十九 …… 十月七日、早朝
◆十九 …… 十月七日、早朝
セリアがそれに気付いたのは、目が覚めてすぐのことだった。
初日から、ずっと引き摺ってきた違和感……その正体に、今日になってようやく気付くことができたのだ。
(私は……どうしてこんなことに、気付かなかったんだろう)
ここ一週間、一遍に色々なことが起こり過ぎて、平常心を失っていた。注意散漫になっていたことは事実だろう。
(それでも、もっと早くに、私から気付いても良さそうなことだったのに……)
椅子で寝息を立てていたダニエルが目を開くのを待ってから、朝の挨拶もそこそこに、セリアは切り出した。
「あの、ダニエルさん。一つ、聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
「どうして、今まで、私の名前――セリアって言うんですが――を、聞かなかったんですか?」
聞くなり、ダニエルは落胆したように、大きく息を吐いた。その反応を怪訝に思いながらも、セリアは率直な疑問をぶつけた。
「私、最初に、自分の名前を言い忘れたんです。騎士団に追われたり、行き倒れたり、助けてもらったり。何もかもが突然で、半分、夢の中にいるような、ふわふわした気持ちだったから……ダニエルさんが名乗るのだけ聞いて、それで自己紹介は終わったって、錯覚しちゃったんですね」
セリアは一旦、言葉を切る。ダニエルは無言のまま、ゆるゆると首を振った。
「でも、それからも、ダニエルさんは私の名前を聞いたりしなくて……それで、私もいつの間にか、名乗ったつもりになっていて……」
「言い忘れたのなら……それでいいと思った」
搾り出すような声で、ダニエルは言った。
「それは、どうしてですか?」
無意識の内に、詰問するような口調になってしまう。セリアの名前を聞くことに、何の躊躇いがあったというのだろう? セリアにはそれが、不可解で仕方がなかった。
「聞くだけの、覚悟がなかった。曖昧なままに、しておきたかったのだな。しかし……もう、鈍い俺にも、大体の見当がついた」
ダニエルはゆっくりと、椅子から立ち上がった。
「俺には、真実を話す義務がある。そして、セリアにはおそらく……真実を知る権利がある」
そこで初めて、ダニエルはセリアの名前を呼んだ。
こちらが名乗るのを失念していたとはいえ、七日もの間、名前を聞かないままにしておいたのはどうしてなのか――セリアは、その理由を知りたいだけだった。なのに、謎かけめいた言葉を投げかけられて、困惑気味に問い返す。
「それって、一体――」
その瞬間。セリアの言葉を途中で遮るようにして、扉の外から、男の怒声が響いた。
「アミアン騎士団だ! この小屋に魔女が匿われているとの情報があった!」
続いて、乱暴なノックの音。木製の扉が激しく撓み、悲鳴にも似た軋みを上げる。
「扉を開けろ!」
二人は揃って扉に向き直り、顔を見合わせた。その表情は、互いに青褪めていた。
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