を終え、斧を背負い小屋へと戻る途中であった。

 いつものように、帰り道の途中にある、一本の大樹を見上げる。それは確かに目を見張る大樹ではあったが、付近では飛び抜けて大きい、という以外、何の変哲もない木である。

 だが、ダニエルはこの一年、一日として、この大樹を見上げない日はなかった。この大樹を見上げては、一年前、突如として現れ、そして消えてしまった少女――セリーヌのことを思い出していた。

 だから。

(これは……どういうことだ?)

 ダニエルは最初、大樹の根元に倒れている少女を見た時、目を疑った。同じ日付、同じ場所に倒れていたその少女は、あのセリーヌに瓜二つだった。

(セリーヌが、どこかで無事でいて……帰ってきたのか?)

 奇しくも、天候までがあの日と同じ。しとしとと雨が降り、大地を濡らしていた。

(それとも俺は、一年前の世界に迷い込んでしまったのか?)

 ダニエルは目を擦り、もう一度大樹の根元を確認する。少女は確かにそこにいた。持ち主から忘れ去られて埃を被った人形のように、手足を投げ出して、大樹に寄りかかっていた。

(とにかく、このまま放っておくわけにもいくまい)

 ダニエルはそろそろと大樹に歩み寄り、少女の口許に手を翳した。静かな吐息が伝わってくる。

(……良かった、生きている。意識を失っているだけだ)

 ダニエルは背負った斧を下ろすと、彼女を背負い、それから斧を脇に抱え、家路を急いだ。

(まるで、一年前の再現だ)

 森を駆けながら、ダニエルは強烈な既視感を覚える。一年前と唯一違う点は、少女の衣服だけだった。前回は黒いローブを纏っていたが、今回は全裸である。なので正直、目のやり場に困った。

 ダニエルは小屋に到着すると、少女をベッドに寝かせ、暖炉に火を点した。それから、物置から引っ張り出した予備の作業着を着せる。サイズが合わなくてぶかぶかだが、このままの格好では身体を冷やしてしまいそうだし、何より、目覚めた時に気まずい。

(少しばかり、苦しそうだな)

 そう思い、額に手を当てた。微かに熱を帯びている。

(微熱か)

 ダニエルは一年前をなぞるように、薬品棚から手製の解熱剤を取り出して、少女に飲ませた。起きる頃には薬が効いて、大分楽になっているだろう。

 窄めた口から長い息を吐き出して、ダニエルはロッキング・チェアーに腰掛ける。未だ、自分の置かれた状況が信じられない。狐につままれたような気分だった。

 一体、彼女は何者なのだろう。セリーヌなのか、それとも他人の空似なのか。セリーヌだとすれば、何故一年前、小屋から忽然と姿を消したのか。そして、何故再び、あの木の下で倒れる羽目になったのか。

 わからないことばかりで、頭が痛くなってくる。

(まあいい。少女が目を覚ましたなら、はっきりすることだ)

 ダニエルは、これ以上考えても混乱するだけだと匙を投げた。今夜はこのまま眠ってしまおうと、腰を曲げ、腕を組み合わせる。


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