六 …… 十月三日、深夜

◆六 …… 十月三日、深夜


 テーブルの上に置かれた一対の燭台が、部屋の中をぼんやりと照らし出している。

 ダニエルはロッキング・チェアーから立ち上がり、音を立てないよう気を遣いながらベッドに近付いた。

 少女はベッドの上に仰向けで横たわっていた。首までかけられたコンフォーターの胸あたりが、一定のリズムで上下している。先程流した涙の跡が、まだ頬に残っているのがわかった。

 最初、いくらダニエルが促しても、少女はベッドに横になろうとしなかった。小屋に一つしかないベッドを自分が占領してしまうことに抵抗を感じている様子だった。ダニエルは渋る少女を説き伏せて、どうにかこうにかベッドに寝かせた。少女を床に寝かせておいて自分はベッドで寝るなんて、ダニエルのプライドが許さなかった。

 ダニエルは少女が眠り込んでいるのを確認すると、部屋の右隅にある棚へと歩を進めた。棚に置かれている梟の彫刻を手に取り、指先でそれを撫でながら、再びロッキング・チェアーに腰を下ろす。床を爪先で軽く蹴り、緩やかな揺れに身を任せる。

 どのくらいの時間、そうしていただろうか。

(俺が、彼女に、何かしてやれることはないのか)

 ふと、ダニエルはそう思った。どうしてそんなことを思うのか、彼自身にもよくわからなかった。

(俺でできることがあるなら、何かしてやりたい。あの泣き顔を、とびっきりの笑顔に変えてやりたい)

 そこで、ダニエルは気付いた。

(俺は、彼女の泣き顔は見たくない。彼女の笑顔を見ていたい。ただ、それだけのことなのだ)

 心情を、ありのまま言葉にする。それはとても陳腐で、恥ずかしい台詞のように思えた。誰も見ていないというのに、ダニエルは頭を掻き毟り、一人で赤面した。だが、悪い気分ではなかった。

 もう一度反芻する。

(俺は、彼女の笑顔を見ていたい)

 ならば、その為にはどうすれば良いのかと、ダニエルは考え始めた。そして、先ずはこの無味乾燥な生活環境の改善が急務であるとの結論に至った。

 ここには足りない物が多過ぎる。気晴らしになるような娯楽もないし、衣服も一着だけで着替えがない。こんな環境では、些細な切欠でナーバスになってしまっても無理はあるまい。

(まあ、俺の賃金では大したことはできまいが……明日、久々に市場に出かけよう。日用品と一緒に、何か土産でも買ってきてやろう)

 ダニエルはそう決めた。そして目を閉じて、全身の力を抜いた。


――――※――――

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